第21話 ウーヴルの里とツガンニア
次の日の朝、妖魔力をかなり吸い取られて足元も覚束ないアリアを抱き抱える鎧装姿のヴェイルを、城の皆が心配そうに見送りに来ていた。
「皆の者、くれぐれも一切手出しをしない様に。ここには一国の王女の命が掛かっているからな」
グラディスが皆に言い、ヴェイルに向き直った。
「ウーヴルの里の座標は分かるな?」
「はい」
「……では、気を付けて行って来い」
「行って参ります」
ヴェイルは開けていた冑の目の部分を閉じ、腕の中のアリアと共に転移魔法陣の中へと消えて行った。
静かな森の片隅に転移魔法陣の音がして、ヴェイルとアリアが現れた。
原初のままの森林が広がるその地には、古代エルフから続く血筋の者に安らぎを与えてくれる何かがあった。
転移した場所には大木が何本も生えている。遠くには更に巨大な大樹も大地に根を下ろしている。
その生い茂る葉の間から、微かに住居らしき物が見えた。
「……立てるか?アリア」
「……はい」
ヴェイルが抱き抱えていた彼女を下ろす。しかしガクリと膝から折れかけるので、彼は倒れぬ様に肩を貸した。
額のクリスタルが妖魔力を吸い続け、薄いピンクから紫に変わって行っている。
「ここが……ウーヴルの里」
2人は不安気に高い位置まで生い茂る木々を見上げた。
不意に、ササッと風を撫でる音がした。
「うわっ!」
「キャッ!」
木の蔓がバシリとヴェイルの脇を叩き、怯んだ隙にスルスルと伸びてアリアを掬い取り近くの木に巻き付ける。
「う……く……」
ギリギリと締め付ける蔓に彼女が苦痛の声を上げる。
「しまった!アリア!」
叫ぶヴェイルにも蔓が襲い掛かるが、素早く剣で斬りさばく。同時にアリアの悲壮な悲鳴が響く。
「何っ?!」
「動くな。動いたらこの子を更に締め上げるぞ」
「……くっ」
ヴェイルの前に声と共に一人の人物が現れた。
柔らかな栗色の髪を靡かせながら近付くその肢体には緑のアンダーウェアと銀の鎧を纏わせ、その上にローブを羽織っている。
碧い目をした女性のウーヴル、ツガンニアだった。
彼女は重力を無視したかの様に空中に浮いていた。額のクリスタルが木漏れ日を浴びてキラキラと光っている。
ヴェイルは剣を構え、周りの様子を探る。
いつの間にか、アリアの縛られている木の根元に2人の男のウーヴルが控えていた。
2人ともアリアの身体に巻き付いている蔓を握っている。
ツガンニアが静かに言う。
「私はウーヴルのツガンニア。お前が魔王、ヴェイル=ヴォルクリアか?」
「……そうだ」
ヴェイルが彼女を冑の奥から睨み付けて返す。
「……鎧装を解け」
彼は黙っていたが、構えを解き剣を鞘に納めて立ち直した。
黒銀魔装の鎧が音もなく外れて、王族の服装へと変わっていた。
「……ほう。これは……何処の屈強な騎士かと思っていたが……女の様な顔の華奢な青年ではないか」
彼女が鼻で笑い、揶揄ったように言う。
「王子様がわざわざ殺されに来るとは殊勝だな。こんな小娘の為に……」
「彼女には何もするな。相当弱っている。…額…のアイスクリスタルを外してやってくれ」
揶揄いには応じず、彼は言った。
「……それが人に物を頼む言い方か!!」
突然、細い木々が何本も地中から生え、まるで生きているかの様にヴェイルを襲った。
全身にギリギリと巻き付いてうねり、そのまま彼を大木の高い位置に叩き付ける。
「ぐっ!」
彼の表情が苦悶に歪む。
叩き付けられた大木からも枝が伸び、腰から下が包み込むように幹に取り込まれて行く。
両腕はそれぞれ蔓に引かれ、抵抗の余地を失っていた。
それはまるで磔の姿を見ている様だった。
「ヴェイ……ル」
アリアが力無く見上げて言葉を絞り出す。
「魔王だからな。このぐらいしても足りないだろうが、動くなよ」
ツガンニアはヴェイルを横目で眺め、アリアの元にふわりと飛んだ。
小さく震えるその顎に指をあて顔を確認する。
妖魔力を全て失った彼女の瞳は、元の碧に戻っていた。
「……ロキア。面影が変わらないな……やはりそうだったのか……」
ツガンニアの顔に憎しみとも悲しみとも区別が付かない、淋しげな表情が現れた。




