第121話 ラタウスとの再会
パトラクトラは、浮遊城の門前に立ち、俯いて目を瞑っていた。
ここは鬼族の地の南端、数万年前から海上に浮かぶ反重力物質を含む巨岩島だ。
最も長い部分は1ギガルドル程ある。
リヒトが凹型の城中央部に魔力変換泉を作っており、そこから湧き出た水が、清らかな水音を立てながら段に作られた水盤を流れて行く水景庭園を通る。
その水は水路へと流れ込み、離れた場所に作られている農地や薔薇園に供給されて行く。
島を巡った水は、やがて外に流れ落ちるのだが、高所の為風に煽られ霧と化す。
それは、周囲に広がり幻想的な景色を作り出すと共に、外部から発見されにくいという利点も生み出す。
美しく整えられた城内や農地で働く傀儡人形達の、静かに動く姿はかえって彼の孤独を強調している。
ここにロイを連れて来て、更に自分が来た。
共に暮らすことになった自分との生活は、彼に少しでも安息を与えたのだろうか……
そのような事を考えながら、彼女は佇んでいた。
「……来たか」
暫くの後、顔を上げ遠くを見た。
視線の先に黒い鳥が見える。
それはみるみる大きくなって行き、近くに来た時には黒竜ラタウスの姿だと確認出来た。
[主ーっ!]
彼が感動して叫びながら目の前に着陸し、行儀良く座り込んだ。
パトラクトラが立っている場所の草が、遅れて届いたゴオゥという翼からの風を受け、波打った。
「ラタウス、久しぶり。無事でよかった。
やはり遠いのか。随分時間が掛かったな」
[遠いぞ。レサイア城跡地から約400ギガルドル(約400km)もある。これでも最速で飛んで来たのだ。
主、我を思い出したのだな、やっと会えた]
ラタウスはやや息を切らせながらも顔を傾け、懐いた様子で頭をクイと揺らした。
彼女は記憶が戻った時、早速自分が契約している竜、ラタウスを呼んだ。
本当は転移魔法陣で呼びたかったのだが、鬼族の地でラキシャ語で唱えると力が半減してしまい、彼が通れる程の大きさのものが作れなかったので、自力で飛んで来させたのだ。
「……ラタウス……彼がそうなのですね。立派で威厳のある大人の竜になっていますね。
レサイア城にいた頃はまだ可愛らしい子供の竜でしたが」
そう言いながら、リヒトとロイが歩いて来た。
[リヒト!お前この320年間、本当に生きていたのだな!
昨日はよくも我を捕らえようとしたな?!]
黒竜は牙を剥いて威嚇するふりをした。
「すまなかった。昨日はまさかあの黒竜がラタウスだとは思わなかったのだ。
それにそちらの戦士がいきなり攻撃して来たからな。
しかしお前は物凄い機動力だった。驚いたよ」
[そうだ!我をいつまでも子供だと思うなよ]
そう言いつつも、再会が嬉しかったのか尻尾がブゥンブゥンと揺れた。
「パトラクトラ様の王機竜だ……」
過去に見かけた事のあるロイが呟いた。
[公子ロイ……数奇な運命だな……
以前見かけた時から翼の色が変わっているぞ?
ヴェイルとリュークと同じになるのか?]
「こ、これは……もうこの身体はおしまいだから……」
[おしまい?おしまい……なのか?]
「ラタウス、その事については後で話してやるから、あまり本人には聞いてやるな」
パトラクトラが切なくなって来た為に間に入る。
彼女の声で何かを思い付いたのか、竜は主人に話し掛けた。
[大事な事を思い出した。主、フィスファーナの魂がナザガラン城にいるのだ]
「何?」
「なんだと?」
リヒトとパトラクトラが驚いて言う。
[彼女の魂は魔王ヴェイルの婚約者、アリア姫の身体に憑依してしまったのだ。
今ではアリアの魂を押し退け、完全にフィスファーナの意識で動いている。
彼女の魂を身体から離すためにも、古代遺跡に行って死者復活の謎を解かなければならないという理由があったのだ。
それが……まさか自分達がリヒトの罠に嵌るとはな。
主もこちらにいるし、我はどちらに味方すればいいのだ?]
「……」
リヒトは驚きのあまり、言葉が出ない。
「姉上が……やはり死んではいなかったのだな」
パトラクトラも呟いた。
「そう……ですね。てっきり魂はもう、暗夜空間ルムンガーダに送られたのかと思っていました」
彼が、この星の生物が死した後、魂が行き着く世界の名を口にする。
[彼女からしたら、レサイア城にいた直後にこの時代に来て憑依したらしいから、中身は当時の19歳のままらしいぞ]
ラタウスが続けて言った。
「当時のまま?……何故そんな事に……」
リヒトの口から動揺したような言葉が絞り出される。
「……現在に時空移動をしてしまったのは故意ではないだろうが、憑依してしまった原因は恐らくアリアだろう。
彼女はウーヴルの生き残りだからな……現在のエルフ由来人の中では多種属性が使える唯一の人間だし、女性の中ではほぼ最強だから、その力に魂が引っ張られたのではないか?」
パトラクトラが考えを纏めながら説明した。
「そうなのですか……」
「恐らく彼女の力を超えるのは、現代人ではヴォルクリアとノワールの血を引くリュークとロイ、それに私の息子のヴェイルぐらいだと思うぞ」
「やはり……彼らが最強ですか。
申し訳ありませんが、正に私の欲していた強い力を持つ方々でした。
それに、何故あちら側に私の事が手に取るように知られてしまっていたのかが、これで分かりましたよ。
同時に……私がした事も全てフィスファーナに分かってしまっていると言う事ですね……」
彼が酷く気落ちして続ける。
「全てを知られているのなら……もう私の事は嫌いになったでしょうね……
あなたの御子息や甥後様にも大変な事をしてしまっているのですから」
「そうとは限らん。それだけお前の愛が深いという事でもあるのだからな」
パトラクトラが返す。
「……変な事を言うが……人を殺めてしまった数ならば私や姉上の方がお前よりも遥かに多い。
レサイア城が襲撃された時、とにかく我らが助からねばと思って戦ったが……
姉上や私が斬ったり異空間や宇宙空間に飛ばしてしまった人間は数千人に及ぶ。
遺族となると、被害者は万を超えるやも知れぬ。
私はその時は必死だったのだが……既に人の域は超えてしまっていたのだ。
それでも……この時代に来て人を愛し、家族を作ってしまった。
以前お前が言った通り『恐怖の【次元の魔女】』だったのにな」
「パトラクトラ様……それは私の失言でした」
リヒトは申し訳なさそうに言う。
「良いのだ。その様にな、私も姉上も、実の所……もう人間ではないのだ。
だから、それぐらいの事でお前を嫌ったりはせぬ」
「……ありがとうございます」
ラタウスがクァと口を開いて言った。
[フィスファーナは『彼は私を深く愛してくれた』と言って涙を流していたぞ。
彼女もまだお前が好きなのだろう。
ヴェイルとリュークを罠に嵌める前の事だが]
「そ、そうなのか……しかし今はどうなのだろうか……」
竜の証言に彼は嬉しく思いながらも呟いた。
「今の話だとわざとではないが姉上も酷いではないか。
折角我が息子が幼き頃から好いていた娘に、やっと勇気を出して告白し婚約まで漕ぎ着けたのに、その身体に憑依し奪ってしまっているのだぞ?
大体、今回の事態を引き起こしている張本人でもある。どちらかと言うと全ての者に申し訳なく思っていそうだ」
彼女がため息交じりに言った。
「しかしもう、向こうにもその事情があるのなら、姉上の復活の儀式はどんな事があっても実行するしかないな」
パトラクトラはそう言うと、改めてラタウスに向き直った。
「ところでラタウス、明日はお前に私達3人を乗せて飛んで行って欲しい場所がある。
更に明後日にはタイカーシアの山中湖まで飛んで欲しい。泊まって行ってくれ。
ここにはお前の大好きな露葡萄や蜜茘枝、ルミナベリーもたくさん実っている。
全部リヒトが作り込んだ農場なんだ、凄いだろう。
今までお前の事を忘れていた詫びだ。好きなだけ食っていいぞ」
[本当か?泊まる泊まる。御馳走があるなら、ずっといてやってもいいぐらいだ。
リヒトの味方にもなってやるぞ]
ラタウスは喜んでそう言うと、大きな身体に似つかわしくない可愛らしい仕草で、早く案内しろとばかりに四肢をグンと伸ばして立ち上がった。
「……現金なやつだ。まあ竜だからな……」
彼女はやれやれと言った体で両方の腰に手を当てた。
この次の日の別サイドとしてのミレーヌのお話を外伝『第10話 お誕生日おめでとう』として1月18日(日) 18時に公開します。
宜しければご覧ください。




