第117話 近付く別れ
「ヴェイル!!」
「リューク!!」
猛然と戦っていた最中に突然倒れた2人に、親達が駆け寄った。
ヴェイルの身体に纏われていた災禍の鎧がスウゥと消え、元から来ていた服装が現れた。
所々衝撃で破れ、腕や脚に火傷を負い、血が滲んでいる。
首を絞められた所も内出血を起こし、痣になって残っていた。
リュークの鎧もストリクが解いてやる。
彼の服も何箇所か破れ、身体に残る傷の一部には凍傷を示す紫の斑点が現れていた。
グラディスがヴェイルを抱き上げ、声を掛けながら頬をペシペシ叩いた。
しかし意識は戻らない。
既に限界を超えて戦わされていたのか、苦しげに目を瞑り、胸を大きく上下させて呼吸をしていた。
身体からは徐々に回復の靄が上がりだした。火傷や傷は程なく治るだろう。
「命に別状はなさそうだが……強制的に意識が閉じられたのか?
傷は治りだしているが、目を覚まさないな……」
「そうですね。それにしてもどうして急に倒れ込んだのでしょうか」
同じ様にリュークを抱き上げたストリクが聞く。
彼も激しく消耗した様子で気絶している。
「分からん。しかし目を覚ましてまた暴れだすと危険だ。牢番拘束官を呼べ。可哀想だが……2人を拘禁する。
リュークに関しては念の為昏睡魔法を掛けて起きないようにしてから、回復魔法を掛けてやってくれ。凍傷もあるようだしな。
その後、拘禁する……」
グラディスが側近に命じた。
彼らの後ろで、崩壊が進んでいた魔王城の瓦礫の大きな塊が、音を立てて更に崩れ、粉塵が巻き上がった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
浮遊城では、椅子に座らされたリヒトの前に、パトラクトラとロイがソファーに腰掛け、対面していた。
「私を縛らないのですか?罪人ですが……」
「別にもうお前は逃げも隠れもしないだろう。それに、ロイもいるし、そんな姿を見せる訳にはいかない」
彼が遺跡から持ち出していたもう1つの魔石を手の中で弄びながら、彼女は答えた。
「お優しいのですね」
「お前はロイの保護者だからな」
「……」
「お前は、翼を植え付けたあの2人が私の息子と甥だと知っていたのか?」
「……実は昨日、空賊だと言った者達が……彼らだったのです。
私に奇襲を掛けて来まして。
その時あなたが母上という言葉を聞いたと仰ったので、魔王の血筋を調べてみました所、ヴェイル=ヴォルクリアがあなたの御子息であり、リューク=ノワールとロイが甥御様である事を知りました」
「つまり、植え付けた時点では知らなかった、と」
「はい」
「知ってしまったから、私が記憶を取り戻さない間に殺して、翼と核を回収しようとしたのだな?」
「仰る通りです」
パトラクトラは、ハアと大きな息を吐いてソファーに改めてもたれた。
手の中の魔石を顔の前に持って来て繁々と眺める。
彼女は何と言っていいか分からなかったのだ。
狂気に飲まれてはいるが、彼のどうしようもない孤独も分かってしまう。
余程姉を取り戻したかったのだろう。
自分もいきなり300年後に飛ばされた時には、たった1人だった。
たまたまラタウスがいてくれたから、正気を保っていられたのかも知れなかった。
「思えば寿命を考えたら、まだ生きている可能性が高かったのだから、私が過去から飛ばされた時点でお前を探しに行けば良かったのかも知れないな……鬼族の地にいるとは思ってもみなかったが」
「パトラクトラ様……」
考えていたよりも穏やかな言葉に驚く。
「あの2人の翼を解除してやる事は出来ないのか」
「あれは……神の力で生えた翼ですので……私にはどうする事も出来ません。
本体の死をもってのみしか外れないのです……」
「後どれぐらい猶予がある?」
「今日の時点で17日、425フォラ程ですので、後22日か23日程度かと」
「そうか……それだけあれば、もしかしたら死を回避する方法が見つかるかも知れない。
いや、あの子達のことだ。もう既に何か策を練っているのかもな」
「『死を回避』、ですか……?」
「お前は知らないだろうが、彼らも意外と死戦を潜り抜けて来た者達なのだよ」
彼女がそう言ってサイドテーブルに魔石を置き、隣に座るロイを見た。
黙って2人の話を聞いていた彼の翼は、根本から数ルドル程が白く変わって来ている。
パトラクトラの視線に導かれてロイを見たリヒトが言った。
「公子様も記憶が戻られたのですね……本当に……申し訳ありませんでした。
あなたの事も、お兄様と従兄様の事も……」
「うん……だけど、リヒトが本当にフィスファーナを復活させたかったのは知っていたから……」
急に他人の様に話し掛けられた彼が俯く。
「お赦しくださるのですか?」
「まだ兄様達を死なせてしまった訳でもないし、もう、こうなったら仕方がないよ。
……でも、自分の翼で飛べるのはとても素晴らしくて楽しかった。
兄様達もその点では素敵な体験をしていると思う。
伯母上様もおっしゃる様に、兄様達ならなんとか死なない様な対策が練られていると思いたい。
僕はもうすぐいなくなるから見届けられないんだけど……」
「ロイは……この子の身体が朽ちるまでは、後どれぐらいだ?」
パトラクトラが聞く。
「恐らくは……2、3日程……かと……」
言いながら、段々とリヒトの瞳が潤んで来た。
堪らず下を向く。
膝に置いた手の上に、パタタと涙が落ちた事に自分でも驚いた。
泣く事など、長い間なかったのだ。
人の子の遺体を攫い、他人の命も奪おうとしているのに、別れを惜しんで泣くなど……なんて自分勝手なのだろう……
しかし理屈とは裏腹に、どうしようもない悲しみが心を覆って行く。
「リヒト……」
いつの間にかロイが側に来て跪き、彼の手を握っていた。
「僕は確かに蘇生させられた身ではあったけれど……リヒトはずっと僕の側にいてくれたよね?
いろんな場所に連れて行ってくれて……
薔薇や可愛い花が咲き乱れる野原は大好きだったよ。
綺麗な湖では、魚が泳ぐのを見たり、幻鹿が水を飲みに来るのを眺めたりしたよね。
城の上空を通る竜や渡り鳥の事も教えてくれた。
自分が誰か分からなくて、どうしても不安で眠れなかった時には、夜通しベッドの側にいてくれたし」
「ロイ……」
ロイはそっと立ち上がった。
そして意外そうな顔で見つめるリヒトの首元に抱き付く。
「今までありがとう。リヒトは、僕のもう1人の父様になってくれたんだね」
その言葉に、彼も立ち上がり、ロイを抱き締めた。
「すまなかった。本当は、本物の家族の元で安らかな眠りに着かせておくべきだったのに。
私の都合で……私の我欲でこんな事に……」
「ううん……」
「公子……ロイ……私の方こそ、お前に縋っていたのだよ……
誰よりももう、お前は私の光になってくれていた。ありがとう」
「リヒト……」
リヒトの瞳からハラハラと涙が溢れた。
大きな手で優しく髪を撫でられているロイが微笑んでいる。
「ロイ……この様な事を言うのは私の傲慢かもしれないが……
もう一度、家族の元に戻りたくはないか?」
「……え?」
「何?」
見ていたパトラクトラも思わず問う。
「私は償いをしたいのだ。また本当の父母と兄と……生きたいとは思わないか?」
彼の意外な言葉に、胸の中で驚いた顔をしたロイの表情がやがて切なげに歪み、瞳から涙が溢れて来た。
「うん……生きたい。
父様と母様と、兄様と一緒に……!」




