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麗しのハーフダークエルフの最恐魔王が勇者アリアにだけは甘い  作者: 久遠悠羽
第5章 蘇る記憶 交錯する想い

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第110話 リヒトとロイ

 ——ナザガランの魔王と副王に翼を植え付けてから16日が経った。

 400フォラの時間が過ぎ、翼もそろそろ白くなって来ているだろう。


 明るい陽射しが差し込む窓に手を付いて、外を見ながらリヒトは考えていた。

 


 浮遊城では、彼が傀儡人形達に作らせている農園での実野菜の収穫が出来る時期だった。

 特にやる必要もないのだが、パトラクトラとロイも収穫を手伝っている。


 やや強めの陽が差す昼前の時刻に、陽射し避けの帽子を被った彼女とロイが農園にいる姿が見えた。


「あ、おばさま見て。紫炎竜ヴァンガニーロウが飛んで行くよ」


 空を見上げてロイが言った。

 見ると数頭の野生の紫炎竜ヴァンガニーロウが、浮遊城の上を飛んで行く様子が伺えた。


 タイカーシアから餌を求めて鬼族の地まで行くのだろうか……

 リヒトもその様子を部屋から見ていた。


 同時に、自分が雇われていたレサイア城が襲撃に遭った時の事を思い出していた。




 ——想定外の出来事だった。


 先に計略は進んでいたのだろうが、反乱軍と民衆側にも強力な魔法使いがいた。隠蔽はお手の物だったようだ。


 急襲に城側はあっさりと屈してしまった。

 計画では短時間で制圧できる筈だったのだろう。王と王妃の首など簡単に落としてしまえたのだから。


 思いがけず王女であるパトラクトラとフィスファーナの2人と私が抵抗した為に、多くの人員を失うことになるなどとは思いも寄らなかった筈だ。


 あの時、ただ2人を護ることだけを考えていた。

 多くの傀儡兵を使って敵の数を削ったが、多勢に無勢とはまさにあの情景だった。


 残りたった3人の私達に、数千の兵が容赦なく押し寄せて来ていたのだ。


 ——火を点けられ、燃え盛るレサイア城。

 幾重にも積み重なる肉と骨の塊、焦げた血と脂の臭い……

 折れた剣が地面に半ば突き刺さり、煙と灰が視界を曇らせていた。


 まさか自分が『地獄の景色』の中に身を置く事になるとは思いもしなかった。


 魔法は追いつかず、得意でもない剣術は弾かれ、ただ押し流されていく。


 何度も首を落とされた。その度、王女達の絶叫が響いたのを覚えている。


 蘇る私を、彼女達はどんな思いで見ていたのだろうか…… 

 2人も限界以上に術を使い続け、最後にパトラクトラを『消し』、フィスファーナは倒れた。



 すぐに彼女を抱き抱え、元住んでいたこの城に転移した。

 思えば最初から彼女達を連れてそうすれば良かった。



 そうしていたら……


 こんなにも苦しまなかったのに……


 アガン王朝の威厳、王女としての立派な立ち回りなど、今にして思えば滑稽な事だ。

 一夜にして崩れ去ってしまったのだから。


 その後、レサイア城がどうなったのか、タイカーシアの国政が変わったのかなど、どうでも良かった。




 フィスファーナは最初は、強力な術を使った為に気を失ったのだろうと思っていた。


 けれども何日経っても意識が戻らない。


 とうとう5日目に、鬼族の中でも最長老の者を探し、訪ねて行った。

 彼は私が抱えている彼女の額に手を当て、暫く探ってから静かに言った。


「この者は息を吹き返さぬ。魂が抜けてしまっている……」

「え……?魂が?」

「恐らく強力な術を使った反動で抜けたのだ。何の術を使ったのだ」

「『時空移動の術』を……」


「何?そやつ『時空の魔女』か?……ううむ……」

「どうされました?」

「残念だがその者の魂はもうこの時代にはおるまい」

「何ですって?」


「『時空の魔女』とは言え、全ての物は過ぎてしまった時間には戻れぬ。恐らく今よりも先の時代にその術で誰かを飛ばしたのだろうが、自分の魂もそちらに引っ張られたのだろう」


「そんな……どうしたら元に戻せるのですか?」

「分からん。しかし、古代の伝承に何か残っているかも知れん。文献を探すことだな」



 それから書物を集める日々が続いた……何年も、何百年も……


 個別の生き方をしている鬼族にその様な記録を付ける者はほぼおらず、タイカーシアやルガリエルなどの文献を漁るしかなかった。


 けれども目星い物は何も見つからない。


 フィスファーナの身体は不思議な事に、朽ちる事も老ける事もなかった。

 ただ時を止めて存在している身体を抱きしめて泣く事は、いつの間にか止めてしまった。


 涙は枯れたのではなく、意味を失ったのだ。


 私は彼女の身体を美しいガラスの棺に入れた。

 中には安らぎの夢を見せると言われる魔法を帯びた、夢舞鳥の羽毛を詰めた寝具を敷いた。

 更に常に薔薇の花で満たし、花から溢れる清らかな気で包み、保存の術を掛ける事にしたのだ。


 いつか彼女を取り戻せる……いや、ダメかも知れない……両方の思いが『棺』という死者の寝床を私に選ばせたのだろう。


 元々彼女の種族、ダークエルフの寿命は100年程しかない。

 本当なら、とうの昔に骸になっている筈だった。


 それが美しく保たれている事が、既に奇跡だからこそ、希望を捨てることが出来なかった。


 転機は今から約30年前、タイカーシアで見つけたナザガランの古い文献を手に入れた時に訪れた。


 そこには不思議な遺跡の話が載っていた。


 ナザガランの北部と鬼族の地に跨るカトル山脈の下に連なる遺跡があるのだが、鬼族側からは入り口がない。

 しかもナザガラン側から入れる門があるのに、入った者は鬼の亡者に脅され、ことごとく追い返されてしまうという。その様な内容だった。


 ——そこに行けば、何か分かるかも知れない……


 私はそう思い、初めてその地を訪れ、遺跡に入ってみた。

 探索済みで整備されたナザガラン側の遺跡の奥に、その門はあった。


 そこを抜けた先にあったのが、鬼族の遺跡だった。


 数百年間誰も入ることがなかった筈のその中は、考えていたよりも美しい。

 入ると同時に火が灯って行くのも不思議だった。


 そこで動き出した鬼の亡者という虚仮脅しの彫像数百体など、私の腕の一振りで殲滅出来た。


  

 壁画と、その下に彫ってある文献を読んで行っている内に、探し求めていた死者復活の方法を知る。


 しかしあまりの内容に実行しようかどうか迷っている時に、番人ラソニアが現れた。


 彼女と話し、私はフィスファーナを復活させる事を決めた。

 遺跡に自分の寿命を半分注ぎ、ユガドの樹の種と魔石プラバライアを()()、それに巨石を切り出して持ち帰り、計画を練った。


 まずはルガリエルの王に種を渡し、樹が育つのを待つ。



 その間、今から6年前に、思いがけずナザガラン国内で内乱が起こった。


 そこで殺された公子がいたと聞いたので、密かに陵墓を探った。

 亡くなった者であれば、死者復活に使っても差し支えないだろうと思ったからだ。


 陵墓守部りょうぼしゅぶを欺く事など、自分には簡単だった。

 墓を開けると、僅かに幼さの残る公子、ロイ=ノワールが紅い儀式服に身を包まれて眠っていた。


 亡くなっていても、まだ強い魔力が感じられる。

 この公子こそが、本来の魔王の器程の魔力を持っていた子なのだろう。


 死してまだ間がない。これなら身体自体に燻る魔力と命の残火で、翼を生えさせる事が出来る。

 

 『不死アンデッド』の異名を持つ我ら種族『千年侯爵』には、死して程ない者の魂であれば感じることが出来る。

 彼の魂は、まだ迷いながら近くにいた。


 都合のいい事に、彼はフィスファーナと同じ祖先を持つ魔族だ。彼女の復活の条件に適合している。

 私は彼の身体に、魔石プラバライアの核を埋め込み、持ち帰った。


 ベッドに横たえて暫く後、彼の背中に遺跡の文献にあった巨大な漆黒の翼が生えた。


 その後、私は一緒に着いて来ていた彼の魂を身体に戻した。

 一族の特殊魔法、死者蘇生の術である。


 生きていた時と同じような姿にしたら、翼も早く白くなるだろうと思ったからだ。


 目を覚ましたロイが私を見て言った。

「……お兄さん……お兄さんが僕を助けてくれたの?」


「……助けた?」


「僕は……死んじゃったみたいなんだけれど……あんまり憶えてなくて。

 気が付いたら、身体が狭くて暗い棺に閉じ込められていたの。


 僕は高い所からそれを見ていた。

 分かったんだ。もう外には出られないんだって……

 とても怖かった。だから、出してくれて嬉しかった」


「そうか。それは恐ろしかったな、ロイよ。

 私はリヒトだ。亡くなったお前を蘇生させたのだから、私の言う事を聞くのだよ」


「僕はロイって言うの?リヒトの言う事を聞けばいいの?」


「……そうだ。お前の背中の翼を白くして、それと身体の中にある核を取り出しフィスファーナを甦らせる材料にするのだから」


「リヒトは僕に翼をくれたんだね。どうしたら白くなるの?」


「……ロイ。その翼は好意でやった訳ではない。

 お前が記憶を取り戻せば、身体に残る魔力と命を吸い切って白くなる。

 しかしそうなるとその身体は私の術の効果が切れて、また骸に戻ってしまうのだ。


 次はすぐに身体を消滅させてやろう。そうすれば狭くて暗い棺になど入らなくてもいい。お前の魂も彼方の世界に行ける。

 何、恐ろしい事ではない。それまで私が側にいてやるからな」

 

 材料になる者の様子を観察せねば、と思っての言葉だった。

 私にとっては彼は単なる傀儡の一つに過ぎない。

 魂が入った人形。そう思っていた。


 けれども彼の口から出た言葉は私の心を揺らした。



「本当?僕と一緒にいてくれるの?ありがとう、とっても嬉しいよ。

 僕、頑張って早く記憶を取り戻すからね」


 ロイはそう言ってほわりと笑ったのだ。



 ——あんな事を言ったのに。

 今、私は彼が記憶を取り戻す事を恐れている。

 むしろ、邪魔までしている……


 死体なのに、ただ利用しようとしただけなのに……


「……鬼が。様は無い」



 リヒトはそう呟くと、窓越しに楽しそうに収穫をしている2人の姿を見下ろした。




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