第109話 丘の上の約束
一連の会合を終えてグラディスが言った。
「ハウエリア陛下、本日は我ら一堂、大変感謝した次第だ。お疲れになった事だろう。
本日の結びとして、細やかながら晩餐の席を設けている。
貴賓室に寝具も用意させた。
まだ時間もある。少しお休みになられ、よろしければお越しいただきたい」
「お気遣いありがとうございます」
ハウエリアがややふらつきながら言った。
ミレーヌが心配そうに支える。
「久しぶりに術を使いましたので……確かに堪えました。お言葉に甘えて休ませていただきます。
晩餐のお誘い、謹んでお受けいたしますわ」
「承知した。従者どのをこちらに」
「はい」
「かしこまりました」
グラディスの命に、控えていた従者達が呪術室に入り、女王を支える。
ミレーヌが付き従おうとしたが、彼女が手を添える。
「この場はいいわ。あなたはリューク殿下の魔力回路の構造を見せていただいて。
正確な核の位置を記録させていただくのですよ」
そう言うと付き添いを断った。
しかし彼女の手を握り直し、
「頑張ってね」
と付け加える。
「?……は、はい……お母様」
ミレーヌがやや不思議そうに返す。
「ヴェイル、私にも少し脱力感があります。お部屋に戻るのを手伝ってくれるかしら。それにあなたにも負担が掛かったのでは?」
フィスファーナも言う。
ヴェイルも僅かに目眩がしていた。
「多少皆様に負担が掛かりました。申し訳ありませんね」
ハウエリアが従者に支えられながら言った。
「呪術室自体もやや空気が悪い。一旦外に出よう」
「では、私も陛下を……」
リュークがヴェイルに着こうとした。
が、グラディスが止める。
「今回はいい。ヴェイルとフィスファーナ殿は私と側近がみてやるから……」
そしてチラリとミレーヌを見る。
「リューク、お前はこの機会にしっかりミレーヌ姫に検証してもらえ」
「え。あ、はい……」
グラディスが何故か口元に笑みを浮かべて去って行く。
そしてリュークとミレーヌ以外の人物がその場から居なくなった。
呪術室に2人が残る。
「あー、一旦オレ達も出ようか。なんだか『気』も悪いし」
「そうですね……」
彼らは揃って部屋を出た。
——これ、意図的に2人にされてない?
リュークが思う。
——何……何?もしかして皆んなグル?
少し焦って考える。
「リューク様?」
「は、はい?」
ミレーヌが声を掛けたので、彼は少し高めの声を出してしまった。
「あの、お身体の中の魔力回路を検証させていただきたいのですが……何処か落ち着ける場所で見せていただけますか?」
彼女が心配そうに言う。
後ろを見ると、呪術室は浄化の為にもう閉鎖されてしまっていた。
——こんな時に限って仕事早いなオイ!
「そ、そうだな……ええと、何処を使おうか」
取り敢えず2人で歩き出すが、予約を取っている応接室もなく、行く宛がない。
暫く並んで歩いていると、すれ違う臣下が暖かい目で彼らを見送って来る事に気が付いた。
「……あの……なんだかとても多くの方に見られている様な気がするのですが……」
ミレーヌが恥ずかしげに下を向いた。
「そもそもドレス展示会で結構一緒にいたからなぁ……今は翼が生えてしまってオレは目立つし」
——オレってそんなにミレーヌの事、好きそうにしてたっけ?
彼は心の中でまだ焦っていた。
2人で魔王城の中庭に出る。
こっそり見守る人が出て来た。
「リューク殿下とミレーヌ姫よ……」
「やはりお付き合いされているのかしら」
「ナザガランの未来も明るいですな」
聞こえる様に言っているのか、囁き声も耳に入る。
ミレーヌがますます縮こまってしまった。
「……ああもう」
リュークが言った。
「姫、大変、たいっへん失礼いたします!」
「え、はい?なんです……きゃっ!」
彼が急だが驚くほど丁寧に、両腕でミレーヌを抱き上げた。
翼が大きく広がり、風が巻く。
そして見る間にズバン!と空へ舞い上がった。
城の下からワッ!と歓声が上がった。
魔王城がみるみる遠ざかり、小さくなってゆく。
腕の中のミレーヌの髪が風に乱れる。
彼女はあまりの速さと不安定さに思わず目を閉じて、リュークの首へ腕を回した。
やがて速度が緩んだ気がしてそっと目を開く。
「わあ……」
広がっていたのは、見たこともないほど美しい上空からの景色だった。
「急にこんな事してすまない。高い所が怖くないか?」
すぐ近くでリュークの声がする。
「いいえ。平気ですわ」
そう言って振り返ったすぐ近くに顔があった。
「リューク様……わ、わたくし、腕をお首に……」
自分の大胆さに赤面する。
「ははは。うん、危ないからそのまま持っててくれ」
彼が愉快そうに笑って、上空で向きを変えた。
それから暫く飛び、魔族の祖アズサーバルの石碑がある丘の上までやって来た。
翼が、波立つように滑らかに羽ばたいている。
2人は空中で抱き合い、ゆっくりと回って降りて来た。
落とさぬように抱き締めるリュークの腕は、驚くほど頼もしい。
ミレーヌの首に回した手の、白磁のような滑らかな指先が彼の項に添えられた。
控え目ながらも何度か交わす唇の優しい触れ合いが、2人の心に甘い記憶を刻む。
石碑の周りの木々も、彼らの下がって行く高度に合わせて風に揺らめいていた。
2人の足元に現れた魔法陣が、静かに地面に着いた足と共に消えて行く。
彼らは着地すると、そのまま暫く向き合って、両手を繋いで見つめ合っていた。
やがてどちらからともなく照れた様に笑い、手を離す。
「……ここは?」
ミレーヌが聞く。
「ここは、オレ達の祖先のアズサーバルの魂を祀った石碑が建つ丘なんだ。
……オレは、自己満足かもしれないけれど、今まで殺めて来た人の為に月に一度花をたむけに来ている」
「そうなのですね……
自己満足なんかじゃありませんわ。きっと皆様は救われてますよ」
ミレーヌが石碑に近付き、降り仰ぐ。
まだ高い位置にある恒星が眩しかった。
「翼が生えた時……最初は罰が当たったと思った。
襲撃されたからとは言え、今まであまりにも多くの人を殺めて来たから……もうオレは終わるんだろうって」
「……」
「でも、ミレーヌに会ったら……やっぱり何がなんでも死にたくないなって思った」
彼女が振り返って言う。
「死んでは嫌です」
「……うん」
「わたくし、頑張りますから……」
そう言ってリュークの側に来た。
2人で群生している白詰草の上にそっと座り、彼の魔力回路を魔鏡に投影する。
「……第2回路、雷特性2本、火焔特性3本……左上角、端から左0.5ルドル、上0.7ルドル……」
ミレーヌが慎重に核の位置をなぞって行く。
魔法道具付箋に記録を終えると、顔を上げて言った。
「これで核の位置はしっかり記録しました。後は精度を上げる鍛錬を積みます。
15日程で術を仕上げますので、お待ちくださいね」
「ミレーヌは本当に頼り甲斐があるな。ありがとう。大人しく待つとするよ」
リュークが笑って言う。
2人はそこでまた黙ってしまった。
遮る物のない丘の上に緩やかな風が吹き抜ける。
「……そろそろ戻らないと。ハウエリア様もお具合が良くなられているといいのだが」
「……はい」
けれども2人ともなかなか立ち上がらない。
彼が戸惑った様に右手を上げ、風が揺らした彼女の金髪に触れた。
そのまま指先が白い頬に添えられる。
「また暫く……会えないな」
「……そうですね」
ミレーヌが目を閉じ、その手に自分の手を添え、愛しげに首を傾げた。




