第119話 リューク、目覚める
リュークは、昼前の暖かな陽射しの元で目を覚ました。
目の前は抜けるように良い天気の空だった。
どうやら外にいるようで、さわさわと風が草木を撫でて行く音がする。
自分が寝かされているのは草原か……首元から野草の独特の匂いがした。
寒くないようにする為か、仰向けになっている自分の上に、白い翼が前に回りこまされて布団のように身体を覆っている。
彼は翼を戻し、そろそろと上半身を起こした。
まだぼんやりするのか、片手で目の辺りを覆うようにして軽く頭を振る。
「起きたか」
不意に隣から声がした。
ハッとして右を向くと、ヴェイルが座っていた。
手に雑草の小さな花を摘み、指先でクルクルと弄んでいる。
「ヴェイル?!……お前、本当にヴェイルか?」
リュークが開口一番に尋ねる。
「……そうだけど?」
彼が不思議そうな顔をしてこちらを向いた。
「お前……天使みたいだけど、生きてるのか?」
背中の白い翼も手伝ってこの世の人間に見えないのか、まだ寝ぼけているのか……
リュークは思わず近くに寄ってヴェイルの顎を持ち、上に上げて首の辺りを見て確かめた。
自分が絞め上げてしまった痕は、綺麗に治っている。
「え?ちょっと、なんだよ……
俺はちゃんと生きてるし、間違いなくヴェイルだよ?」
彼が突然の仕草に困惑する。
その言葉に止まったリュークが、手を下ろして俯き、ハアァと息を吐いた。
「良かった……オレが首絞めて殺してしまって、中身がリヒトみたいな鬼になったのかと思った……」
言いながら涙が出たのか、少し目元を拭う……
「ごめんな……」
「ううん、いいよ。リヒトがやったんだから。
それに俺もまあまあ、お前の事真剣に殺そうとしていたらしいし……」
「マジか……オレも途中から自我なくなったからな。どんな事になったのか覚えていないんだ。
……リヒトめ。アイツ絶対許さん」
「お互いに酷く戦ったそうだ。父上にも似たような事言われたんだけど、俺、そんなに人が変わったみたいだったのか?
急に血流止まって気絶したみたいで、そこにストンって命令が入ったのかも」
「それはもう言葉で言い表せないぐらいの迫力で、怖いのなんのって……
この世に鬼神がいるならまさにお前がそうだと思ったぐらいだった……」
リュークが思い出して身震いする。
ヴェイルが膝の上に肘を付いて続けた。
「まあ、魔王城は半壊してしまっていたけれどな」
「え」
「数日間は住めないって。明日ミレーヌが来てくれる事になってたのに、延期だそうだ」
「ええー?!」
リュークはがっかりして三角座りになり、膝に回した腕の上に顎を乗せた。
「……分かり易い奴だな」
「そりゃあ……会えるのを楽しみにしてたし……」
ヴェイルが同情して彼の肩にポンと手を乗せた。
そこへ、
「おーい、脱獄犯どもー」
と声がして、アウドラとフィスファーナがやって来た。
手にはピクニックセットを持っている。
「……脱獄犯?」
リュークが不思議そうに返す。
ヴェイルが顔を背けて知らないふりをした。
「探したよ。お腹空いたでしょ。
サンドウィッチ作ってもらったから、一緒に食べましょ」
アウドラがそう言いながらシートを広げた。
「姉上、フィスファーナ。ありがとう」
リュークが礼を言う。
「リュークはもう大丈夫なの?」
彼女が聞く。
「ああ。……オレ達で城を大変な事にしたらしいんだが……」
「リヒトが……本当にごめんなさい」
フィスファーナが謝る。
「いいよ。皆んなのお陰で怪我人も出なかったんだろ?
魔王城だって修復機能が付いているし、建築士の魔法も強いからすぐ再建出来る。
リヒトの件でいつもフィスファーナが謝る事はないよ」
ヴェイルが言った。
「確かにそうだな」
「別邸と魔王城の歴代旧館も残っているのよ。今日は皆んなでそっちに泊まるから大丈夫よ」
リュークとアウドラも言う。
「皆んな、ありがとう……」
「さ、食べましょうか」
「うん、暴れたから腹が減った」
「……リューク、お前さっき落ち込んでなかったか?」
4人で青空の下、小さなピクニックが始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「姉上、俺達ってもう普通に父上達の元に戻っても大丈夫かな……また牢屋行き?」
食後にハーブティーを飲みながらヴェイルが聞いた。
「なんだ、気にしてたのね。
大丈夫よ。皆んな分かってるから」
アウドラが答える。
「牢屋?さっきも脱獄犯とか言ってたよな」
リュークが聞いた。
「あんた達、暴れまくって気絶したから、また暴れるといけないし鎖で牢に括り付けられてたのよ」
「え?」
「魔王陛下が鎖も鉄格子も霧散で消してリュークを抱えて脱獄しましたー。
牢番拘束官が怒ってね……次は絶対負けないって」
「何に」
「ヴェイルの魔法に、じゃないの?
ナザガランが誇る最上級空間拘束魔法を掛けた鉄格子だったから。
全く。女性を敵に回す男ねえ……罪状3つぐらい増えてたわよ」
「ええ……?」
ヴェイルがうんざりしたような顔をした。
「脱獄犯……オレとヴェイルが……ヤバイ、国から正式に前科が付いた……」
リュークが面白かったのか、クックと笑った。
その時、穏やかに過ごす4人の上に、白い炎が現れた。
それは次第に白い梟の姿に変わり、足で掴んでいた書簡をポトリとヴェイルに落とすと、また炎に戻って消え去った。
彼が不思議そうな顔をして広げてみる。
「……母上!?」
「えっ?!」
皆が驚いた。
書簡は記憶を取り戻したパトラクトラからの、彼への手紙だった。




