第97話 書庫での会話
「これは凄いな」
パトラクトラは思わず歓喜の声を上げた。
ヴェイル達が遺跡探索に入った時間帯と同じ頃の浮遊城では、彼女がリヒトに案内された広大な書庫内の書籍に目を輝かせていた。
三百数十年にも及ぶ彼の生活の中で、様々な文化圏から集めた書物が壁一面の棚に、高い天井まで届きそうな程納められている。
所々には安定性があり移動も可能な梯子が掛けられていて、何処の書物も取り易くなっていた。
そこに連れて来てもらったパトラクトラとロイが、嬉しそうに手に取り次々とめくって見ている。
「鬼族の文字の物ばかりではなく、タイカーシアやルガリエルから買い付けた古代エルフ語、現代エルフ語の本も沢山ありますよ。好きなだけお読みいただいて構いません」
「リヒトは今から何をするんだ?」
「私にはこの浮き島に作り込んである農場や薔薇園を管理、運営させている傀儡人形達の様子を見て回ったり、術を掛け直したりする等の仕事があるのです」
「リヒトのお仕事は忙しいもんね」
ロイが読み易そうな本を選びながら和かに言う。
「そうか、私もここで世話になっている身だからな」
パトラクトラが気付いた様に言った。
「いえ、ほぼ今までとも変わりませんよ。私も全く何も食べずに生きている訳ではありませんから。傀儡人形には下の海で魚も獲らせに行かせますし、鬼族の地の国際管轄外森林に食用動物の狩にも行かせていますしね。時にはお肉も食べたいでしょう?
他にも生活用品をルガリエルやタイカーシアに買い付けに行く為の、資金源である貴石鉱脈も持っていますので、採掘にも行かせています」
「傀儡人形の数が凄いな。一体一度に何体動かしているのだ?他にも派遣しているのか?」
「常備100体程ですかね……他は……古代遺跡に……」
そこまで言って彼は気付いた。
——誰かが遺跡に入り込んだ……?
2人が既に私の術で弾かれている。しかし……
「リヒト?」
急に黙り込んだリヒトに、彼女が不思議そうに声を掛けた。
「あ、いえ、なんでもありません」
彼がすぐに笑顔を向けた。
「ねえ、オススメの面白そうな本はない?」
ロイが聞いた。
「そうだな……ロイにはこの『ファルラーンの森』の精霊竜の話などはどうかな」
リヒトが背を伸ばして1冊の本を取る。
それは、鬼族の地よりも北にある、古代から神聖視されて誰も開発に行かなかった深い森の中の話を描いた童話だった。
「これは真実のお話を童話にした物だよ」
本を開いて目を細めて言う。
「真実?」
薄い金色の瞳を煌めかせてロイが聞いた。
「ファルラーンの森には、森自体が生み出す聖なる卵がいくつもあるんだ。その卵は数百年、数千年を超えて存在しているのだが、清らかな魂を得ると、中から人にも竜にもなる精霊竜が生まれる……
彼らは精霊族っていう種族で、なかなか自然には生まれてこないんだけれど、私の曽祖母が1700年ほど前に偶然生まれた精霊竜だったそうで、興味があったから取り寄せた本なんだよ」
「へえ…… リヒトは精霊竜の血も引いてるんだね。その種族も長生きなの?」
「そうだな。話によると、子供が出来ても長く亡くならずに、大人になるまで見届けてくれたそうだ。聞いた時は羨ましかったよ」
リヒトの話を熱心に聞く彼を眺めて、パトラクトラが優しく言う。
「ロイ。さ、こっちにおいで。読めない部分は私が読んでやろう。リヒトは忙しいようだからな」
「うん」
ロイが素直に彼女の側に行く。
「ありがとうございます、パトラクトラ様」
リヒトは礼を言うと、書庫から出て行った。
歩きながら空中に手を振り、傀儡人形達の管理画面を開いた。
農場に30体、城の管理に20体。
薔薇園に5体、鉱脈に30体。
魔力統制管理室に5体。国際交渉機動に5体。
他にも各地に派遣している人形達がいる。
これら全ての動きを、たった1人の魔力で制御していた。
ナザガランのどの人物にも真似の出来ない魔力量だった。
画面の中で、かなり離れた古代遺跡に置いた個体が、点滅しているのが確認出来た。
「……やはり確実に遺跡に誰か入り込んでいる。
あの入り口付近には私が初めて入った時から、ルガリエルのシュダークの強さだった800万メラグスの魔法力以下の者は、弾く様に仕掛けてある……
それ以上の強さと言う事は、ナザガランやドナウザーンの精鋭クラスだ。
……しかし、何故今になって遺跡に入った?」
そこまで考えてふと思い付く。
「……ロイか。彼を見掛けてリューク=ノワールが陵墓を開けたのか」
彼が泣いて帰った日の事を思い出す。
——あの子は自分の兄かも知れない人物に会った、と言っていた……
「あそこに置いておいた魔石の殻が、古代遺跡から持ち出した物だと分かったようだな。計画通りだ」
呟いて更に画面を見返す。
「遺跡の傀儡人形が反応しかけている。
あの個体には強力な魔力が入れてあるし、完全自動制御人形だ。起動すると確実に仕留める筈。
あそこまで入り込んでいるのが魔王や副王クラスの者だと良いのだが。
……いや、あの個体には対象の名が識別出来る術式が組んである。
違う人物であれば最終的に門に戻すように指示が入れてある。
無用の殺人は私の主旨に反するからな」
リヒトはふう、と息を吐いた。
自分を恐ろしげに見た時のパトラクトラの顔が浮かぶ。
「……申し訳ありません。2度とは来ない機会なのです……」
小さく呟く。そして顔を上げた。
「もう、やるしかない」
覚悟をするように言った彼の身体全体が、ほんのり光って髪がフワリと空を踊る。
魔力を込め直しながら、画面上より自動起動の指示を足す。
「……もうすぐ会えるよ、フィスファーナ……
でも、自分の身体が他人の命を吸って蘇ったと知ると、君は私を軽蔑するのだろうか……」
彼は答えの聞けない人に問いかけ、下を向いた。
後にした書庫から、ロイとパトラクトラの楽しそうな声が響いて来た。
自分にはもう、その間に入る資格はない……
リヒトは僅かに後ろを振り返ったが、すぐに向き直り、そのまま魔力統制管理室の方に歩いて行った。




