第120話 パトラクトラからの書簡
パトラクトラから届いた書簡には、これまでの経緯が書いてあった。
それを皆で覗き込むようにして読む。
そこには、闇竜の移住補助に行った帰りに次元黒碧竜が突然現れ、ダークエルフの研究者達と紫炎竜を全て飲み込み、フィスファーナを差し出せと言い出した事が書いてあった。
「ラタウスが言っていた通りだな」
読みながらヴェイルが呟く。
続いて、彼女が力を奪われ、気を失い、気付くとロイに助けられてリヒトの城に連れて行かれていた事が記されている。
その際に記憶を失った事も明らかになった上、やはり彼が320年間もフィスファーナの身体を保存していた事も判明した。
文章はさらに続く。
『今朝、リヒトがお前達を戦わせている所を結晶投影画面で見てしまった。
それによって、やっと記憶が戻ったのだ』
「え?オレ達が戦っている所を……?」
リュークが意外そうに言った。
『腹が立って結晶を剣で叩き割ってしまったら、画面の中でお前達が突然意識を失って倒れた。
無事だっただろうか……お互いに殺し合うなどという恐ろしく不毛な戦いが止まったのは良かったのだが。
まあ、この書簡が届いて読めているのなら大丈夫なのだろう。問題ない』
「母上……」
「パトラクトラ様……」
ヴェイルとリュークが読みながらつい呆れて言ってしまう。
2人の戦いを止めてくれたのは、遠く離れた所にいた彼女だったとは思いもよらなかったのだが……
「……母上は、やり方が乱暴すぎる。
普通なら、操られている所をいきなり切ったら精神崩壊の危険もあるのではと考えないのだろうか。
何故後先考えずに割ったんだ……」
「パトラクトラ様は最強で最恐の女帝だからなあ。余程ご立腹だったんじゃないか?」
2人で、見た目からは想像が付きにくい彼女の凶暴ぶりを嘆く。
書簡の後半にはこう書かれていた。
『私と時を同じくして、ロイも記憶を取り戻してしまった。
その為に彼の翼が白く変化していっている。
どうやら死者蘇生をした身体に翼を植え付けた場合は、魂が曖昧な記憶の間は翼は黒いままらしい。
今までは……勝手だが、リヒトがロイを大切にしていてな。
この子を失いたくないばかりに、度々記憶を取り戻す事を妨害していたそうだ。
しかし全てを思い出してしまった今、彼の死者蘇生術はもう効力を失ってしまった。
……明後日には身体が朽ちてしまう。
ロイはお前達に会いたがっている。会ってやってはくれないか。
私はすぐにでも帰りたいが、少し思う所があって留まる事にする。
リヒトがロイを生まれ変わらせてやりたいと言い出したのだ。
贖罪のつもりもあるのだろう。
もしも、本当に生まれ変わるのならば、恐らく元の姿にはなるまい。
しかし本人はまた、ノワール家の一員になりたいと言っている。
どのような姿になったとしても、受け入れてやって欲しい。
それにフィスファーナの事もある。
お前達に生えた翼は必ず生きて落とすことが出来ると信じているのだが、フィスファーナが復活したらまた次元黒碧竜が現れる可能性があるのだ。
奴は力に飢えているようだ。
それに……姉上には酷く執着している。
奴は私では始末出来なかった。
いや、元より人間が叶う相手ではないのかもしれないが……
かの竜が現れてしまったなら、また幾多の者が飲まれてしまうかもしれない。
何とか対策を練ることが出来ないか、リヒトと話し合っている最中なのだ。
とにかく、明後日の昼過ぎにタイカーシアの山中湖まで来て貰えないだろうか。
浮遊城からの距離とロイの身体の持ち具合から、あの場所が限界なのだ。
辛い別れを2度も味合わせてしまうことになるが……彼を見送りたい者全員に伝えて欲しい。
あそこならば、転移魔法も使えるだろう。
心して待っている。
パトラクトラ=ヴォルクリア」
……読み終えた4人は一律に詰めていた息を吐いた。
「ロイに……会っていいんだろうか……オレを庇ったせいで死んだのに。オレが弱かったから死んでしまったのに……」
リュークが呟く。
「違う、リュークのせいじゃない。俺達を攫った奴らが悪いに決まっているだろう。自分を責めるな」
ヴェイルがすぐさま反論する。
「そうよ。あの子はあなたの事を誇りに思っていたのよ。
生前、大好きだって言っていたわ……だからその時も勝手に身体が動いただけよ」
アウドラも言う。
そして、重い口を開く様に続けた。
「……あの事件がある少し前、あの子、ワタシに言いに来たことがあったの。
『僕に自然浮遊力が出て来た』って……『姉上と同じになった』って……」
「「え?」」
ヴェイルとリュークが驚く。
「魔族なのに竜族みたいな浮遊力が身に付いたこと、どう切り出したらいいか分からないって相談に来たのよ。
ワタシが魔族にも浮遊力が出現する人はいる、気にする事はない、むしろ誇りに思えばいいと返したら笑って『ありがとう、その内兄様に言うよ』って言っていたわ。
……あの時、全身を縛られていたのに、無我夢中でその力でリュークの前に出たのだと思う。
2人が思い出して辛くなるといけないから、言い出せなかった。
でもそれだけリュークの事が大切だったのよ」
「……」
「そうだな。俺から見ていても兄弟仲はとても良かったしな」
ヴェイルが微笑む。
「じゃあ……」
リュークが目を潤ませて言う。
「じゃあ……もしも生まれ変わってくれるのなら、またオレの弟になってくれるのかな……
オレの弟でいいのかな……」
「勿論だ。皆で迎えてやりたい」
「あの子が帰って来てくれるのなら、こんなに嬉しい事はないわ」
アウドラも一緒に話しながら、胸がいっぱいになる。
3人の様子を見ていたフィスファーナが、控えめに聞いた。
「あの、パトラクトラは勿論私がアリアの身体に憑依している事を知らないのよね?」
「そうだな。でも、これを読むとやはりフィスファーナがアリアの身体に入った日に、次元黒碧竜が君の魂を感知して出現していた事になる。
あの竜は何故、君に固執するのだろうか」
ヴェイルが答える。
「……分からないわ」
「それには『時空の魔女』の力がある事が関係しているんじゃないだろうか」
リュークが言った。
「あの竜にとって、フィスファーナこそが厄災に当たるのでは……?
その事に320年前のレサイア城襲撃の際に気が付いて、保身の為に先にあなたを飲もうとしているとしたら……納得が行くんじゃないか?」
「私が……厄災なの……?」
彼女が呟く。
「あ、悪い意味ではなくて、その……逆に言うとオレ達にとっては、あなたは切り札になるのかも知れない」
リュークが慌てて付け加える。
「次元黒碧竜か。ただの母の術だと思っていたが違うようだ。厄介な相手だな」
ヴェイルがそう言って、読み終えた母からの書簡をクルクルと巻き、立ち上がった。




