運命の舞闘会~側室の座を賭けた熱き戦いの決勝戦~
これはとある中世の物語。
暗闇の中で一人佇む女性。
化粧は汗とともに流れ落ちて、髪は油でべたついている。
衣服は一応、麻で出来た薄手のワンピースを身に纏っているが、右横は腰元まで大胆に斬り込みが入っており、所々穴も開いている。
総括して、彼女は死肉を食らう獣も逃げ出しそうな程汚く物騒な見た目をしていた。
最も、仮に獣が襲い掛かろうものなら彼女の手に持つバラ鞭で皮膚を切り裂かれるかも知れないが。
どの道とても人前に出られる恰好では無かった。
しかし、彼女は汚れを落とすつもりは無かった。
これから更に汚れる事が分かりきっているから。
シャワーは死闘の後で、いくらでも。
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舞台を挟んで向こう側にもう一人。
彼女は家族の前でも素顔を見せることはない。
化粧をし、髪を整えた姿こそが亡国の姫リアーナ・フランソワであった。
衣服は同じ上下一体型のロングスカートだが、花柄の刺繍にレース飾りやリボンがいたる所に施されており、胸部にはエメラルドカットの大きな宝石が大胆にあしらわれている。
どんな人間も目を奪われる美貌の彼女だが、腰には三日月のように湾曲した鎌を携えていた。
もしも彼女が黒装束を好んでいたら、いずれ火炙りの刑に処されていた事だろう。
リアーナはいつもこの時間になると教会で祈りを捧げていた。
母国の再建、名誉の回復を神に乞うのだ。
しかし今宵の彼女は祈らなかった。
ここまで勝ち進めたのは誰でもない己の実力だからだ。
「観客の皆様、大変お待たせいたしました、ただいまより「舞闘会」決勝戦を開始いたします。」
ウエストコートの男が舞台中央から声を張り上げると、観客席から「待ってました」といわんばかりの歓声が巻き起こる。
「その前に、当大会の主催者である、国王アレクサンダー陛下よりご挨拶を頂きます。」
2階席の両脇から奏でられる盛大なオーケストラを背に老人が観客席を割って前に進む。
杖をついてふらつきながら登壇する姿は一見浮浪者と見間違うが、無数の宝石が散りばめられた衣服に十指にはめられた指輪。茶色の長髪にひげを携えた風貌が思わず両手を胸の前で重ねて崇めたくなるような気品を纏っている。
国王が観客席を向くと同時に演奏がぴたりと止む。
先程の歓声は何処へやら、唾を呑むのも憚かられる程の静寂が会場を包み込む。
少しの間をあけて王が口を開いた。
「ワシが国王アレキサンダーだ。」
しゃがれているが耳に残る声だ。
「…ワシは腕の立つ者を欲している。それが今宵決まるのじゃ。皆の者、心して見届けよ。」
国王が手を挙げると観客は再び悲鳴にも似た歓声をまき散らした。
「さあ!それでは選手入場!」
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「貴方が対戦相手ですの?」
「…はい…。ヴァネッサ…と申します…。」
「あら、どうもご丁寧に。私はリアーナ、リアーナ・フランソワですわ!」
ソプラノ声で高笑いを浮かべるリアーナにヴァネッサはうつろな視線を静かに返す。
「あら、言葉も出せなくなりましたか、ま、下民が上級貴族と話す事なんて有り得ない事ですから!緊張するのも無理ないですわね!」
「…脚を広げて天井を見上げながら大きな声を出す…。緊張している時にする仕草と真逆の行動をワザととっていますよね…?一度でも私と目、合わせられませんか…?」
「…フン、薄汚い雌豚と目線を合わせるくらいなら、自ら目を潰した方がマシですわ。」
「…わたしも目潰し…するかもしれませんが、恨まないでくださいね…?」
「ええ!上等ですわ!私も手段は選びませんから!」
リアーナはポケットに忍ばせていた純白の手袋をヴァネッサの足元に叩きつけた。
決闘の申し込み、そして断交宣言である。
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「ふっ…くうっ…!」
「んんっ…はああっ…!」
両者は一気に間合いを詰めて腕を固く組み交わす。
力と力のぶつかり合い、互いに残った手で攻撃を加えようとするが、相手より少しでも気を緩めてしまうとそのまま腕をへし折られかねない。
「いけーーー!」
「おせーーーー!」
膠着状態が続く。
体感無限の時の中で、リアーナの脳内に走馬灯が流れ始めた。
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「お聞きください神よ、我が村がとうとう終わりを迎えそうです。畑は火事で不毛の地。復興資金は底を尽き。嗚呼、どうか我が村カソ・イナーカに慈悲を与えたまえ…。」
「もし、そこのお嬢さん、どうかしましたか?」
振り返るとそこには杖をついた茶髪の神様がいました。
彼の名はアンドリュー、世界各地の教会を巡る神父でした。
「話はよく分かりました。…一つだけ救済の道がございます。」
「ええっ!本当ですか!?」
「近く「舞闘会」という国王アレクサンダーの側室を決める大会が開かれます。側室になれば莫大な財産の一部を与えられる事でしょう。」
大陸を統べる国王の財産…。一部とはいえ並みの価値観では測れないほどの大金に違いない。
「分かりましたわ、私、腕力には自信がありますの。必ず優勝してみせますわ!」
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「絶対に…!負けられませんのーーーー!」
亡国の姫亡国の姫リアーナの全身から熱気が溢れ出ると共に、ヴァネッサの手を少しづつではあるが確実に押し返している。
これは故郷を愛する思いか、もしくは先程口にした筋肉増強キノコの影響だろう。
「このままじゃ…まずい…!」
思わず冷や汗を浮かべるヴァネッサ。
彼女の脳内に走馬灯が流れ始めた。
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「随分と物欲しそうな目をしていますね…ほらっ…!」
バシンッ!
「意地汚い野良犬らしく…!」
バシンッ!
「無様にワンワン鳴いてください…!」
バシンッ!
「う…ワンワンッ!ワオーーーーン!!」
「うるさいっ!」
バシンッ!
言葉責めをしながら人を鞭で叩くだけの仕事。
始めはなんて楽な仕事なんだと思った。
だけどふと我に返る。
「も、もっと叩いてくれぇ~!!」
ああ、わたし、この人達より貧しいんだ。
この人たちはこんなくだらない道楽に浪費する余裕があって、きっと叩くしか能の無いわたしを内心見下しているに違いない。
「不器用で学もない…わたしは一生変態のおもちゃなんです…!」
「そんな事ないさ、君はとても強い子だよ…。そうだ、野良犬のおじさんから一つ良い話がある。」
彼の名前はアンデルセン、世界各地のお祭りを計画するいべんとぷらんなぁ(?)だそうです。
「もうじき「舞闘会」という国王アレクサンダーの側室を決める大会が開かれるそうだ。側室になればお金の心配は無くなる、そうすれば今までお金の為に使った時間を自分の為に使う事ができる。」
都合の良すぎる話だとは思いました。だけど、アンデルセンさんの真っすぐな目は本物でした。
「変化を恐れる者は大成しない、変化を恐れぬ者こそが天に立つのさ。なぁに、君の腕なら大丈夫、なんせ君は私が会った嬢の中で一番力強いからね!」
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「わたしは…!変わるんだぁ…!」
リアーナから受け取った手袋を歯にかませて思いっきり食いしばる。
咄嗟の策が功を奏したかあらぬ方向に曲げられかけていた腕を五分五分まで戻すことが出来た。
「さあさ皆様!1回戦から長時間に渡ってお送りしております側室を決める腕相撲大会、もとい「舞闘会」!試合の行方はまだまだ分かりませんよーーーーー!!!!」
「「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」
司会が、観客が、選手が、様々な想いを胸に咆哮する。
記念すべき第一回舞闘会は朝方まで続いた…。
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「…人は生まれた時にトランプを5枚与えられる。」
暗い部屋の真ん中で老人が座り込んでいる。
手元には杖、では無くトランプカードが無造作に散りばめられていた。
「カードにはそれぞれ役割が与えられておる。時代、環境、容姿、力、そして5枚目は運じゃ。…小さな数字を与えられた者達はいつだって絵札に虐げられる。」
老人は無作為にカードを取り、片手に5枚ずつ振り分ける。
「絵札に勝てるのはAだけじゃ。いくらステータスがKでもAには勝てん。」
老人は静かに目の前の人影に語りかける。
決してボケて一人遊びをしている訳ではない。
「じゃが、時代、環境、容姿、力がAだとしても……。」
老人は右手に持つカードを提示する。
AAAAK、フォーカードの中で最も強い形だ。
「結局その時の運で運命は決まる。あの日の試合はそんな結末じゃった。」
老人は次に左手のカードを提示する。
A2345、ストレートフラッシュ。
左手の勝ちだ。
「ふふ…。」
暗闇の中の人物がクスリと笑う。
「王よ、Aが1枚多いのですが、ツッコんだ方がよろしいでしょうか?」
「ほえ?ま、そんな時もあろうわな…フォッフォッフォッ!」
暗闇の中の人物がカードを提示する。
「♡の10JQK、右端は本来Aですが、ここは代役のジョーカーで…はい、私の勝ちですね。」
「ほ、ほえぇっ…!?ロイヤルストレートフラッシュ…!?」
「確かに、結局強運が正義という事ですね♡」
彼女は誰よりも強運で、腕が立つ女だった。
完