第103話 アルタの助言
2人は医局を出ると、服飾技術士のアルタが待つ広い会議室に向かった。
普段使っている応接室では自分達の翼が大きすぎて狭いからだ。
入って来た彼らの姿を見たアルタは両手を口に当て思わず息を止めてしまう。
「魔王陛下、リューク殿下……何とも神々しいお姿に……!」
彼の瞳には明らかに憧憬と研究欲の光が宿っていた。
「素晴らしい!あ、いえ、この度はとんだ災難でございました……まさかお命の危機が訪れてしまわれるとは。
私共大変心を痛めております。
早速ですが、お衣装を制作いたしますので、その翼を触らせていただいてもよろしいでしょうか」
挨拶も早々に、喋りながらも手が空中で動く。
いつも掛けている片眼鏡の奥の目が怪しく微笑み、口元も嬉しそうに緩んでいる。
「手、わきわきさせるの止めてくれ。本当に心痛めてるのか?何だか実験動物を見る様な目だぞ?」
リュークが気持ち悪そうに身体を逸らした。
「だから気が向かなかったんだ。アルタは腕は確かなんだけど」
ヴェイルも呟く。
そう言いながらも2人は渋々と翼を向け、各自のサイズを計らせた。
「ううむ。この翼、見た事もない材質ですね……軽量ですがかなり丈夫です。
これで羽ばたかれるとしたら……接続部には摩擦が掛かりますし、お衣装がすぐに傷んでしまいましょう。
それを防ぐ為に翼の根元に金剛竜の軽くて柔らかい鱗で作ったパネルを付けますね。内側には痛くない様にシルクを貼ります。
お休み時のお召し物には付けませんね。寝返りの度に気になられるでしょうし。
明日には仮仕立ての物を3着ほど、それで宜しければ4日程でまず7着を制作して参ります。
お一人での着脱がし易い様に魔装着装仕様にしておきますね」
「うむ、宜しく頼む」
ヴェイルが言う。
「途中から翼が白に変わられるのですって?色味を考えた方が宜しいですよね」
「……どちらにせよ40日間しか使わないからそんなに大量に作らなくていい」
「陛下……」
少し沈んだ声で言う彼に、アルタが手を止めて言う。
「何も、お亡くなりになるとは限りませんよ。お話によると番人が出てきて、死なない様にするやり方を伝えてくれたそうじゃないですか」
「そんなものが当てになるのだろうか。リヒトが罠を張っていくのを黙って見ていた様な者だぞ?」
「でも、1000フォラの時間が経つまでに核に『身体が生命活動を終えた』と錯覚させろ、と言ったのですよね?その番人は」
「そうだが……」
アルタは身体を起こして2人に向き直って言った。
「かつて同じ様に死者復活をしてしまい、番人をしているのならば、そのラソニアとかいう者が実行した事になりますよね?
神の所業を書いた文章にはそんな記載がなかったという事は、生贄の2人の内の1人は死に、1人は生き残った、という事になりませんか?彼女は実際に体験したから教えてくれたのでは」
「……言われてみればそうかも知れないな」
リュークが呟く。
「アルタ。ではお前はどんな方法があると思う?」
ヴェイルが聞く。
彼は計っていた手首のメジャーを仕舞い、腕を組んで首を傾げた。
「先日騒動になりましたトラフェリア国の姫君の『時間界』を、お身体に掛けていただく、というのはどうでしょうか」
「身体に術を掛けるのか?」
リュークが聞く。
「はい。ただし魔石の核は省くのです。そうすると血流も脈拍も止まりますので、『生命活動を終えた』と錯覚させられませんか?かなり精密な術操作になりますが……」
「リューク。以前ハウエリア様はシュダークを欺く為にご自身に掛けておられたな。俺に時間界は効かないが、お前になら効くはずだ」
ヴェイルが言った。
「なるほどな。翼が白くなり切ったタイミングでハウエリア様かミレーヌに術を掛けて貰って取り出すのか……」
リュークも考え込んで言う。
アルタが驚いた様子でヴェイルを見た。
「陛下には時間界がお効きにならないのですか?」
「そうだ。正確には母にも効かなかった。だからあの術の間に動けた俺達で姫の自害が止められた、という訳なのだが……」
「そうだったのですね。……では、他の方法を考えなくてはいけませんね」
「うむ」
アルタが更に組んだ腕の片方を上げ、自分の顎に手を当て考える。
「……かなり昔ですが、カトル山脈の最高峰、ウーアザーガの氷に閉ざされた山頂付近を探検した命知らずの者達がいたのですが、その時に数人が、そこに出来ていた大きな氷の裂け目に落ちたらしいんです。
裂け目の幅が狭かったので、同行者の魔法でも救助に時間が経ってしまい、救い出した時にはもう体表が凍り付いた状態だったそうです。体温も通常の半分以下になっていたのです。
勿論脈拍も呼吸も停止しておりました。
しかし、連れ帰って徐々に体温を上げる回復魔法を施した所、1人だけ生還に成功した者がいたそうです。後遺症も残らなかったとか」
「ほお……運が良いな」
「逸話ではありますが、これと似た様な方法を水・氷特性をお持ちの陛下にならば使えるのではないでしょうか」
「……確かに。いけるかも知れない」
「意図的にギリギリまで体温を下げるのか……」
ヴェイルとリュークが考えながら返事をする。
「ヴェイル、お前は親族間内争の最終決戦の時に、魔力暴走を起こして凍り付いていた。伯父上様がずっと着いてくださっていたこともあって無事だったが、その時のような状態になれたら……ひょっとしたら上手くいくかも知れないな」
リュークの言葉にヴェイルが頷く。
そしてアルタに向かって言った。
「進言、感謝する。少し希望が見えて来た。まずはトラフェリア国と連絡を取ってみよう」
「いえいえ、私は思い付いた事を申し上げたまでです。
良き方向に向かわれる事をお祈りいたします」
彼の顔が綻ぶ。
「ところで……」
ヴェイルが次に迷った様な顔をした。
「こんな翼が生えたまま、どうやって寝たら良いと思う?以前飼育しろとお前に託した鳳光鳥は……いつもどんな寝方をしている?」
彼が恥ずかしげに聞く。
「鳥の寝方を参考になさるのですか……鳳光鳥は中型の鳥ゆえ、そのままうずくまっておりますが、大変気を抜いた時は翼を畳んだまま仰向けにも寝ますね。
その翼ならば大型の鳥類もしくは竜の類になりますが、3つに畳める筈ですので……少し背中に盛り上がりはありますが、普通に寝られると思いますよ。例え就寝中に翼が乱れても大丈夫でしょう。陛下のお部屋のベッドは大きいでしょうし」
「そ、そうか……気になってな……」
ヴェイルが頰を染めた。
「分かる。オレも聞こうと思ってた」
リュークが頷きながら、ヴェイルの肩に手を置いた。




