第1話 大火災と勇者の出陣
ハイエルフの魔法は光の魔力。
ダークエルフの魔法は闇の魔力。
——かつての祖先を祀った者達は数万年の時を超え、人間(人族)と魔族に分かれる事となる……
その日、魔族の国『ナザガラン』の若き国王は早朝の窓辺に立っていた。
魔族の王ゆえに『魔王』と呼ばれている。
その名称に相応しい魔力を持った人物でもある彼は、ダークエルフと人族とのハーフであった。
短めの黒髪に金の瞳を持ち、中性的な美しく整った顔をしている。
誰もがつい見惚れる容姿だ。
やや長めの耳介にはいくつかの貴石のピアスが揺れる。
若いとはいえ、国王という地位に立つ彼には、王妃候補が何人もいた。
しかし、いつも曖昧な態度で断っている。
昨晩も夜会で亡き部隊将軍の子女を紹介されたばかりなのだが、気持ちは動かなかった。
心の中に、幼い頃からの想い人がいた為だった。
けれども、自分の立場からは近づけない場所にその人はいる。
「アリア……大きくなっただろうな……」
誰に言うともなく愛しい人の名を呟く。
彼女とは国家間の事情により長く会えてはいない。
自分の事は、もう忘れているのかも知れなかった。
しかし、その思いは慌てて飛び込んで来た知らせで掻き消されてしまった。
「陛下! 大変です!
炎竜が自家発火しました!」
炎竜というのは多くの種類がいる竜の中でも、この国が資材運搬に利用する為に飼い慣らしている巨大な翼竜の事だ。
「何っ?!」
「各地に大火災が発生しております。
至急消火部隊の手配を……
それと、申し上げにくいのですが、若い一頭の炎竜が隣国、トラフェリアに向かっております……」
「なんだと……?」
国王は驚愕した。
その国の名こそ、自分の想い人のいる場所だったからだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
人間の国、トラフェリアのある村の上空に異変が起きた。
「防御!」
地に響く声がしたと同時に、魔族の国ナザガランとの境に近い場所から村の上空に向けて、空を覆う程の大きさに薄紫の硝子のドームの様な巨大な壁が構成されたのだ。
「……今からそちらに火が及ぶ! 速やかに避難をしろ!」
空の何処かから、またもや誰かが叫ぶ声がする。
人々は驚き、ろくに物も持てない状態で村から都市の中心部に向かって走った。
あれは何だと空を見上げて無邪気に問う子を抱えて逃げる者、脚の不自由な親を草竜に乗せて走らせる者……平和な村は、逃げる人々で騒然となった。
「なに?!」
城にいた王女は遠い村の上空の異変に目を止めた。
歳の頃は16、7歳のまだあどけない面持ちだ。可憐な容姿に青いワンピースを身に付けており、その上から合わせて作り上げた重厚な白銀の鎧を纏っている。
彼女が気付いて程なく、国境の山を越えて燃え盛る大きな炎の塊が空から降って来た。
「あっ!」
王女——アリア=エルナディアは驚いて窓際に駆け寄った。
ドォンと音を立て、硝子の防御壁はそれを捕らえた。落とすまいとするかの様に波打って支えている。
人々はますます驚き、我先にと逃げ惑う。
「……ダメだ! もう持たない!」
——暫くしてまた声がした。
途端に防御壁がまるでパズルのピースが外れるかの様に解体されて行き、しまいにはふっと消えてしまった。
巨大な炎の塊は消え行く壁に合わせてずるりと村の中心部に落ちた。
みるみる村は炎に包まれ、辺りには煙と物が焼ける臭いが充満した。
幸い逃げ遅れた者はおらず、擦り傷や僅かに煙を吸い込んだ程度の負傷者が数人出た程度の人的被害に留まった。
しかし炎の消火には数フォラ(数時間)掛かり、風光明媚だった村は跡形もなく燃え落ちた。
「——これは……ナザガランに棲む『炎竜』ですな」
火災現場に到着した長老の一人が、焼け跡に残る炎だった塊を見て言った。
「炎竜?」
調査に着いて来たアリアが問い返す。
「そうです。我らが使う乗用に調教した大人しい草竜とは違い、巨大な翼竜です。知能が比較的高く、感情の起伏もあります。その涙は炎に変わり、全てを焼き尽くしながら我が身をも燃やしてしまうという……哀れな竜なのです」
「その竜が、何故ここに?」
長老は髭を抑えて考え込む。
「今朝、厄災の竜、闇竜が我が国とナザガランを行き来していた子供達を喰い殺した事件がありましたでしょう……我が軍が総出で追い払いましたが……
あの犠牲者が普段ナザガランに住んでいる者達でしてな」
「あの事件……」
「殺された子供達は魔族の母と人間の父を持つ者でした。
闇竜は通常、何処に潜伏しているか分からない恐ろしい竜ですが、ここ数年、かの国とは国交が途絶えておりますゆえ……
魔王が人間が闇竜を仕掛けたと考えたのかも知れません。
その件に関して炎竜を利用して報復をした、とも考えられます。
魔王は強かでありますからな。我が国を乗っ取る事も考えているのやも知れません」
「何ですって?」
アリアの顔にみるみる怒りの色が浮かび上がった。
彼女は咄嗟に、乗っていた草竜の手綱を強く引き、方向を変えて走り出した。
「アリア様?! 魔王の元へ行かれるのですか? 『勇者』アリア様!」
風の様に去って行く彼女の背中に長老が間伸びした声を掛ける。
その横を後ろから来て更に駆け抜けて行く草竜がいた。
騎手は女性だ。
黒いシックなゴスロリ調のドレスを着て、背中に大きな斧を担いでいる。
「これ、ミレーヌ! そなたまで行かずともよい! ただの侍女であろう!」
「侍女だからこそお護りする為に行くのです!」
女性は振り返り、引き留めた長老にそう叫ぶと一心に追い掛けて行った。
……二人を見送り、長老は小さく舌打ちをした。
「……まあ良い機会だ。
アリアの強さであれば、上手くいけば魔王を討ち取るやも知れん」
そう呟くと彼は被害で混乱して右往左往する人々の中で、忽然と消えてしまった。
王女であり、勇者でもあるアリアは一心に魔族の国ナザガランへと草竜を走らせて行く。
後を追った侍女ミレーヌの草竜が追い付けず、しまいに悲鳴を上げて止まってしまった。
彼女は肩で激しく息をする愛竜の長い首を優しく撫でた。
「……アリア様」
草原の中で、もう見えなくなってしまったアリアが向かった方角を見て、ミレーヌは不安そうに呟いた。




