【第八章 祈りの先で、君に会うために】
黒い影は、静かに揺れていた。
ユウトの言葉を受けた“世界を滅ぼす者”は、わずかにその形を変える。
「……ならば、見せてやろう。おまえの祈りが届かなかった“彼女”の最後を」
ユウトの視界が揺れ、再び記憶の世界が開いた。
そこは、彼女——かつて選ばれし者だった少女が、最後に見た世界。
血に染まった空の下で、彼女は一人、膝をついていた。
目の前にいたのは、今と同じ、“世界を滅ぼす者”だった。
彼女は震えながらも、ステッキを手放さなかった。
「どうして……どうして、私じゃ……届かないの……?」
誰にも聞こえない問い。
誰にも届かない涙。
そして、彼女の胸を貫いたあの刹那——ユウトは確かに見ていた。
あの時、彼女の心の奥には、こんな想いがあった。
『誰か、私の後を継いで。誰か、終わらせて。……できれば、ユウト、あなたが』
その声が、ユウトの胸に刺さる。
「……ごめん。僕は、怖くて逃げた。君に全部、背負わせた」
ユウトは、影の中に一歩踏み込む。
光が溶け、そして彼女の姿が、記憶の奥から、静かに現れる。
彼女は、微笑んでいた。
「ようやく、来てくれたんだね」
「……! 君は、……生きて——」
「もう、私はこの世界にはいない。でも、あなたが私を想い続けてくれたから……ここに来られた」
ユウトは、彼女の前で膝をついた。
言葉にならない後悔と、それを乗り越えてきた思いの全てを、ただ伝えたくて。
「君を忘れなかった。君が選ばれた痛みを、ようやく、ちゃんと見つめられるようになった。今度は僕が……終わらせる」
彼女はそっと微笑み、ユウトの手を取った。
「あなたの中に、私の祈りが残ってる。それだけで、私は救われてるの」
ユウトの胸に、再び銀のステッキが灯る。
でも今度は彼女の手と、自分の手が重なっていた。
「ありがとう、ユウト」
彼女の姿は、ゆっくりと光へと還っていく。
「待ってて。僕がちゃんと終わらせたら——必ず、また……君に会いに行くよ」
その言葉と共に、ユウトは再び目を開く。
眼前に、黒い影。けれどもう、それは“ただの敵”ではなかった。
彼女が遺した“祈り”そのもの。救われなかった、想いの集合。
ユウトは静かにステッキを構える。
「君の痛みを終わらせる。それが僕の選んだ祈りだ」