表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
麗しのハーフダークエルフの最恐魔王が勇者アリアにだけは甘い  作者: 久遠悠羽
第3章 滅びし王家の血と竜騎士の帰国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/96

第68話 親族間戦争最終決戦4

 

「ミシュレラ、お前は大型魔法は打てるか?」

「申し訳ありません、兄上……もう力が残っていません」

「ストリクは?」

「私もです……陛下。申し訳ありません」


 瀕死のヴェイルとリュークを抱えた3人が話し合いをする。

 もう誰も術を出せる者がいない。


 頑丈な防御壁を張り続けるだけで精一杯だった。


「万策尽きた様だな。こっちはまだまだ行けるぜ」

 傭兵達がまた襲いかかって来た。



 その時突然、夕闇が先に訪れた様に辺りが暗くなった。

 両者共何事かと空を仰ぐ。



 ……1頭の巨大な飛竜がここに舞い降りようとしていた。

 全長10ガルドル程あるそれは、傭兵達に突っ込んで翼をバサバサと振った。


「うわあ!」

 数人が吹っ飛ばされる。


「なんだコイツ!」

 彼らが飛竜に向かって炎や雷、暴風の魔法をぶつけて行く。

 竜が痛みに吠えた。


「……仕方がない。退避しろ、ラタウス」

 突然、女性の声がした。


 飛竜ラタウスはその声に従い、ゆっくりと上昇して行く。

 その代わり、誰かが竜から身軽な仕草で飛び降りた。


 それは冑のない妖艶な美しさの素顔で長い髪を揺らし、金に光る鎧を着た1人の戦士だった。


挿絵(By みてみん)


「誰だ!?」

 飛竜が空高く上り、飛んで行ってしまったので再び明るくなった地でその人物を見る。


「……パトラクトラ?!」

 遠目に見ていたグラディスが叫んだ。

 その声で金色の戦士が彼ら5人の元へと転移して来た。


 彼らの前では戦闘をした事がないパトラクトラの、初めての鎧姿であった。


「……パトラクトラ……様……?」

 見た事もなかった王妃の戦士の姿に、動けないリュークが驚いた様子で呟いた。


 彼女はたった5人しか残っていない状況に眉を顰める。

 そして言葉もなく蒼く凍り付き、変わり果てた様相のヴェイルを見て、グラディスに言った。


「グラディス……辛い戦いだったな……」

「パトラクトラ……お前は絶域結界の指示に専念していたのだろう?何故……」


 突然の王妃の登場にその場の全員が息を呑んでいる。

「結界の指示は魔術師ワイアーガに任せて来た。……魔王と王太子の魔力が風前の灯の様に弱くなって来たのが伝わったのだ」

 

 そう言うと跪き、ヴェイルを抱いたままの血と埃に塗れたグラディスの頬を切なげに撫でた。


「王よ、もう大丈夫だ。ヴェイルと皆を頼む。防御壁を張り続けろ」

 パトラクトラが立ち上がる。


「……お前が戦うのか?」

 心配そうに言うグラディスを背に、彼女は再び傭兵達の前に転移した。


 怒りから来る不敵な笑いを浮かべ、敵に言う。

「私の家族をあんな目に遭わせた者どもめ……そうだな、お前達はどんな方法で死にたいのだ?」


「なんだ貴様。誰だ?俺達50人近くを相手に何を寝ぼけた事を言っている?」

 傭兵達も卑しく笑う。


「……異次元反転エリーネヴィンフェルシ……」

 パトラクトラが呟いた。


「お前は誰だって聞いているんだ!お高く止まりやがって!!」

 傭兵達4人が一斉にパトラクトラに剣を突き刺しに来た。


 ザクリとそれは四方から彼女の身体を貫く。


「パトラクトラー!!」

 グラディスが青ざめて叫んだ。


 しかし彼女は涼しい笑顔でこちらに笑いかけ、

「大丈夫だと言っただろう……」

と呟き、その場からスウっと横に避けた。もちろん無傷だ。


「何……コイツ……斬れていない?」

 驚く傭兵達の前で、腰にふた振り下げている刀のうちの一本に手を掛ける。


抜刀ばっとう神器じんぎ御架鷺ミカサギ

 パトラクトラは詠唱し、刀を抜くと同時に敵を切り裂いた。

 

 驚く周囲をものともせず、そのまま舞う様に剣を振る。


 その間に7人が声も上げずに血飛沫を振り撒いて倒れて行った。


「なんだ?何をし……」

 騒ぎ出す他の者達の隙間を、ほんの少ない歩数で動き、剣を振るう。

 その動きに無駄はなく、刀の重みとよく切れる湾刀片刃の切先を生かした剣術が、鮮やかに命を絶って行く。


 また3人が倒れる。

 剣の軌道は見えなかった。



 パトラクトラがそこで残念そうに刀を眺めて言った。


「……強化したのにたった10人で血糊でもう斬れぬ。鍔の辺りもズレてしまった……」

 その彼女の後ろから男が叫んで剣を振りかぶった。


「貴様!ふざけるなぁ!」

 

 トス……と軽い音がしてその者の喉元の、鎖骨の中心にパトラクトラの刀が刺さる。


「……まだ刺すのはいけたな」


 そのまま倒れた敵から刀を抜き、腰からも鞘を抜いて丁寧に一緒に地面に置いた。


「血糊が付いたまま鞘に納めるわけには行かぬ。年代物だ。綺麗に拭いてまた研がねば……」


 瞬時に11人を殺され、更に刀の状態にしか興味がないその様子に、傭兵達は背筋が凍る思いがした。


「なんだこの女……化け物か?」

「狼狽えるな。一気に行くぞ」


 次は5人ほどがまとめて彼女に斬り掛かった。

 パトラクトラはもう一振りの刀を鞘ごと抜く。

 

 そのまま左手に持ち、

抜刀ばっとう神器じんぎ以枢木イクルギ

と呟くと敵の目の前でポンと軽く空中に放り上げた。


「な……」

 敵が一瞬注目してしまう。

 

 刀がスローモーションの様に少し上がってやがて落ちて来た。


 素早く左手で受けて反動を利用し、右手で勢いよく抜刀する。


 

 ザシュリ……



 今度は一気に5人が斬って倒された。

 立ち位置も背の高さも違う者たちが、もれなく首元から血を噴き上げている。


「下がれ!!」


 流石に傭兵達が一旦下がる。


 瞬く間に、16人が斬られていた。

 こちらの攻撃は、一撃すら彼女に届かず……


 明らかにおかしい。

 斬られた者達は皆、屈強な鎧を着込んでいたのだ。

 それでも彼女の剣は、あの舞のような動きで、確実に鎧の可動部の隙間——首元、脇、太腿などの太い血管を、まるで見透かすかのように切り裂いていた。


 刀の重みに体重を預け、その軌道に従って力の向きを自然に変えていく。


 攻撃は一瞬。

 だが、止められない。

 なぜ斬られたのか、分からないうちに命を絶たれている。


「化け物め……!!」

 誰かが、恐怖に満ちた声を絞り出した。


 パトラクトラはシュンと刀を振る。遠心力で着いていた赤黒い血糊があらかた振り落ちた。

「そうか……刀の錆になるのは嫌なのか……我儘な奴らだ」


 そう言うと今度は刀を鞘に納め、腰に差した。


「離れた所から術を放て!!」

 今度は反撃だとばかりに傭兵達から様々な特性の魔術攻撃がパトラクトラに向かって放たれた。

 それらは確実に彼女を捉えた様に見えるのだが、一向に効果はなく、平然と立っている。


「くそっ!どうなってやがる」

 攻撃の効果の無さに彼らは歯軋りをした。



「……兄上、義姉上はどうなっているのだ?」

 固唾を飲んで見守るミシュレラが聞く。


「……おそらく異次元反転エリーネヴィンフェルシでアイツは自分の身体を別位相に置いたようだ。だからどんな攻撃もあたらない。それでいて武器はこちらに出現させて戦っている……次元を操る力だな」

 グラディスが妻の動きから目を離さずに答えた。


「そろそろ飽きたな。お前達の『存在そのもの』を『消して』やる事にするか……」

 パトラクトラが言った。


 紫水晶アメシスト色の瞳がキラリと光る。

 彼女は右手を上げ、空間を撫でながら詠唱する。


位相終焉ウルトアント


 するとたちまち透明な立方体が10人程の敵の全身を1人ずつ包み込んだ。

 突然の事で訳も分からず、焦った中の人間が内側からドンドンと壁を叩く。


 しかしその内部で、彼らの身体は縦横高さを失いながら『ゼロ』へと収束して行った。

 物理法則は、その中では意味を為さない。

 骨も、血肉も、声すらも潰されて、やがて存在そのものが圧縮される。


 シュオンと微かな音をさせて立方体が霧散した時、そこには『何もなくなった』。


「ひいいいいいっ!!」

 得体の知れない攻撃に傭兵達はすっかり怯えてしまい、我先へと砦から外へ向かって走り出した。


「誰が逃げていいと言った……王家に刃向かうと言う事は、私に刃向かうと言う事なのだぞ……

 『次元の魔女』パトラクトラ=ヴォルクリアが命ずる。

 いでよ、次元黒碧竜スワシュデルオクライン……」


 パトラクトラの呼び掛けに辺りが暗くなり、空の景色の中に亀裂が入った。

 そこから巨大な竜の姿の生き物が現れ、傭兵達に襲いかかった。


 彼女の声が空全体に響く様に拡張される。

「闇夜の虚無よ。牙を持ちて現世を喰らえ。虚空来牙イナニスノクティ!」


「うわあああああ!」

「や、やめてくれええええぇぇ!」


 敵の残数20数名の悲鳴が聞こえる。

 彼らは次々と次元黒碧竜スワシュデルオクラインに呑まれていく。


 行き着く先は……虚無。

 生き物の存在が全て否定される空間……


 傭兵達の阿鼻叫喚はやがて聞こえなくなり、辺りには誰もいなくなってしまう。



(ちから)ガ足リヌ……次元ノ魔女ヨ……]

 次元黒碧竜スワシュデルオクラインは姿を消す際に確かにそう言った。


 全身の火傷の激痛と高熱で朦朧とした意識の中で、リュークの耳にその言葉が残った。


 パトラクトラ様とは一体何者なのだろう……

 あの時、全ての敵がいなくなって、5人の元に戻った彼女は言った。


「……終わったよ」


 誰も言葉が出なかった。

 6年に渡った親族間内争は、その時確かに終わったのだ。


 彼女は髪の色が元の漆黒に戻り、薄っすらと目を開けたヴェイルと、リュークの頭を優しく撫でて呟いた。


「……お前達はもう……誰も殺さなくていいのだ……もう」


 そこから、リュークの記憶は意識と共に遠ざかって行った……



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
パトラクトラ様麗しくて、あまりにも圧倒的で、登場した瞬間に空気が変わって鳥肌でした...!! 「お前達はもう誰も...」のとこの息子たちへの愛や優しさに情緒がっ...!!!!!!!! 親族内争編も最高…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ