第108話 心の中のアリア
「……様……ヴェイル様……」
遠くから声がする。
ヴェイルは目を開けてみた。
そこは真っ暗な場所だった。
「ここは……?」
彼が不安げに呟く。
すると横に、ハウエリアが立っている事に気が付いた。
「ハウエリア様……」
少しホッとして声を掛ける。
彼女が穏やかに微笑んで言った。
「ここはアリアの身体の内部、恐らくは心の中です。あなたは私と一緒に心だけ入り込んでいるのです」
「アリアの心の中、ですか……彼女はどこに……?」
彼が不思議そうに周りを見る。
今の所自分とハウエリアだけがぼんやり見える感じだ。
「翼も付いて来てる。こんな時ぐらい離れてくれたっていいのに……」
ヴェイルが自分の背中に生えたままの翼を見て、うんざりしたように言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
呪術室の中では、横たわったフィスファーナとヴェイルを心配そうに見つめるグラディスとリュークがいた。
「……ヴェイル、あっという間に意識がなくなりましたね」
「そうだな……」
「あの……私はどうなっているのでしょうか……なんだか身体が動きませんが」
フィスファーナが小声で言った。
「フィスファーナ様は表層意識でいらっしゃいますから、目覚めてらっしゃいますが、お身体には母とヴェイル様の意識が入り込んでますので動けないかと思います。けれども大丈夫です」
ミレーヌがハウエリアの身体を支えながら言う。
彼女は小さな声で祈りの詠唱を続けている。
「お祈りを捧げていらっしゃるようだが、意識はもうアリアの身体に入っている、と言うことか?」
グラディスが聞く。
「はい。今でも時々民衆がお願いに参りますので、術は確かかと思われます。深い心の病を抱えた者達の声を聞きに行く、と言ったものですが、今回の様に別の方の魂が入った場合にも使えます」
「今までもそう言う事例があったのだろうか」
「いえ、けれども魂の器が裂けた者という例が、古い記録にあります。
1つの身に2つの魂が宿った時、意識の流れが分けられ、別の心が現れる事があると。
フィスファーナ様はまさにそのような状態にあるのでしょう。
けれども2つの魂が同時に動けば、器が耐えきれずに崩れてしまう。
ですから、今はアリアの魂が身体の深い所に眠らされているのだろうと思われます」
「……なるほど……」
「分かったような分からないような……」
グラディスとリュークが唸る。
「わたくし達では根本的に治療する方法はありませんが、神の力であればフィスファーナ様の魂を取り出せるのでしょうね……」
ミレーヌが不安そうに言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
暗闇の中、ヴェイルとハウエリアの耳に何処かから子供の声が聞こえて来た。
【待って。待ってよヴェイル兄様】
「あっ」
2人の側を、不意に小さな男の子が通って行った。そのすぐ後をもう少し小さな女の子が追いかけて行く。
【アリア。そっか、君はまだ小さかったね。早くてごめんね】
男の子が立ち止まる。
【ううん。大丈夫だけど……ここは?】
【あそこ見て。あの木の上に玻璃鳥が巣を作ってるんだ】
【わあ……雛がいる。可愛い……】
「これは……小さい頃の俺とアリア……?」
ヴェイルが呟く。
また別の映像が現れた。
今度は自分が床に伏している。高熱を出して寝込んでいるようだ。
その横にアリアが座って泣いている。
【ごめん……ごめんねヴェイル兄様……私の変な力でお熱が……】
【ううん。気にしないで……すぐに治るから】
【私に何かできる事ない?私、ヴェイル兄様の事大好きなの。お詫びがしたいの】
【お詫びなんて……じゃあ、僕が大人になって王様になったら……】
【なったら……?】
【僕の……】
——え?嘘だろ、これ、ここで確か俺は……
ヴェイルは思わず頬を赤らめた。
その時、
「お母様?ヴェイル?」
と、声がした。
2人は声がした方を見た。
「!!アリア!」
そこにはシルクの就寝用ドレスを着たアリアが立っていた。
「ヴェイル!」
彼女も叫んで駆け出した。
心の中で、2人はしっかりと抱き合った。
「ああ。ヴェイル、ヴェイル……会いに来てくれたのね……お母様も……」
「アリア……良かった。会いたかった」
ヴェイルがアリアの頭に頬を付ける。
「アリア……元気そうね。こうして会えるのも少しの間だけれど」
ハウエリアが目を細めて言う。
「ありがとうございます。まさかヴェイルにも会えるなんて……」
ヴェイルからそっと身体を離したアリアが、涙を浮かべて母を見た。
そして改めて彼を見て驚く。
「ヴェイル、その翼は一体……」
「これ?これは……アリアを取り戻す為に神様から預かった翼だよ。今、背中で育ててる」
心配をかけまいと思い、嘘を言う。
「君は心の中で、1人で大丈夫?」
「うん。ここで小さかった頃の事や、楽しかった事を思い出しながら過ごしているから……大丈夫」
「ごめんね、なかなか助けられなくて。でももうすぐだから……待ってて」
「うん……」
2人はもう一度抱き合う。
「ごめんなさいね、そろそろ術が切れるわ」
ハウエリアが言う。
アリアが彼女に抱き付いた。
「お母様、本当にありがとうございます。私は大丈夫です。
……お母様もお身体大切になさって」
「……ありがとう。ヴェイル様を信じて待つのですよ」
「はい」
アリアは涙を拭いて、笑顔で返事をした。
その姿が薄くなる。
「アリア!」
「ヴェイル!……またね」
「うん。……また……必ず助けるから!!」
彼女の姿が滲んで行く。けれども必死に手を振っているのが分かった。
ヴェイルも応えるように手を上げる。
——しかしそこで、彼の意識は暗転した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あ、目を覚ました」
「お。本当だ」
横たわったヴェイルの目が開いた事に気付いたリュークとグラディスが言った。
彼はもう呪術室に帰って来ていた。
フィスファーナも身体を起こす。
「……短時間でごめんなさいね」
詠唱を終えたハウエリアが言った。
「いいえ……」
ヴェイルが半身を起こした。俯いて小声で言う。
「……アリアに会わせてくださって……ありがとう……ございました……」
——彼の膝の上に、ポタリと涙が落ちた。




