第104話 暖かな翼を抱いて
アルタとの面談を終え会議室を出た2人の前に、ちょうどアウドラとフィスファーナがやって来た。
「リューク!ヴェイル!身体はもう大丈夫なの?」
アウドラが聞く。
「ああ、特に痛む所もないし、翼も馴染んで来たから問題ない」
リュークが応える。
「ヴェイル、リューク様……あ、あの……」
フィスファーナが声を詰まらせた。
「ん?」
ヴェイルが聞く。
「ご、ごめんなさい!!」
彼女が叫んで、急に走り出してその場から去って行った。
「え?」
「フィスファーナ……」
「……足が速いな。流石アリアの身体だ……」
3人が唖然として呟き、後ろ姿を見送った。
「フィスファーナはどうしてヴェイルの事は呼び捨てなのにオレには『様』を付けるんだ?普通ヴェイルの方に『陛下』とか『様』付けるよな?」
顔を戻してリュークが言う。
「さあ……一応甥っ子だからじゃないか?」
彼女の姿が見えなくなるまで目で追いながら、ヴェイルが答えた。
「『甥っ子』?!何?なんのお話です?アリア様は御婚約者様ですよね?」
後から出て来たアルタが驚いて言う。
3人は顔を見合わせて苦笑した。
魔王城の中庭のガゼボに座ったフィスファーナが、大きく息を吐いて俯いていた。
「フィスファーナ……さっきはどうしたんだ?」
急な声に驚いて顔を上げる。
ガゼボの横に、いつの間にかヴェイルが立っていた。
畳んだ大きな翼がそれでも庇に当たって邪魔なのか、ガゼボに入らず外から柱にもたれた姿だ。
「……私を復活させる為に、とうとうあなた達を生贄にしてしまったから……どうしようと思って……」
「それは君のせいじゃない」
彼女が膝に置いた手を強く握り込む。
「……私がやった事は間違いだったのかなとも思ったわ。レサイア城が襲撃された時、あのままパトラクトラと、リヒトも共に息絶えていたなら……私が時空移動の術さえ使わなかったら、そもそもこんな事が起きなかったのに、と。
でも、それならあなたの存在まで否定してしまう……パトラクトラが新しい世界でやっと手に入れた愛しいあなたを。
だけど今度はその命を使おうとしているわ……申し訳ないし、何が何だか分からなくなって来て」
「うん……だけど、生きていると他にもいろんな不思議な巡り合わせは、どうしても起こってくるものじゃないのかな」
「不思議な巡り合わせ?」
「例えば……17年前にエルフ合同軍とウーヴルとの戦争がなければ、アリアは俺の事も知らずにウーヴルの里で、両親やきょうだいに囲まれて平和に生きていたかも知れない。
だけど戦争のせいで家族を亡くし、ハウエリア様の養女になった。
彼女にとっては不幸な出来事だったけれど、そのお陰で俺はアリアに会う事が出来た」
「……」
「4ヶ月程前まで続いていた親族間内争もそうだ。
祖父上がわざわざ三男である父ではなく、素直に長男である伯父上を魔王にしていれば、俺は今頃ただの公子としてのんびり過ごしていたかも知れない。いとこも沢山いたし、ロイも死なず、姉上も母君を亡くさずに済んだ」
「……そうだったのね」
「人はその時に選んだ道を行くしかない。間違いであったとしても、それは後から客観的に見るしかないし、戻る事は出来ない。
でも、人が何か過ちを犯したとしても、それが元で周りの人の状況を変えて、出会いと幸せをもたらすこともあるだろう?
フィスファーナが母を今の時代に飛ばしてくれたからこそ、俺は生まれることが出来た。
それだけで君は正しい事をしてくれたと思っているよ」
「ヴェイル……」
フィスファーナは身体を捻り、ヴェイルを見た。
彼は腕を組んで柱に背中を預け、遠くを見ていたが、振り向いてこう続けた。
「生贄の件だけど、さっきアルタが魔石の核を欺く方法をいくつか考えてくれたから、少し希望が見えて来たんだ。俺はやっぱりこれぐらいで死ぬ訳には行かないからな」
「『これぐらい』って……神の所業じゃない……」
「アリアを取り戻す為なら神にだって立ち向かってみようかなって、ついさっき思い直した」
「まあ……」
彼女が少し笑った。
すっかり日が落ちてしまった中庭に、夜の帷が降りようとしている。
少し冷たい風が吹いて、フィスファーナが肩を震わせた。
ヴェイルがこちらを向いて、腰の高さまでしかない壁の上から身を乗り出して翼を広げ、自分ごと彼女の身体を覆ってやる。
「……ありがとう。この翼、ちゃんと暖かいのね」
「うん……」
翼に覆われて暗い中で、静かに返事をする。
「……アリアじゃなくてごめんね」
「……ううん」
彼女が翼をそっと抱きしめた。
「今回の事が上手く行って、あなた達も死なないで、私も自分の体に戻れたら……あなたはリヒトを殺すの?」
目を瞑って囁くように聞く。
「分からない。少し前の俺なら何がなんでも殺していたかも知れないけれど……
もしも俺が彼と同じ力を持っていて、同じ立場になったならって考えたら……同情の余地はあるから」
「じゃあ、私に任せて貰えるかしら」
「え?」
「……その時が来たらきっと、私が『彼の命を散らす』わ……」
「フィスファーナ?」
ヴェイルが不思議そうに聞き返す。
だが彼女はそれきり答えず、暫く彼の暖かな翼に身を委ねていた。
第4章 完
ここまで読んでいただきありがとうございました。
長々と続いていますのに本当にお付き合いいただき感謝しております。
次回105話より、第5章『蘇る記憶 交錯する想い』が始まります。
引き続きお読みいただけると幸いです。




