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麗しのハーフダークエルフの最恐魔王が勇者アリアにだけは甘い  作者: 久遠悠羽
第3章 滅びし王家の血と竜騎士の帰国

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第51話 失われた王朝

 目の前の自分の家、レサイア城が焼かれている……

 延焼魔法を使う術師が次々と着火を仕掛けるので消火が追い付かない。


 それどころか、火災に乗じて侵入して来た民衆と術者達に、臣下も召使も、父王も母も殺されてしまった。

 18歳だったダークエルフ、パトラクトラは涙と煤で汚れ、破れたドレス姿で、目の前の何千もの敵を仁王立ちで睨み付けていた……


 

 パトラクトラはアルファラン歴2134年にダークエルフの国、タイカーシアのアガン王朝の第2王女として生を受けた。

 現在の年は2472年なので、約338年前の事である。


 家族は父で王でもあるディヴァーサ=アガン、母で王妃のエリーネブ、そして姉のフィスファーナだった。

 彼女達には小さな頃から宮廷魔術師のリヒトという『不死アンデッド』の青年が付いていた。

 リヒトはエルフ由来の人間ではなく、タイカーシアの更に北部に広がる鬼族由来の文化圏『ラーキシャス』の人間である。

 基本的には別の高度文明を持つエルフ由来の人間が住む国々とは敢えて接触せずに暮らしている。


 鬼族ラーキシャスにはリヒトの様な『アンデッド』や吸血族と言われる『ヴァンパイア』人狼の『ワーウルフ』徘徊鬼の『オーク』などの種族がいるが、例外的にアンデッドの種族は比較的大人しく友好的で魔法力も強く、かつての王朝にはよく専属魔術師として抱え込まれていた。


 パトラクトラは家族とリヒト、宮中の者達と平和な幼少期を過ごしていた。

 彼女が使う様々な魔法は、リヒトが使う鬼族ラーキシャスの魔術を古代エルフ語に訳した詠唱に変えて教え込まれたものである。

 当時から特別な鬼族ラーキシャスの言葉『ラキシャ語』が読める者は少なく、彼に直接教えて貰える事がパトラクトラの自慢でもあった。


 また、活発だった彼女には王機竜、黒竜マギシラハのラタウスも与えられた。

 言語を理解し交流出来るまだ幼い竜だったラタウスは、生涯の主人として彼女に仕える約束をし、1番の親友となる。

 黒竜マギシラハを乗りこなす彼女は、時期女王に相応しい器と言われ、家族に愛されて大きくなった。


 しかし、姉妹に生まれながらの禁忌の能力『時空』と『次元』の力が備わっている事が分かり、公になって行く。

 その能力は神にも等しい程の凄まじさだった。


 姉のフィスファーナの『時空』の能力は物体を時間移動させてしまう力だ。

 また『灰の魔女』として視界に入る生物全てを灰に変え、異空間——主に惑星外へと放り出してしまえる能力もあった。

 もちろん飛ばされた生物の生命は絶たれてしまう。それが一瞬で行われる事に、民衆は大いなる恐怖心を抱く様になる。


 パトラクトラの『次元』の能力は多彩で、3次元、4次元を自在に操り位相を変え、攻撃を無効化する能力や、戦闘においても他惑星の小さな文化圏で発展した刀と言われる湾刀を、抜刀術式で使い熟す高い攻撃力を持っていた。

 更に『次元の魔女』のみに許された次元黒碧竜スワシュデルオクラインを次元の狭間より呼び出し対象を殲滅する能力など、当時の民衆を震え上がらせるに足る力を持っており、周辺諸国からも恐れられていた。


 ―—アガン王朝の血筋は世代を追うごとに力が強まって行く―—

 ―—魔女はいずれ国を滅ぼす―—

 謂れもない噂が立ち、盲信的に信じた者達により城内に裏切り者が出た頃から状況は最悪の方向に向かう。


 元々防衛力にさほど力を入れていなかったレサイア城への諜報作戦は功をなし、姉とリヒト以外の味方は先に簡単に殲滅されてしまった。

 民衆は何が何でも魔女を狩る事に執着しているようだ。

 

 不死アンデッドのリヒトは2人の王女の為に臣下と共に戦い、斬られ、殺され、その度に蘇生する事をもう7回も繰り返している。

 臣下が斬り倒され、魔法に敗れバタバタと倒されて行く中で彼だけがゆらりと立ち上がるのだ。

 パトラクトラが直接リヒトが『不死アンデッド』である事を確認したのはその日が最初で最後だったが、彼が『死ぬ』度に胸が裂ける程の苦しみを味わった。

 そして自分と姉の為に地獄を繰り返す彼に、もう我慢の限界が来てしまっていた。


 愛竜のラタウスも翼を焼かれ、瀕死の状態で巨大な親竜に咥えられて何処かへ連れて行かれてしまった。

 彼に関してはきっとなんとかなるとは思ったのだが、目の前の民の自分達への殺意は変わらない。


 パトラクトラは最後の手段として、自分と姉、リヒトを護る為に力を使った。

 数千の民衆の前に仁王立ちになり、詠唱し叫んだのである。

虚空来牙イナニスノクティ!」

 彼女の詠唱に従い、空間を裂いて次元界から鋭い爪と牙を持った想像を超える大きさの次元黒碧竜スワシュデルオクラインが現れた。

 それが一度に数十人ずつ人民に噛みつき異空間に引き摺り込む……

 

 数千人の民衆が悲鳴を上げて逃げ惑う……そこへフィスファーナが『時空・灰の魔女』の能力を使った。

 空は真っ赤な雲と幾つもの空間の裂け目に覆われ、ある者は竜に喰われ、ある者は灰と化しその世界から消えた。


 それから暫く地獄絵図の様な時間が続いたが、とうとうパトラクトラに魔力切れが生じてしまう。


「あなただけは逃げて……」

 フィスファーナが言う。

「姉上、嫌だ、私も姉上とリヒトと一緒にいさせてくれ。最後までここで戦う…!」

 パトラクトラは嘆願する。


「あなたには生き抜いて欲しいの。……今からその身のまま時空の彼方に飛ばすから……私の最後の力を全て掛けて……」

 彼女は詠唱に入った。

「嫌だ……姉上!リヒト!止めてくれ!!」

「パトラクトラ様……私は……」

 

 彼女はリヒトの言葉を最後まで聞き取る事は出来なかった。

 目の前の景色が消えたからだった。


 いや、消えた訳ではない。身体が一瞬浮いた感覚がしたが、もう何かの上に座っていたのだ。


「……え?」

 パトラクトラは驚愕する。

 一体何が起こったのか分からなかった。そして今、自分が乗っているこれは…?

 ふわふわしているが……毛皮……ではない。どちらかと言うと漆黒の羽毛の様な……


 その羽毛を撫でてみる。

 それは暖かかく、自分を乗せたまま呼吸に合わせて緩やかに上下していた。

「……」

 呆然としていると、目の前にこれまた呆然とした表情の巨大な竜の顔が自分を見つめて来ている事に気が付いた。


「?!……りゅ、竜?」

 パトラクトラは驚いて身を捩る。逃げなければ……咄嗟に思ったその時だった。

[パトラクトラ……主か?]

 竜から声がした。

「……え?私を知っているのか?ここは何処なのだ?」

 彼女は思わず聞き返す。


「……我は……我だ。主の王機竜、黒竜マギシラハのラタウスだ。そしてここは滅亡したアガン王朝の城、レサイア城だ」


「ええ?!どういう……事?こんな巨大に?それに……ここ……」

 パトラクトラは辺りを見回す。

 確かにそこは自分が暮らしていたレサイア城の様だ。


 だが炎に包まれていた城は崩落し、石造の壁だけになっている。

 それだけではない。その城跡は歴史を感じる程の苔と蔦まみれになっている。

 ただ、ここから眺める山の形は何事も無かったかのように同じだ。


「これは……私は今の今まで襲撃があった場所にいたのに……」


[アガン王朝が滅亡したのは今からちょうど300年前だ]

「300年?!え?私……は…?」

 パトラクトラは自分の身体を見下ろす。

 先程まで煤と埃に塗れて術を使っていた姿はそのままだった。


[どうやら姉のフィスファーナにこの時代に飛ばされた様だな]

 ラタウスが言う。

[当時、幼かった我は早々に負傷し母の背に乗せられて避難した。しかし頼み込んで上空から様子は観させてもらっていたのだ]

「ラタウス……やはり本物なのか…?300年でそこまで大きく育ったのか」

[そうだ。我は空から主を見ていた。フィスファーナが最後に確かに主に術を掛けた。そして主は掻き消すようにその場から居なくなった……それきりだった。我は心当たりを全て探したが、主は何処にもいなかった……50年……探して諦めたのだ……それが……それが今、ここに現れるなんて]


 ラタウスの大きな瞳から涙が溢れて来た。

 首を捻って背中に向けているので、パトラクトラの座っている所にポタリポタリと水滴が落ちてくる。

 彼女は立ち上がり、思わずその鼻先にしがみ付いた。


[主はまだ……地獄にいたのだな。もう、大丈夫。ここは平和だ]

「う……あ……わああああああっ……」

 彼女は泣き出した。

 堪えていた思いと涙が次々と溢れ出してくる。

[泣くといい。辛いな……辛かったな……主。また会えて嬉しいぞ]


 ラタウスの上でパトラクトラはいつまでも泣く。


 1人と1頭の泣き声で、眠っていた彼のまだ幼い2頭の子供の竜達が目を覚ましてしまった。

 けれども何かを察したのか、鳴きはしない。

 起き上がって心配そうに側に来て、大人しく眺めているだけだった。

 


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