第111話 急襲
そろそろ昼餉の時間が近い。
ダイニングに準備が整ったと傀儡が言いに来た。
リヒトは2人を呼び寄せようと思い、もう一度窓から見下ろした。
この階は高所で眼下の様子がよく分かる。
パトラクトラとロイは収穫を終え、凹型の城の正面を左に横切った先にある薔薇園に向かおうとしていた。
薔薇の手入れをするつもりなのだろうか。
彼は適当な場所にいる傀儡に、2人に声を掛けさせる指示を出そうとした。
その時、ふと上空を横切る竜が気になった。
屋根の上に常駐させてある自動制御の傀儡人形数体も、空を見上げていた。
——今日はやけに紫炎竜が多いな……
よく見ると、2頭の紫の竜の後ろに真っ黒な個体が飛んでいた。
——あれは……黒竜?珍しいな、こんな所まで飛んでくるとは。
そう思った時だった。
先を行く紫の竜から巨大な鳥のような何かが飛び立った。
それは矢のように真っ直ぐこちらに向かって来る。
何事かと思っている彼に、その何かは叫んだ。
「リヒトォー!!ロイを返せー!」
それは、こちらに槍のように長刀を向けながら向かって来る白い翼を生やした人間だった。
「!?」
リヒトは思わず身体を引いて顔の前に右手の指を2本立てる。
すぐさま傀儡人形の1体が窓の外の、彼の前に立ち塞がった。
「うおおおおおぉっ!!」
その人間、リュークが物凄い勢いで長刀ごと突っ込んで来る。
刃先が傀儡人形に深く刺さり、くの字に折れてリヒトの目の前の窓ガラスにガシャン!とぶつかり、ヒビを入らせた。
人形はそのまま力無く地面へと真っ逆さまに落ちる。
視界が開けて見えた先に、東西の屋根の上にいた傀儡人形から出された長い帯に、両方の翼を取り巻かれて左右に強く引かれるリュークの様子が見て取れた。
「ぐ……ああっ!」
引き裂かれそうな痛みに叫ぶ。
「!翼を傷つけてはいけない!あれは素材だ!」
リヒトが人形の所業に焦る。
同時に、左右の帯が飛んできた矢に射抜かれて切れ、リュークは落ちて行った。
リヒトがハッとして空を見上げる。
2頭の紫の竜にそれぞれ跨った竜騎士が弓を番えていた。
「竜騎士?!ドナウザーンの者か?」
驚く彼の目の前に、更に違う角度から鋭い長槍が2本立て続けに降ってきた。
それはズガン!ドガン!と重い音を立てて、見る間に屋根の上にいた傀儡人形2体を撃破し落下させた。
「あれは……グラディス?」
長槍を得意とするナザガランの前魔王の名前が口をつく。
しかし不敵に笑い、すぐさま目の前にサッと両手を上げ、手首を合わせた。
「ふ。面白い。お前達など竜ごと捕らえてみせる……」
帯に捉えられ、不器用に羽ばたきながら落ちて行くリュークは、地面に落ちる寸前にもう1人の翼の人間が追い掛けて捉えていた。
上昇する2人を、長槍を持ったグラディスが乗った黒竜が受け止めた。
「愚か者!魔法が使えないのを忘れたか!!様子を見に行くだけだと言っただろう!」
リュークの掴めそうな部分を持って手繰り寄せたグラディスが叱責する。
「申し訳ありません。アイツが窓際にぼーっと突っ立っていたから、つい行けるかなって思ってしまいまして……」
「リュークにしては珍しく頭に血が昇っていたな……殺したらアリアが取り戻せなくなるから俺、怒るぞ?」
急襲に失敗し、傀儡人形にやられかけたリュークを拾ったヴェイルが釘を刺す。
「ごめん、なんかぶちのめしたくなって……」
「それは分かるけど……」
そう言いながらも彼の翼に巻き付いたままの不気味な帯を急いで取ってやる。
彼らは2頭の紫炎竜にアウドラと、ラザルとリューク、黒竜にグラディスとヴェイルという隊列で鬼族の地にまでパトラクトラの捜索に来ていた。
たまたま同じ高度を飛んでいた野生の紫炎竜の群れに紛れ、気付かれずに見つけた城へと近づくことが出来たのだ。
「引くぞ!2人共!」
「「はい!」」
グラディスが短距離通信貴石に呼び掛け、アウドラとラザルが返事をした。
[来るぞ。掴まれ]
旋回して上空に戻ろうとしている黒竜ラタウスが言う。
見る間に捕らえんとばかりにラキシャ文字が書かれた帯が次々と大量に舞いながら向かって来た。
ラタウスが翼を横向きに固定して錐揉みしながら一旦急降下し、帯を裁断し掻き散らして振り切り、また上昇して超速で次の帯を躱して行く。
「うわああっ!」
翼にまだ取りきれない帯が巻き付いたままのリュークが振り落とされそうになって叫んだ。
彼の腕を、翼をギュッと畳み、鐙に足を嵌めベルトを締めたヴェイルが必死で掴む。
なんとか攻撃を免れた彼らは、無事上昇気流に乗った。
追い切れなかった帯がハラハラと解れて消えていく。
「……逃したか……あの黒竜は優秀だな」
目を瞑って追跡していたリヒトが、帯を操作していた手を下ろす。
「ふう……私には初心者用安全ベルトが付いていて良かった……」
慣れない竜に乗るグラディスが呟き、胴横に取り付けた専用の鞘に長槍を納めた。
ラタウスが城を遠巻きに旋回して行く。
3人は一息吐き、口惜しそうに城を眺めている。
遠ざかる時、城の横の敷地に薔薇園が見え、そこに帽子を被った女性と漆黒の翼を持った少年がいる事に気が付いた。
髪の色と特徴から、遠目にもパトラクトラとロイだと分かった。
「!!母上!」
「ロイ!!」
「パトラクトラ!」
3人が叫ぶ。
しかし既に遠くて声は届かない。
切ない思いが、彼らの胸の奥に沈む。
高速で飛ぶ竜の上から、バサバサと自身の翼の風切り羽根が煽られる中、ヴェイルが最後に叫んだ。
「母上ー!!」
パトラクトラが、ふと立ち止まり、顔を上げて空を見た。
「……母上?」
不安げに胸に手を当てる。
けれどもそこにはもう、遠くに2頭の紫の竜と、1頭の黒い竜が飛び去る姿が見えていただけだった。




