第61話 竜騎士とバトろう
ヴェイルと竜騎士はガシンガシンと撃ち合った。
彼は竜騎士の力を込めた一撃一撃を慎重に拾い、受け流して行く。
時に彼女の振り切った剣の勢いを上手く後ろに躱し飛んで相殺する。
そして踏み込み突撃を掛けて行く。
竜騎士もなかなかの反応速度で受けてくる。
「ヴェイルは本気じゃないな。遊んでいるのか?あいつは手を抜いている」
戦いの様子を眺めてリュークが呟くが、周りの兵は珍しいヴェイルの剣戟に目を輝かせて魅入っている。
―—強い!全く歯が立たないじゃないか!受け流されてばかりだ。
誰だワタシに『魔族の王は弱い』とか言った奴!!
竜騎士は焦っていた。
剣術で勝てそうにないのは数回の撃ち合いで分かってしまった。
「くっ!!」
苦し紛れに剣を振る。途端に抑えていた術が乗ってしまった。
咄嗟にヴェイルが躱すが、ハッとして後ろを向く。
「しまった!」
かまいたちの様な鋭い風の刃が見物していた兵達の元に飛んで行った。
危ないと思ったが、リュークが素早く彼等の前に出て剣で叩き落とす。
風の刃は地面に落とされて砂埃がもうもうと立った。
庇われた兵達が感動して彼に尊敬の言葉と礼を言っている。
ヴェイルはホッとして安堵のため息を吐き、戦闘体勢を解いて立ち直した。
―—ごめん必死すぎて術乗っちゃった!
でもリュークも凄いぃ!なにあの子の反射速度!!よく庇えたな。助かったけど……
ワタシ一応竜族トップ5に入るのに負けてる気がする。
しかしチャンス!卑怯だがチャンス!
竜騎士は彼等の連携に驚きながらも棒立ちのヴェイルの背中に向かって叫ぶ。
「敵に後ろを見せるとは余裕だな!」
声と共に彼の後ろから振り被る。
ヴェイルは瞬時に振り向きざまに斬撃を飛ばす。
しかし竜騎士の姿はそこにはなかった。
その代わりに80ガルドル(80メートル)程離れた位置に建ち並んでいる石造りの外部倉庫3棟が、彼の剣を振った衝撃波で真ん中辺りで斜め一文字に切れてしまい、ゆっくりとずり落ちて倒壊した。
壁に立て掛けてあった数十本の模擬刀と木刀も半分辺りで切れてバラバラと地面に散らばった。
「……やってしまった……」
剣を振り抜いたままの姿勢で彼がポツリと言った。
特に気にもしていない様子である。
「うわ……」
「陛下、凄い……」
兵達が呆然として見ている。
「ヴェイル。うっかり皿かコップでも割ってしまったみたいな感じで言ってるけど、流石に外部倉庫にまでは自動修復魔法掛かってないんだぞ?……始末書モノだ。オレが書類用意するのか……」
リュークがため息混じりに言った。
―—マジで殺す気かーっ!!煽ったワタシも悪いけれども?
竜騎士は一瞬の殺気を感じ、ギリギリで退避していた。
彼女は3ガルドル(約3メートル)程上方の宙に浮いている。
恐ろしさに思わず飛び上がってしまったのだ。
それを下から眺めてヴェイルが言う。
「……卑怯だぞ、竜騎士」
竜族にはウーヴルのツガンニアの様な生まれついての浮遊力がある。
魔族にそれを持つ者は少ないのだ。
「……フ。使える物は使わなくてはな」
竜騎士はそう言うと、また飛んで来た飛竜に跨った。
「……今日は引き分けだな」
「逃げるのか?」
「逃げるわけではない。今日は大目に見てやろうと言うのだ。まだ歯向かうならこの竜で食ってやろうか?」
[我は草食だ。ヒトは食えぬ]
竜が答える。
「……ちょ、静かに。逃げるのよっ」
竜騎士が小声で言う。
そしていかにも残念そうにヴェイルに言う。
「残念だなぁ……機竜戦ならばすぐにでも叩きのめせたのにな……」
ヴェイルは黙って見ていたが、冑を外して地面に置き、左手首に軽く右指を当てた。
当てた部分から竜の紋章の形の微かな光が浮かぶ。
そして呟く。
「……来い、ストライア」
更に左腕を横に上げる。
「ええ…?!」
その場にいた皆が驚いた。
ヴェイルの後ろに直径5ガルドル程の巨大な魔法陣が現れたのだ。
それだけではない。
光るその魔法陣の中から、何かがゆっくりと転がり込む様に出て来たのだ。
「あ、ごめんストライア。ご飯中だった?」
「な、何?」
彼が魔法陣で呼び出したのは、彼の王機竜、ストライアだった。
口一杯に露葡萄や谷苺を頬張っている。
竜は暫くモッシャモッシャと果物を咀嚼してゴクンと飲み込むと、ヴェイルに顔を擦り寄せて来た。
彼もいかにも竜が可愛いという表情で、精一杯手を広げて抱き寄せ、頭を擦り付けながら言った。
「ストライア、あのね、急なんだけど……俺と一緒に戦ってくれるかな?」
竜は嬉しそうにフンフンと頷く。
「へ、陛下……尊い…っ」
「あれが陛下の王機竜……可愛い……陛下も可愛い……」
「陛下、男性なのになんだろう……可愛くてドキドキする」
大きなふわふわの顔を寄せられて微笑むヴェイルの姿を見て、男女を問わず兵達が少し頬を染める。
「良かった、オレだけじゃなくて皆んなあいつの事を可愛く思ってるんだ……
それにしても、鎧着てても竜は呼び出せるのか。今度オレもやってみよう」
リュークが独り言を言った。
「嘘でしょ?」
竜騎士が呆然として見ている。
まさかヴェイルが竜を持っているとは思っていなかったのだ。
しかもタイカーシアに棲息する高速移動竜、黒竜。
よくいる蒼玉竜や紅玉竜とは違い、かつてのアガンの王族にしか懐かなかった程の気位の高い竜だ。
「魔王。その竜でワタシと戦うと言うのか?」
「ああ。いいだろう」
ヴェイルがストライアにひらりと跨った。
「陛下。しかし鞍もないが…?」
近くまで駆け寄って来たリュークが心配して言う。
「氷鋼竜魔装!」
ヴェイルが詠唱する。
途端に竜の全身にパキパキと氷が張り巡らされ、細かな鱗状の鎧に変貌して行った。
自分が跨っている部分は膝上辺りから下が鎧の中に包み込まれ、竜と一体化した。
全ての形が形成されると、今度は一枚ずつの氷が硬度のある薄くて軽い鉱石に変わって行く。
たった数プラク(数分)の間に、ストライアは輝く半透明の水色の鎧に全身を包まれた戦機竜へと変貌した。
「はぁ……もう、スケールが違い過ぎる」
「凄いって言葉しか出ないよ」
「情報量が……多すぎて処理できない」
そこにいる誰もが驚いている。
「やり過ぎだろ、陛下……本当に負けず嫌いだなぁ」
リュークが呆れて言った。
だがヴェイルは意気揚々とストライアで空中に舞い上がった。
「仕方ない。場所を変えよう。……第2広域訓練場まで飛ぼうか」
竜騎士はそう言うと竜を飛ばした。
ヴェイルも後に続く。
「どうしましょうか、リューク殿下……グラディス陛下に報告しますか?」
一部始終を見ていた魔術指導師のワイアーガがリュークに問い掛ける。
「うーん、まあ、魔王が対応してる訳だしな。それにいくら結界がないナザガランでも、外部侵入者には警戒アラートが鳴る筈なのだが……」
そう言って常備している通信用貴石を見る。
貴石のアラートに反応はない。
「あの竜騎士はうちの第2広域訓練場の場所まで知っていた。他人のフリをされて気付かなかったけど、多分身内だ…。派手に戯れているだけだろう。後でオレが見に行ってみるよ」
2人が飛び去った方角を眺めて彼は言った。
「陛下、大丈夫ですかねぇ。相手は竜使いのエキスパート、竜騎士ですよ?」
ワイアーガがまだ心配そうに言う。
「……竜騎士の方が心配なんだがな。怪我しないと良いが」
「……え?」
リュークの言葉に驚いて聞き返す。
「ワイアーガ、今は兵達の訓練を再開しよう。代わりの術式を教えてやってくれないか」
彼はそう言うと、鎧装を解いて元の訓練着に戻った。




