第69話 応接室でのアレコレ
応接室で、アウドラを前に話し終えたヴェイルとリュークは、一呼吸置くと黙ってしまった。
アウドラは泣いていた……
「うっうっ……二人が……そんな目に遭ってたなんてっ……ワタシ、全然知らなくて……ダロスもエルマも……サイラスも皆んな死んじゃったなんて……」
「姉上……」
リュークが困った様に言う。
「ごめんね、ワタシだけ何も知らずに平和に暮らしていて……」
「いや、姉上が平穏に暮らせている事は、逆に俺達には救いだったから……巻き込まなくて済んだ事は良かったと思っているよ」
ヴェイルが慰める様に言った。
「まあ……」
アウドラが涙が溜まった目をぱちくりさせて言う。
「ヴェイルったら本当に良い子なのね。凄いね、リューク」
「ま、まあな」
「こりゃ好きにもなるなぁ……ねえ、もう一度抱き締めてもいい?」
「ダメだ」
「遠慮しておくよ」
リュークとヴェイルが同時に言った。
「……でも……ちょっと失礼かも知れないけど、聞いていいかな」
アウドラが彼らの反応は特に気にせず言う。
「何?」
ヴェイルが聞き返した。
「王太后、パトラクトラ様って……何者なの? お強さが人智を超えてるんだけど。何故今までは戦闘に参加されなかったの……?」
「それは……オレも知りたい」
リュークが同意する。
「母は……」
ヴェイルが躊躇ったように息を吸ったが、やがて言葉を確かめるように言った。
「母は、今のこの時代の人間じゃないんだ」
「えっ?」
「何? それ……」
彼は静かに語り始めた。
母が『次元の魔女』であり、300年の時を越えた運命を……
王機竜ラタウスから聞いた話そのままを、二人に語って行ったのだ。
「……だから300年もの時を『飛ばされてしまった』『次元の魔女』でもある母は、自分が戦闘に参加すると、この時代にどれぐらいの影響が起きるか未知数だから、避けていたらしいんだ」
彼がそう言って話を終えた。
リュークとアウドラが驚愕の表情で見ている……
目の前にいる年下の従兄弟の身体の半分は、自分達には未知の時代の人間の身体なのだ……
「……こんな途方もない話、信じて貰えるのかな……」
ヴェイルが控えめに聞いた。
「信じるも何も、今までの話を聞いたら納得出来る部分しかないわよ」
アウドラが答える。
リュークも言った。
「でもこれで、どうしてヴェイルだけが違うって感じてたか、今ので納得したよ。オレ達現代人の方が魔法系統分野で退化して行ったんだな」
「あ、じゃあ魔力回路の構造が違うと思うの。回路出せる? リュークも。ワタシのも出してみるね」
アウドラはそう言うと、右鎖骨の下辺りを指先で一旦触り、そのまま目の高さまで指を持って行った。
すると、空中に小さな四角い魔鏡が現れ、そこに自分の魔力回路が投影された。
ヴェイルとリュークも同じ様に出して見せる。
彼女は三人の物を見比べていたが、やがて言った。
「ほら、ここ。ワタシとリュークの回路は伝達系統が1周多いでしょ?」
「……ほんとだ」
リュークが目を凝らす。
「魔力がここも通ってから発動するのよ。でもヴェイルにはそれがない。それって、術式発動速度が通常の人の2倍以上速いって事になるのよ。
……あら、ヴェイルの回路は遺伝情報以外の特性項目が多いわね。いろんな特性が使える訳だわ、これ」
「最近になって雷特性が追加出来てたもんな」
またリュークが言う。
「あと、ここ。魔力量の制御系の指数が……ほら、ヴェイルにはないわ。限界値を超えてしまうのはそのせいね」
「いや、制御してくれ……お前のあんな凍り付いた姿はもう見たくない」
「ごめん……」
リュークの言葉にヴェイルが申し訳なさそうに答えた。
思いも寄らなかったアウドラの解説に二人が感心して聞き入っていた。
一通りの検証が終わると投影を終わらせ、彼女は言った。
「大丈夫よ、ヴェイル。ワタシ達が付いているもの。自分が変わってるなんて事で悩まなくていいからね」
「うん。ありがとう、姉上は本当に凄いな」
彼が嬉しそうに礼を言う。
「うふふ。あ、それから」
アウドラが改めてリュークを見た。
「あんた達二人の絆を理解した上でもう一度言うんだけど、やっぱりワタシ、リュークに期待してもいいかな?」
再び赤くなって言う。
「何を?」
リュークが聞き返す。
「ワタシの恋人になってって事」
「ええ……?」
「嫌、かな?」
「い、嫌って訳じゃ……でもオレにとっては姉上は……家族、だし……」
彼が動揺した様子で返す。
「姉上。気持ちは分かるけれど、リュークには想いを寄せている人がいるんだ」
二人の様子を見ていたヴェイルが助け舟を出した。
「え? 誰?」
「トラフェリアの第一王女、ミレーヌ姫……」
リュークが目を逸らせながら白状する。
「それって……難しくない? 光属性の国の子でしょ? それに第一王女って。あそこ、二人の王女しかいないじゃない」
「……」
彼が返答に困る。
「大丈夫だ。魔族と人間のハーフなんて沢山いる。それだけ属性も関係なく結ばれているって事だろ?」
ヴェイルが自信満々に言った。
「それに例えリュークがミレーヌと結婚してトラフェリアに行ってしまっても、毎日俺が転移魔法陣でこっちに出勤させるから」
「なんだって?」
「え。それ本気で言ってるの?」
アウドラに言われてヴェイルが少しションボリしてしまった。
「……やっぱりダメかな」
「あのね、発想は可愛すぎるんだけど……流石に次期女王の王配が魔王の参謀は続けられないんじゃないかしら……
やっぱりワタシにしない?」
「なんでだよ」
「嫌って訳じゃないってさっき言ったじゃない」
「それは……」
リュークが困ってしまった。
「……少なくとも、ミレーヌはかなり真剣にリュークの事を想ってくれている。
二人次第で状況は変えられるだろう」
ヴェイルが擁護する。
「ヴェイル。お前そこまで考えてくれているのか。自分の恋には疎いのに」
「ん?」
リュークが複雑な心境で言ったが、彼には届かなかったようだ。
「けれど、姉上には正式に帰国して魔王軍の要職に就いて貰いたいと思っている」
ヴェイルが再びアウドラに言う。
「ああ……人手不足だもんね」
「そうだよ。前にあったトラフェリアからの闇竜討伐依頼でさえ、適度に強い人材が育成中でいなくて、ヴェイルとオレが魔王と参謀なのに出張ったんだからな」
リュークが説明した。
「それに、姉上は俺に負けたら臣下になるって言ってくれたし、リィナの姿見せたら何でも言うこと聞くって言ってたじゃないか……頼むよ」
ヴェイルが嘆願する。
「そうよね。……うん、分かった。こっちに帰国するわ。あんたの臣下になってあげる。手続きとかもあるからまた詳しい事教えてね」
アウドラが快く了承した。
「嬉しいな。やっぱり姉上は頼りになる」
ヴェイルが屈託のない笑顔を浮かべる。
それは身内にしか見せない、あどけないほど素直な笑顔だった。
――なんて可愛い子なの……あんな事があったのに、本当に健気に頑張ってる……
アウドラの胸に、切なさと優しい情がじんわりと満ちていく。
その時、応接室の扉がノックされ、ストリクとミシュレラが入って来た。
「お帰り、アウドラ」
「叔父様、叔母様! 只今戻りました」
アウドラとミシュレラは仲が良い。
「よく帰って来たな」
ストリクも優しく言う。
「早速ですが、あの……」
アウドラが急にリュークを振り返った。
「ねえ、言っていい? お付き合いしたいって話……」
「えっ? ちょ……待てよ、オレはまだ」
リュークが慌てる。
「なんだ?」
ミシュレラが聞いた。
「あの……リュークをワタシのお婿さんにください!」
「「ええ?」」
突然の申し出に二人が驚く。
「こ、こら、姉上! 違うだろ?」
焦ったリュークが言った。
「しかし……リュークはヴェイル様のお側でお支えするのだろう? 婿にさせてしまうと……」
ストリクが困った様子で返した。
「ふむ。アウドラがこちらに帰国するならば、リュークの『妻』として迎えるのも一つの方法ではあるな」
ミシュレラが言う。
「『妻』! そうよ妻が良いですね!」
アウドラの目が輝く。
「待ってくれ姉上、母上も。……ヴェイル、この突撃型竜娘になんとか言ってやってくれ」
リュークがヴェイルに助けを求めた。
「姉上。リュークの気持ちもちゃんと考えてやらないと。無理に付き合っても、結局うまくはいかないぞ?」
ヴェイルの諭すような言葉に、アウドラの勢いがピタリと止まった。




