↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
麗しのハーフダークエルフの最恐魔王が勇者アリアにだけは甘い  作者: 久遠悠羽
第4章 死者を愛する者の罠

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/146

第82話 浮遊城と白梟

 同じ頃の鬼族(ラーキシャス)の地にある浮遊城にも、朝陽が差し込んでいた。

 しかし石造りの城の中は薄暗い。


 そこかしこに間接照明が灯り、儚げな美しさを漂わせている城の一室で、物憂げな眼差しのパトラクトラが窓から外を眺めていた。


「おはようございます……何か思い出されましたか? パトラクトラ様」

 僅かに開いていた扉をノックしてから開き、リヒトがそっと声を掛ける。


 彼の声に彼女が振り返った。

 その身には荘厳な刺繍のドレスを纏っている。


 竜胆の絵柄のステンドグラスが嵌った窓ガラスから差し込む朝陽が、ドレスが揺れるたびに布地の一部を順に青紫に染め上げていく。


「少し古い型ではありますが、よくお似合いです」

 リヒトが満足げに言う。


「長きに渡る期間でした。まさかまたお会い出来るとは……嬉しゅうございます。

 ……そしてこの様に美麗なお姿にお育ちになるとは……」


 彼はゆっくり歩いて来るとパトラクトラの側で止まり、彼女をじっと見つめた。

 スッと伸ばした指先が静かに頬を撫で、髪をすくい、落ちる光を揺らした。


「……お前は私をよく知っているようだな」

 されるがままのパトラクトラが、感情を無くしたかの様に言う。


「勿論。御幼少のみぎりから存じておりますよ。私はあなたの臣下であり、魔法の師匠でもありましたから……」

「魔法の師匠? 私は魔法が使えるのか?」


「はい。それはそれは強力な魔法が」

「そうなのか……」


 彼女が俯く。

「私は……何も思い出せないのだ。頭の中に靄がかかっているようで……」


「焦ることはありませんよ。いつまでもこちらにいらして構いませんから……いずれにせよ、あなたが何処から来られたのかは私の方では知る由もないので、お返しする場所も分かりませんし」


 リヒトの後ろからロイがひょっこりと顔を出した。

 人懐こそうにパトラクトラの側に行く。


「ね、おばさま。僕、あなたの事知っている気がするの。大好きだったのかも」

「そうか……では私もきっとお前を知っているのだろう。お互いに思い出せない者同士だな」

 彼女が彼の頭を撫でる。


「冷たいな」

「うん。僕、生きている身体じゃないの」

 

 ロイの言葉に、撫でる手先が止まった。


「生きてはいない。ではどうしてここにいるのだ。ここは死後の世界なのか?

 ……私も死んでいるのか?」


「ううん。リヒトが僕を生きているようにしているんだ」

「死人《しびと》を……?

 しかし……お前の姿は美しいままではないか」


 パトラクトラはそう言うとロイの艶やかな頬と薄い金色の瞳を眺めた。

「これが彼の術、だと?」


 彼女は顔を上げ、リヒトを見た。

 青白い肌だが銀の長髪の美麗な姿だった。頭には小さな角が4本、生えている。


「……お前は何者なのだ、リヒト。人……ではないのか」

 妖しげな美しさに惹かれたのか、そう言いながら彼に向かって虚ろに手を伸ばす。


「何を仰いますか、今更ですよ。不死《アンデッド》『千年侯爵』のリヒト=セイバーン。

 私は鬼族《ラーキシャス》にてございます……」


 リヒトはそう応えるとその手を取り、恭しく口付けた。


「ほう……なるほどな。鬼が私を囲うか……」

 パトラクトラはついと顔を上げ、紫水晶の瞳で彼を見下ろす。


 ——記憶を無くしても尚、このお方は生まれながらの女帝なのだな……

 彼は思った。


「とんでもない。先程は嬉しさのあまりに戯れたまでです」

 

 そう言うとそのままの姿勢で顔を上げ、目を細めてクスリと笑う。

 藍玉色《アクアマリン》の瞳が妖しく光を放っている。


「さあ、朝食を用意しましたので、ダイニングの方にいらしてください。

 大丈夫。ちゃんと人間の食べ物ですよ」


 そう言うと彼女の手を離し、サラリと髪を靡かせ扉まで歩いて行って振り返り、深くお辞儀をした。


「そうか……世話になるな」

 口付けされた手を撫で、パトラクトラが礼を言う。


 そしてロイと共にゆったりと歩き、部屋から出て行った。

 

 少年はリヒトの隣で立ち止まったが、彼女はそのまま廊下を歩いて行く。

 付き従う彼が作り出した傀儡式神が、恭しく後に続いた。


 リヒトは姿勢を戻し、パトラクトラの背中を見つめると、口元に穏やかな笑みを浮かべて静かに扉を閉めた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「……母上が行方不明との事で私をお呼びでしたが……タイカーシアの研究員も八人共帰って来ない……との事ですか」


 次の日の夕方のナザガラン魔王城で、グラディスの元に内密で呼び出されていたヴェイルは衝撃の言葉を聞かされていた。

  

 母、パトラクトラと共に出て行ったタイカーシアの最高位魔術院の研究員達が、帰還していないと連絡を受けたのだ。


「パトラクトラに至っては、研究員以上にどうなってしまったのかも分からない……」

 グラディスが赤い目をして話す。


 昨日の夜の一報からなんとか情報を求めて探し回って、きっと眠っていないのだろう……


「そんな……」

 ヴェイルも信じられない顔をする。

 母が出て行く時の嫌な予感が的中してしまったのだ。


 彼は一瞬迷ったが、思い切って持って来ていた書簡を取り出し、空中に高く手を伸ばして言ってみた。


「魔王ヴェイル=ヴォルクリアより母、タイカーシア最高位魔術師パトラクトラ=ヴォルクリアへの伝令だ」


「ん?」

 グラディスが不思議そうに見る。

 

 暫くすると、白い炎が現れた。それはやがて白い梟の姿となり、彼が掲げていた書簡を掴んだ。

 ヴェイルが少し安堵した表情になる。


「お?」

 またもやグラディスが興味深そうな声を出した。


 白梟はそのまま床に着地し、書簡を片足で掴んだまま困った様に首を傾げ、ぴょんぴょんとその場を跳ね回った。

 通常ならば炎に戻ってその場から消え、相手に書簡を届けに行く筈なのに。


「……」

 ヴェイルは黙って梟を見ていたが、やがてしゃがんでその頭を指先の背でそっと撫でた。


 白梟は止まって気持ち良さそうに目を細め、撫でられていたが、その内足で掴んでいた書簡を返すように、彼の手にグイグイと押し付けて来た。


「……これはどう言うことだ、ヴェイル。伝書梟って……魔法じゃなくて実際の生き物だったのか」


「父上、この白梟は王族専用生体反応生物です。梟自身の魔力と魔法で王族として登録している者の生体反応を感知します。


 梟ゆえ特殊な魔法を使いますので、相手が生きている限り、全世界に渡って感知出来ます。

 ですから、例えば既に亡くなっておられる祖父上様に書簡をお出ししようとしても現れません」


 ヴェイルが立ち上がり、返却された書簡を仕舞い込んで言う。

 身軽になった白梟が、彼の肩に乗って漆黒の髪が掛かる首元に擦り寄って来た。


「えらく懐いているなそいつ。しかし、という事は……」

「届けたい相手の名前を言ったら現れるけれども、届ける先が分からない。これは本人は生きているが、梟自体が掌握出来ていない未知の場所にいる、という事です」


 左耳に着けている翡翠のピアスをつつかれ、髪をはみ喰みされながらも平気な顔をして彼が言う。


「では、パトラクトラは何処かで生きていると……?

 しかし、大怪我をしていたり意識がない状態だったりはしないのか?」


「恐らく。何かの事情で帰れないのではないでしょうか……

 大怪我や意識不明の場合は、状態も梟に伝播するはずなのですが」


 ヴェイルがそっと肩の白梟を持ち上げて、再び静かにしゃがんで床に下ろした。

 梟は少し驚いて無音で翼を揺らめかせたが、すぐに大人しく佇んだ。


 彼は次に

「ごめんね、ツノネズミ」

と呟くと、事前に持って来ていた籠に捕まえておいたツノネズミを白梟の前に放す。


 梟は喜んでパッと動いて、逃げるネズミを追い掛け、脚で捕まえ口に咥えた。


「……元気そうですね。これなら母上もご無事でしょう」



「分かった。では、明日捜索隊を結成するとしよう。ヴェイル、お前も加わってくれ」

「承知しました、父上。ご心配でしょうが、どうか今宵はゆっくりとお休みください」


「そうだな……」


 グラディスはそう答えると、そっと自分の目頭をつまんだ。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。