第45話 ドレス展示会 1 ―リューク回想録―
※ここからはリューク目線の回想録としてお話が進みます。
―—理性ってのは一体なんなんだろう……
オレは女装をして『リィナ=エミル』を演じているヴェイルがまともに見れなかった……
某月某日、アルタ商会主催のドレス展示会……当日まで、オレとヴェイルはリハーサルに勤しんでいた。
主にお互いの歩幅の調整ぐらいだが。
他にも参加のモデル達もいるそうだが、オレ達の立場的に特別に時間を空けて2人でやるしかなかった。
リハーサルと言っても日に3回、オレがスーツ、アイツがドレスを毎回着替えてステージで少し静止し、その後ランウェイを歩き、後は来場者と談笑する…そんな簡単なものだったし、特にドレスなんかには着替えず普段の服装で適当にしていた。
しかし当日のヴェイルの本気度は常軌を逸していた。
別々の控室で着替えとメイクをし、時間を合わせて舞台裏に行ったのだが。
そこで観たのは『完璧な美女』だった。
認識阻害魔法で金髪碧眼になっている上、ドレスに合わせた控えめだがキッチリとしたメイクをした顔で、アイツはオレに走り寄って来た。
「リューク!待ってた」
—―は?何その可愛い声……そんなヒールでよく走れるな……それに見た目がっ!
なんだあれ美の化身か?女神か?
ええ?おいおいおい……それでオレに走り寄って来るって……
ドレスの端、ちゃんと持ち上げてるし……女性らしく爪先で走ってるし……
「お。おお……リィナ……綺麗だな」
嬉しそうに近寄って来るもんだからつい褒めてしまう。
ヴェイルは花の様に笑った。
……めっちゃ可愛いじゃねぇか……
「リュークこそ!凄くカッコいい!……いいなあ……あ、いえ、私もそちらが良かったですわ」
「それは……仕方がないだろう……」
オレも少しヴェイルのスーツ姿が見たい。
まあいつも似た様な王族のスーツだけれど……今日はいつものアイツの姿が特別に懐かしい。
それにしても、意地でも自分が女装していた事がバレたくないのか、天性の仕草なのか、貴族女子としての振る舞い方が見ていて完璧だ。
寧ろアリアやミレーヌよりも格式が高いんじゃないだろうか……
なんなのだこのバケモノは。
コイツの頭の中はどうなっているんだ。
主催のアルタがやって来た。
「リィナ様!リューク殿下!本日はご出演本当にありがとうございます!なんと麗しい御二方なのでしょう……」
あ、今日はもう裏方でさえ『魔王陛下』呼びはないんだな?完全にリィナ様なんだな……これ不敬罪に当たらないのか?
そしていよいよ本番が始まった。
舞台の上から観客達の立食パーティー会場全体が見える。
会場にはたくさんの花を飾ったテーブルがあり、その上には軽くつまめるピンチョスやフィンガーフード、軽めのアペリティーボやスイーツ、冷やされたワインやソフトドリンク等も用意されていた。
緩やかに休める様に壁に沿って柔らかそうなソファーとサイドテーブルも何台か用意してある。
いくつかの場所には何台ものトルソーが集めて置かれ、見本のドレスとスーツが架けてあり、コンシェルジュが側に付いていて注文の為のブースも設置してある。
豪華なシャンデリアが天井に等間隔に並んでおり、背の高さほどの生花も対でステージ上に置いてあった。
床は一面大理石で、ランウェイは異国の長く赤い繊細な織物の絨毯だ。
作るのに何年も掛かりそうな刺繍が施してある。
この展示会、どれだけ本気なんだろう……確かに……民間ではあるがナザガラン国内で長く内争があった事を感じさせないイベントとしては十分な規模だ。
それ程までに目にも艶やかな会場だった。
そこに各国の華やかな服装の貴族達や、買い付けの為の目利きの執事達が集まっている。
時間になった。
楽団の生演奏が響く中、オレ達はリハーサル通りに動いた。
数ペアのモデルが参加する中、一際大きな声でMCがオレ達を紹介する。
「ご来場の皆様、お待たせしました!本日1番のお勧めのスーツとドレスを、なんとリューク殿下と戦乙女リィナ=エミル様にご着用いただきました!豪華ゲストに皆様からの暖かい拍手をお願いします!!」
MCが言い終わらないうちに会場が揺れる程の観客のどよめきと拍手で包まれた。
「「「リューク様ぁ!素敵です!」」」
「「従兄弟殿下!なんとご立派な!!」」
「「リィナ様、女神様のようです!麗しい…!」」
「「「バトルマッチで惚れました!!」」」
口々にオレ達を褒める言葉が行き交う。
なんだかくすぐったいけれど、会釈をして小さく手を上げた。
ヴェイルの方を見てみたら、なんとも可憐な笑顔を浮かべて手を振っているではないか。
そしておもむろにMCから音声拡張クリスタルを受け取って話しだした。
「皆様、本日はアルタ商会のイベントにご来場いただき、ありがとうございます。歓談を交えながらゆっくりご覧になってくださいね」
―—なんだ?何か言うのか?
「私事ではあるのですが……今日は皆様の誤解を解いておきたいと思いまして、こうして発言させていただいています……」
「噂が流れている様ですが、私、リィナ=エミルはリューク殿下の婚約者ではありません。彼とは昔から武術指導を共に受けた同士であり、親友で、かつライバルなのです」
観客がどよめく。
おお……そうだったのか……え?
いつオレとリィナが…?
あ、ヴェイルの事か……アイツ、オレの事そんな風に思って……
けれども観客の中から声がした。
「でも昔からって言うのは、ずっと一緒に過ごされたのでしょう?それってもうリューク殿下にご好意を持っておられるという事ですよね?」
は?ちょっと待て何故そうなる……見た目が女性だからってそんな事……気になるじゃないか。
ヴェイルは爽やかに笑って言った。
「もちろん好意はありますし、大変尊敬しております。でも、だからと言ってお付き合いしたいと考えるのは、また違うと思っていますのよ」
そこまで言うとアイツがいきなりクリスタルを渡して来たもんだからオレは焦った。
好意はある?尊敬してる?付き合いたい訳ではない?……
まあそりゃそうだろう……男だし。俺にとっても可愛い『弟』だしな……
何か引っ掛かる気がしたけれど、間が持たないので仕方なく言う。
「そ、そう言うわけです。リィナは婚約者ではありません。それに、ナザガランには戦乙女はリィナしかいないので【戦乙女部門】も存在しません。皆様の中にはナザガラン王宮に問い合わせをして来る方もいたそうですが、その様なことは今後なき様、お願いします」
これでいいのだろうか……よく分からないけれど、オレが発言しただけで女性達が何故かざわめいてしまったので最後まで聞いてくれたのかは分からない。
「では……リューク様には私、立候補しても宜しいのですか?」
「ワタクシも!」
「ずるいですわ、私も……」
「リィナ様、では俺にもまだチャンスが!」
「あっ、お前抜け駆けすんなよな」
……なんだか皆んな口々に言い出して、騒然となってしまった……
「リューク殿下は女性にとても人気がおありですのね」
オレからクリスタルを受け取り、MCに返したヴェイルがほのぼのとした顔で言う。
よく言うよ。
お前が魔王陛下としてこの場にいたならもっと騒がれていただろうに。
……でも、そうなのかな?女性からどう思われているか、なんて事はあんまり考えたこともなかった。
俺は……立場的に政略結婚を見据えた見合い話もあって、お試し的に女性と付き合わされた事もあった。
だが、心から好きだと思ったことはなかった。
戦場や家のことで精一杯で……そんな余裕はなかったんだ。
オレの世界はヴェイル中心だったからなぁ……
ヴェイルと一緒に育って、側に居て、王太子だから護らなければならないって言われてて……
疑問にも思わずずっとそうして来たから……
だからヴェイルはオレにミレーヌを会わせてくれたのかな?
そろそろ真剣に誰か他の人を見ろって感じでさ。
そんな事を考えて赤い絨毯敷のランウェイを歩きだしていたら、観客の中にアリアとミレーヌもいる事に気が付いた。




