第18話 義理実家(?)って緊張するよね
同じ頃、ヴェイルとアリアは虹馬を走らせて魔族の国ナザガランの魔王城を目指していた。
結界が張ってあるトラフェリアの国境を越え、ナザガランに入った頃、それまで軽快に走っていたアリアの馬が速度を落とした。
「?どうしたんだ、アリア」
止まってしまった彼女を見て、先を走っていたヴェイルが戻って来た。
「私、前もそうだったけれど、ナザガランに入った時もこの国の結界の反発を感じなかった…。私、光属性の魔法無くしちゃったのかな?」
彼女は不安そうに言う。
「え?ナザガランには結界は張ってないよ?皆んな魔力持ちで強いから」
「そ、そうなの?あ、あの……後ね」
「?」
アリアが視線をずらして言いにくそうに言った。
「私……前回は奇襲で行ったでしょ?そ、その……皆さんを」
「あの時は俺以外は誰も斬り捨ててなかっただろ?蹴ったり放り投げたりして……」
「『俺以外は』って、うわああごめんなさいっ。ヴェイル兄様あの時私の事どう思ったの?」
彼女は逃げ出したくなって言った。
「うーん……」
ヴェイルが考える。
「入って来てすぐ何人も投げ上げるし、顔見た瞬間にアリアだって分かったけど、待てって言っても斬りかかって来るし……速いしやるなぁと思った。うちの軍には欲しい人材だな」
「それだけ?」
「うん。魔族は皆んな強い子は好きだから安心して」
「……ヴェイル兄様っていつも少しずれてるわよね」
アリアはため息を吐いて手綱を取った。
実際、魔王城に到着したアリアは歓迎された。
事前にヴェイルから連絡が入っていたのもあったのだが、城にこの歳ぐらいの少女が入る事は珍しく、前魔王グラディスへの謁見の前に、侍女達が召替えなどをいそいそと手伝った。
ナザガラン様式の意匠の衣装に身を包んだ2人が、玉座の間に向かった。
「父上、ただいま戻りました」
跪いたヴェイルが言う。
「トラフェリア国のアリアです。この度は滞在のご許可を有難うございます」
アリアもお辞儀をして静々と言う。
「遠い所ご苦労であった」
ヴェイルが不在の間に魔王の代役を務めていた前魔王グラディスが機嫌良く答える。
改めて見てみると、厳しい中にも優しさが溢れていた。
父が存命ならばあの様な感じなのだろうか……アリアがふと思う。
グラディスの横にはヴェイルが伝達で呼び寄せた母、パトラクトラの姿もあった。
彼に似た端整な顔立ちと、やや褐色がかった肌に映えるドレス。
それはダークエルフの彼女の静かな美貌をなお一層際立たせていた。
玉座の右手には、控えめに設えられた大理石のサイドテーブルがあり、その上には、先程まで興じていたと思しき水晶のチェス盤と、香り高い茶が置かれていた。
その横にゆっくりと肘を付いて指先を艶やかな唇の側に当て、パトラクトラはヴェイルを眺めた。
「……久しいな、ヴェイル。書簡には私の力を借りたいと書いてあったが……どうしたのだ?」
彼女の凛と澄んだ声が響いた。
「母上へのお願いと言うものは、後程お部屋に参りますのでその時に。まず父上、派遣隊はどうなっていますか?」
ヴェイルが言う。グラディスが手元の名簿を見ながら答えた。
「防御特化魔法を持つ者を20名、戦闘特化魔法の者を10名。お前も詳細を確認してくれ。明日の朝には出立させる」
「ありがとうございます。これで一旦はトラフェリアの防衛が強化出来ます。ウーヴルの動きは何かありましたでしょうか」
「分からぬ。お前からの報告で知るまではまさか……他の生き残りがいるとは思っていなかった程だからな……」
グラディスはアリアに遠慮をしたのか言い淀み、難しい顔をする。
パトラクトラが言う。
「奴らは波動攻撃と植物や鉱石を使った攻撃を得意とする事は分かっている。発動を遅らせる遅効性の魔法も得意だ。リュークが引っ掛かった術だな。
古代エルフのまま種族として進化しているから、我らの魔法が詠唱も魔法陣も古代エルフ文字を使用する事を考えると、彼らの魔法の力はかなり強力と言うことになる。実際大戦で苦戦したからな。更に……闇竜と交信することが出来る」
「交信……ですか?」
思わずアリアが聞く。
「そうだ。直接言語を解する訳ではないのだが……『心が伝わる』とでも言うのだろうか……お前が声を聞いたのはそう言うことだ」
アリアが不安そうに下を向く。
パトラクトラがその様子を見てふと笑う。
「大丈夫だ。我らダークエルフの中にも声を聴く者は一定数いる。私もその一人だから闇竜の研究が出来ている」
「そうなのですか…?」
「先の大戦での闇竜の封じ込めが上級エルフ側に任されたのもその理由からだ。私はもうすぐ彼らを救う道が開けると考えている」
アリアの顔に、明るさが戻った。
「今回はアリア本人がウーヴルの里を探してみたいと言っていたから連れて来たのですが……」
ヴェイルがアリアの様子を見て慎重に言った。
「……残念だが……やめた方がいい」
パトラクトラの顔が曇った。
「理由はともあれ、お前は既に彼らの仲間を殺している。奴らは策士だ。行ってしまうと恐らく命を落とすぞ」