第95話 強い人以外お断り
一行は鬼族の門の前に着いた。
七人が集まって準備に取り掛かる。
「まずは、こちらを皆様で装着願います。鎧の上から被ってください」
ワイアーガが収納魔法鞄から取り出したのは、薄い絹のような繊維で出来た胴衣だった。
それを各自が頭から被ると、不思議な事に半透明となった。
そのまま鎧の形に合わせて形状を変えて行く。
首元から腕を省いた上半身に吸い付くように密着したそれは、胸元に淡い魔紋を宿して固定された。
しかし鎧の動きにはなんら支障がない。
スムーズに腕や腰を回せる事に、全員感心して体を動かしてみている。
「そしてこの辺りにこの『転移杭』を打ちますね」
彼は次に、直径10ルドル(10センチ)長さ40ルドル程の魔石で出来た杭を地面にハンマーで打ち立てた。
杭自体も魔石だが、周囲に4つ程の紅い石も付いている。
「先程皆様に装着していただいた胴衣には、この魔石を砕いたものが練り込まれています。
元は一つの魔石同士の共鳴なので、鬼族の地であっても半径1ギガルドル(約1km)の範囲であれば連動します。
胴衣部分に武器による衝撃が伝わった場合、この杭の元まで自動的に転移し退避出来ます」
「ほう、便利だな。これなら確かに魔法詠唱が通用しなくても退避出来る」
ヴェイルが感心して言い、自分の胸の魔紋の辺りを撫でた。
「勿論、躓いての転倒や暗がりによるぶつかりなどには反応しません。あくまでも武器攻撃、または炎や雷などのエレメント攻撃でも反応いたします」
「仮に拘束された場合にはどうだ?」
「急激な衝撃、魔力反応に頼っておりますので、拘束は残念ながら……しかし、拘束された上どこかに叩きつけられる、という衝撃ならば退避反応いたします。
もしくはご無事な方が胴などを拘束物ごと峰打ちなさる、等ですね。少々乱暴ではありますが……」
「いや、十分に助かる。良い仕事だ」
「……緊急でも陛下に峰打ちされる人は気の毒だな。気絶ものだ」
リュークが呟く。
「峰打ちで胴体が分かれる事はないでしょうね?」
ヴェイルの外部倉庫破壊現場を見ていたアウドラも言う。
「俺だって加減ぐらいは……出来る。多分」
彼が少し不満気に眉を寄せて答えた。
――た、『多分』?!
皆の心に戦慄が走った……
隊列を整え、魔石の魔力発動を確認すると、いよいよ門の中に入る。
門には特に鍵が掛かっている訳でもなく、容易に開いた。
ギイという重厚な音をさせながら開けたヴェイルが皆に言う。
「……行くぞ」
一行は慎重に門の中に足を踏み入れた。
数歩歩いた所で、ヴェイルは自分の身体の異変に気付いた。
「……リューク、身体がおかしくないか?」
側まで来ていたリュークに聞く。
「ああ。どうやら『魔法が使えない』と言うのは本当らしいな。まるで身体全体に何かの膜が張られたみたいだ」
2人が魔法陣を出してみる。しかし、陣は現れもしない。
彼らの様子を見て他の者も出そうとするが、出て来ない。
ヴェイルが手甲を外し、地面に落ちていた小石を拾ってみる。
暫く見ていたが、小石に変化は起きなかった。
「…… 霧散まで使えない……」
彼が呟く。
『霧散』というのはヴェイルの身体から自然発生してしまう微量の魔法の事だ。
手で触れた、物や魔力の低い生き物を霧に変えてしまうこの力を、常に制御する為に気を遣う日々を送っているのだが、それさえも今は発動しない。
「オレ達は今、本当に魔法が使えないただの人間って訳か。こんなにも心許ないのは初めてだな……」
リュークが呟いた。
「その為に胴衣を着用しているんだ。気を付けて進もう。
皆、白兵戦を想定して冑の目元を開けておけ」
「はい!」
ヴェイルが言うと、全員が冑の目元をカシャリとスライドさせ、開いた。
彼らは歩みを進める。
突然辺りが明るくなった。
そこは地下神殿のような美しい造形の洞窟だった。
等間隔に並ぶ柱の上部に設置されている、蝋燭立てにも似た照明器具に次々に火が灯って行く。
先まで続く洞窟は、目の前に立ち並ぶ鬼の姿の白い彫像に邪魔されて、一体何処まであるのか判らない。
「これは……」
先頭のヴェイルが呟いた時、後ろの方で悲鳴が聞こえた。
「「う、うわああっ!」」
皆が振り返ると後ろから着いて来ていたレンダルとワイアーガが、何処からともなく現れた、びっしりとラキシャ語が書かれた長い帯に巻き付かれていた。
「なんだ?! 鬼族の魔法か!!
レンダル! ワイアーガ?!」
皆が慌てて二人に近寄ったが、その時にはもう、帯は力が抜けたように形をなくし、地面にシュルシュルと落ちて消えた。
二人の姿はそこにはない。
その代わり、
「ぶへっ!」
「うわっ!」
と、門の向こう側から変な声と鎧のガシャともドスンとも付かない鈍い音が響いた。
一行が慌てて引き返してみる。
すると、転移杭の近くで尻餅を付いて痛そうにしている二人を発見した。
「陛下~何かに弾き飛ばされましたぁ……」
「なんでしょう、お前はいらないとでも言われたような……」
側近と魔術師は残念そうに言った。
「……そのようだな。父上の言った事は本当だったようだ。
フィスファーナ、リヒトの術だろうか。この魔法に心当たりは?」
ヴェイルがフィスファーナを振り返って聞いてみる。
「どうでしょうか……確かに鬼族の魔法ではありますが、一般的な者でもこの程度の術式は張れますので……」
彼女が困惑気味に答える。
——それにしても、魔力が本当に弱いんだこの二人……中将クラスなのに……
彼らは気付いてしまった。
ヴェイルが気の毒そうに目を伏せた。
「仕方がない。二人はここで見張りをしろ。もし転移して帰って来る者がいたら救護してやってくれ」
「うう……分かりました。お任せください……
もしこれがリヒトとやらの魔法ならば、既に手の内かと思われます。十分にお気を付けくださいね」
回復能力を持つレンダルが、自身の不甲斐なさを悔いながら返事をする。
「そうだな、肝に銘じる」
ヴェイルは頷くと、自分を含めた五人で再び門の中へと入って行った。




