第47話 ドレス展示会 3 ―リューク回想録―
なんとか午後の部もやり過ごし、夕刻の最終出演になった。
この時期のナザガランは白夜のシーズンに入る前なので、まだ空は明るい。
けれども時間的には夕食の頃なので、今度のリィナのドレスはイブニングドレスだった。
髪を結い上げ、豪華な髪飾りといつもは着けないようなアレキサンドライトやサファイヤのピアスとイヤーカフをしている。
今回のメイクは氷のイメージなのか、ヴェイルの特性によく合ったクールな色合いで纏めてあった。
喉元を隠すハイネックなのは変わらないが、淡く虹色に光るサテン生地で作られた、身体のラインに沿った長い裾のドレスを着ている。
胸元のシフォン生地のギャザーがフワリとした女性らしい雰囲気を醸し出し、アレキサンドライトと『彩皇貝』というナザガランに生息する淡水生の二枚貝から取れる、大きな藍白色の真珠をいくつも使った飾りが映える。
背中は首元から続く布が大胆にクロスに割れた、バックオープンになっている。
そこにはヴェイルの白く滑らかな、男性とは思えない肌の背中が露わになって収まっていた……
いつも「男らしくない体格だから嫌だ」と言って、訓練場の更衣室も使わないからあんまり見た事がなかったけれど、本当に気にしている気持ちが判ってしまった。
これはマジで見る方が罪深い。
ごめんなさい、見てしまいました……
ハーフダークエルフってあんなに綺麗なの? 精霊なの?
いや、誰だよこんなドレスデザインにしたの!
……アルタだよな? ……アイツ……くっ、ありがとう……
上部は隠れているが、動いた時の肩甲骨の凹みがなんとも美しい……
ただ救いだったのは、首から細く長い上品なドレスと同素材のサテン生地のストールが掛かっている所だった。
それが歩く度に背中で揺れて、目にも毒な麗しい背中を見え隠れさせてくれる。
しかしオレはヴェイルのその姿をみた瞬間、ニュアンス揃いのテールコートを着たまま、少し膝に手を付いて下を向いてしまった。
とても直視出来なかったからだ。
ヴェイルはオレを見て輝く様な姿でキョトンとしていたが、やがて笑って言った。
「リューク、このステージで最後だね。疲れていると思うけど、頑張ろう」
「お、おう……」
オレの仕草が疲れているせいだと思った様だ。……良かった。
もう耐えられない。
皆んな何故平気なんだ……
最後のステージは浮ついた様な気持ちで過ごし、自由入退場なのに長くいてくれているアリアとミレーヌを捕まえて、ヴェイルをアリアに押し付けてミレーヌにちょっと付き合って貰い、席を外した。
彼女も午後の部のヴェイルが着ていた物と同じタイプのドレスが欲しいと言ってくれたので、その見本があるブースに行きオレを外に待たせてコンシェルジュと話して採寸して購入予約をし、その近くのソファーを一旦陣取る。
あのドレス……あんなに高いのか。それを平気で一人で即決で買うなんて。
やっぱりトラフェリアの第一王女様は格が違うな。
オレを信用してくれているのか侍女を断り、一人で来てくれたし。
ドレスが買えて凄く嬉しそうだった……好きなんだな、ああいうのが。
周りで「リューク殿下がトラフェリアのミレーヌ王女を……」とザワザワ言う声が聞こえて来ていたけれど、構うもんか。
エスコートしたもの勝ちだ……
「リューク様、お付き合いありがとうございます。リューク様とニュアンスがお揃いのドレス、欲しくなってしまいましたの」
ミレーヌが少し恥ずかしそうに言う。
「ああ、そうか……では機会がある時に申し合わせて一緒に着ようか」
「是非お願いします」
彼女が笑った。
オレも嬉しくなってついああ言ったけれど、これって……
……本当に喜んでいいんだろうか……
オレの顔つきが少し変わったのかも知れない。
心配そうな表情になったミレーヌが聞いてくる。
「それより……リィナ……いえ、ヴェイル様と何かありましたか?」
「ああ、ちょっともう……限界なんだ……」
オレは正直に言う。ミレーヌは少し辺りを見回してこっそり言った。
「お疲れなのですね……お話聞きます。今日は使われていない2階のテラスに行きましょうか……飛びます」
そう言うと、人混みに紛れてそっとオレと共に魔法陣で転移してくれた。
二人だけになったテラスにある椅子に腰掛け、ふうっと息を吐く。
確かに今日はいろんな人と交流しすぎたのかもしれない。疲れも溜まっていた。
「……どうされたのですか?」
ミレーヌが聞いてくれる。
オレは今日、自分が疑問に思っていた事を早速聞いてみた。
「ミレーヌもアリアも、グラディス陛下も皆んな、リィナがヴェイルって知っているだろう?」
「はい」
「……リィナのヴェイル見てどう思う?」
「そうですね……毎回毎回輝く様に美麗なお姿だと思っていますが?」
「おかしいと思わないのか? アイツ男だぞ? 綺麗すぎないか?」
「それは……今日はエンターテイメントの一環として楽しませていただいてますので。よくあるコスチュームプレイだと思っています」
「アリアも?」
ミレーヌはにっこり笑って答えた。
「ええ。あの子も『今度はどんな服装で来てくれるのかしら』と期待して観ていましたよ? 女性から見ても大変参考になる着こなし方をされていますので……」
―—ああそうか……エンタメとして見れば良かったのか……
オレはなんだか自分にがっかりしてしまっていた。
オレの様子を見ていたミレーヌが聞く。
「失礼ですが、もしかしてリューク様は……」
「え?」
「リューク様はヴェイル様のお姿にときめかれていたのですか?」
「と、ときめく?」
「ドキドキされていた、とか……」
「……そりゃあ……いつもとあれだけ違うと……」
「やはりそうなのですね……」
「え、何が?」
「リューク様はヴェイル様と同じぐらい真面目なお方だからお気付きにならないのですよ。ご自分のお気持ちに……」
「? ……自分の気持ち?」
ミレーヌはそう言うと空を見上げて続けた。
「仮に……仮にですよ? もしもリューク様の周りの方々が、お父様やお母様、グラディス陛下やヴェイル様……わたくしとアリア、その他の方が、一斉に魔法も力もなくし、年齢も性別も関係ないただの弱い人間になってしまったとして……」
「その時に天地が割れる程の厄災が起こって、全ての大切な人が飲み込まれそうになったとしますね」
「? ああ、うん……」
「その時に、リューク様がたったお一人だけ……お救いする事が可能だとしたら、どなたを救いたいですか?」
「たった1人だけ……か」
オレは考えた。けれど、迷うことなく浮かんだ顔がある――
ミレーヌは黙ってオレを見ていたが、やがて静かに口を開いた。
「今、ふと……頭をよぎった方がおられたでしょう?
その方が――あなたが今、いちばん愛しておられる方なのですよ。
魂で繋がったかのような強さで……その方を想っておられるから、戸惑いがあるのではありませんか?」
「……え?」
オレはミレーヌの顔を見た。
彼女は、なぜだか少し泣きそうな顔をしていた。
「わたくしは……いつかリューク様がその場で救いたい、と思われる方の中の、1番最初の人になりたいと思っています」
「……ミレーヌ」
オレは胸がギュッとしてしまった。
彼女はなんて優しいのだろう……
でも……そうなのか。
オレは……オレが最初に思い浮かべたのは……
その時、会場の方で大きな悲鳴が聞こえた。




