第118話 牢の中のヴェイル
半刻程の後、ヴェイルは目を覚ました。
「……」
次第にはっきりして来る視界の中の足元に、冷たい石敷きの床が映る。
「?!」
彼はハッとして顔を上げた。
目の前には鉄格子がある。
同時に動こうとした手元から、ジャラリと音がしたので右手を見てみた。
驚いた事に、自分は魔王城の地下牢の中で、壁に立たされ両手をそれぞれの方向に引き上げられて鎖で吊るされている。
翼も骨格の通りに丁寧に畳まれて、身体ごと頑丈な鎖でこれでもかとばかりに幾重にも巻かれ、縛り上げられていた。
彼の左側には同じ姿で吊るされているリュークがいた。
こちらはまだ意識が戻らないのか、そのままぐったりと俯いている。
「……これは……一体」
「気が付いたか」
訝しげに呟くヴェイルの耳に、父の声がした。
改めて前を見ると、そこはやや広い牢屋の中だった。
扉の近くに牢番拘束官の女性がいる。
自分達の前にはグラディスとストリク、ミシュレラ、アウドラが立ち、心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
ヴェイルとリュークの前には、壁以外の3辺に逃走防止用の拘束魔法が掛かった鉄格子が檻のように張り巡らされている。
「父上……」
「……変な事を聞くが、お前はヴェイルか?」
「?……そうですが」
「中身が凶悪な何かの別人、と言うことはないのか?」
「どう言う意味ですか?」
「お前、何も覚えていないのか」
「リュークに酷く首を絞められた辺りから記憶がないですね」
少し拗ねた様に言う彼に、大人達は安堵のこもった息を吐いた。
「陛下、ヴェイル様は正気に戻られた様ですね」
「うむ……それは良かったのだが……」
ストリクとグラディスが話す。
「あの、俺……何かしましたか?それに、さっきから外で大きな……工事?の様な音がしていますが……」
2人の様子を見て何かを察した彼が聞く。
「お前とリュークは、どうやらリヒトに命令されたようで、お互いを殺そうとして激しく戦ったのだ。
魔王城は半壊した。皆は別邸に逃げているから無事だが……
まあ、居住区は無事だったが、上下水道も魔力電気供給網も全てダメになった」
「え……?俺達が戦ったんですか?」
信じられない言葉に思わず返す。
「そうだ。なんかもう、物凄かった……お互い大型魔法を撃たなかっただけマシだったのだが……
魔王城はアリアが壊した竜王城の3倍の強度の強化魔石建材を使った、自動修復機能付きの特別仕様の城だったのだぞ?
なのに当然修復機能なんて追い付かない程破壊された。
今は瓦礫の撤去中だ。土特性持ちを集めて土騎兵を数体出現させて作業に当たっている。
その後、炎竜にも建材を運ばせたりしてだな……とにかく、2、3日は魔王城には住めない。
明日ミレーヌ姫が来城してくれる予定だったのに、断るしかなくなった」
「それは……申し訳ありませんでした……」
「お前もリュークの翼を壁に磔にして、心臓を槍で突いて殺そうとしていたのだぞ……
本当に、どちらかが死ななくて良かった」
「俺が?リュークを?」
彼が目を丸くして聞き返す。
「そうだ。流石にストリクと2人で突入して止めた。
リュークの動きが一瞬止まったからな、追い付けた。
しかし……お前ならその気になったら『蒸発』や『霧爆』で相手を砂や霧にしてしまえるんだ、それを発動しなかったという事は、心の奥底では何処かで制止が効いていたのだと思いたい。
……よく耐えてくれたとも言える」
「……リュークを護ってくださり、ありがとうございました。でも結局、誰が俺達を止めてくれたのですか?」
「分からん。戦っている最中に突然2人とも倒れたのだ。
後から調べてみたら、お前達の近くに0.5ct程の藍玉が落ちて割れていた。内部に恐ろしく細かな魔力集積回路が詰められていたのだが……
推測だが、お前達をその石を通じて操作している間に、リヒト側に何かがあったのかも知れない」
「……そうですか。そう言えば医師に魔力回路の核を見てもらった時に、そんな石が付けられていると言っていましたが……それだったのですね」
ヴェイルは俯いてそう言うと、ふうと息を吐いた。
そして、縛られている手の指をクッと曲げて鎖に触れる。
途端に身体中の全ての鎖が霧になって消えてしまう。
霧散の力だ。
「あっ!こら、お前何をするっ」
グラディスが焦る。
彼は構わず隣に歩き、リュークの鎖も霧にして散らしてしまった。
力無くドサリと落ちて来る彼を受け止め、そのまま肩に担ぐ。
「お前、リュークはまだ正気に戻っているかどうか分からないんだぞ?
後、その鎖も備品なんだが……」
「何かあったって俺が止めますよ。
リュークが目を覚ました時に、こんな所に入れられていた事に気付いたら悲しむでしょう?」
「それはそうだが……あっ!」
グラディス達の目の前で、今度は鉄格子に手を触れ、サファと消してしまう。
「陛下?!」
それまで黙って見ていた牢番拘束官の女性が驚いた声を上げた。
「お前、うちの牢の設備を……落ち着いたら鍵を開けてやろうと思っていたのに」
「ヴェイル様」
「ヴェイル……」
皆が困惑して口々に呟く。
彼らの横を歩いて通り過ぎながら、チラリと返り見たヴェイルの黄金の瞳が一瞬冷たく光った。
しかし顔を戻すとリュークを担いだまま、転移魔法で消えてしまう。
「おい!!」
「あー……」
ストリクが嘆きの声を上げた。
「ヴェイル……」
リュークを連れ去られたミシュレラが呟く。
「……叔父上様、ヴェイル、怒ってませんでした……?」
アウドラがグラディスに向かっておずおずと聞いて来た。
「うむ。結構怖かった……」
彼が返す。
その横で牢番拘束官の女性が毅然とした態度で告げた。
「グラディス陛下、魔王陛下とリューク殿下の『無許可戦闘罪』及び『建造物損壊罪』に加えて今ので『監獄破壊』と『脱獄及び禁固妨害』の罪が加算されましたが……どうなさいますか?」
「え?」
「特に私の『最上級空間拘束』魔法を掛けた鉄格子の霧散による消滅は許し難いです。ナザガラン国の沽券に関わります。次こそ必ず魔王陛下に勝ってみせます!」
彼女の拳がキュッと握られる。
「次はないと思いたいのだが……操られての事だ、赦してやってくれないか……」
グラディスが気落ちした様子で答えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヴェイルは魔王城の上空に転移した。
「……っと」
大きな翼の生えたリュークを担ぎながらなので、バランスが難しいがなんとか自分の翼を広げて体勢を整える。
「……これは酷いな」
下を見て、予想を上回る破壊されように驚く。
魔王城1階と吹き抜けがあった部分、その上部と続きの棟の2階以上も崩壊して、跡形も無くなっていた。
「俺達が壊したのかこれ……
大型魔法なしでこんなにも破壊してしまうものなのか……」
親達の困惑の理由が理解出来てしまった。
「きっと暴れ出した時に外に誘導する事も、他にどうする事も出来なかったんだろうなぁ……」
瓦礫の山を、操作された土騎兵達が黙々と片付けている。
彼は申し訳ない気持ちのまま、再びフイと姿を消した。




