【第九章 そして、祈りは空へ還る】
ユウトの前に立つ“世界を滅ぼす者”は、もはやかつてのような異形ではなかった。
それはまるで、人の形を模した影。ひどく幼くて、ひどく壊れそうで、
——どこか、泣いている子どものようだった。
「まだ、終わらせない……」
「終わらせたくない、んだよな……?」
ユウトはそっと問いかける。
影はうめくように、かすれた声を漏らす。
「怖いんだ……消えるのが……祈りに、負けるのが……」
「だって僕は、“祈っても無駄だった者たち”の集まりだから……」
その声に、ユウトの心も揺れた。
彼自身もそうだったから。祈りを諦めかけ、想いを閉ざしていたから。
「……でもさ。君は、ずっと、誰かの“痛み”を引き受けてくれてたんだな」
その存在が、どれだけ多くの涙を集めていたか。
敗れた選ばれし者たちの祈り。救われなかった想い。忘れ去られた希望。
「だから、もういいよ。君も、終わっていい。君が消えることは、誰かの祈りが届いた証なんだ」
「届いた……のか……?」
「ああ。届いた。君の中にいた、あの人の祈りも。僕が……受け取った」
ユウトがステッキを天に掲げると、そこからまばゆい光があふれ出す。
光はゆっくりと影を包み、溶かしていく。
痛みでも怒りでもない。
それは、赦しの光。
祈りが、祈りとして終われるための、最後の手向けだった。
影が、微かに笑ったように見えた。
——それは、ようやく報われたものの笑顔。
すべてが光に還り、空が澄みわたる。
静かな風が吹いた。
ユウトは空を見上げ、胸に手を当てる。
「君に、届いたかな……」
——そのとき。
柔らかな声が、背後から響いた。
「……届いたよ、ユウト」
振り返ると、そこには彼女が立っていた。
変わらぬ微笑み、けれど以前よりも少しだけ柔らかい表情で。
「おかえり、ユウト。よくがんばったね」
「……ただいま」
言葉が、涙になってあふれ出す。
ずっと伝えたかった想いが、ようやく届いた気がした。
彼女がそっと手を差し伸べる。
それは、再会の証であり——新たな始まりの合図だった。