【第七章 滅びの声を聴け】
世界が静寂に包まれる。
ユウトの前に、“それ”は降りてきた。鳥のような形をしていたはずのそれは、形を失い、靄のような黒い影となって空気に滲んでいた。
——まるで、心の闇を実体化したようだった。
「君が、選ばれし者……か」
声がした。
直接耳で聞くのではなく、頭の中に響くような、無機質で、それでいてどこか懐かしい声だった。
「……お前が、“世界を滅ぼす者”か」
ユウトはステッキを構えたまま、声に向けて言う。
「なぜ滅ぼす? 何のために」
影が、少しだけ揺れた。風のように。
「問いは意味を持たない。私は、世界そのものの“裏返し”だからだ」
「裏返し?」
「光があれば闇があるように。秩序があれば、混沌が生まれるように。選ばれし者が生まれた時点で、私は生まれる」
——世界の裏側。
それは、誰かの祈りの裏に生まれた、嘆き。
希望の裏に潜む、絶望。
「君も、見てきたのだろう。選ばれし者たちがどうなったかを」
「……ああ」
「彼らは戦い、勝った。だがその度に、世界は忘れていった。彼らの名も、痛みも、祈りも。忘れられた祈りは、やがて腐敗し、私になる」
「……それが、滅ぼす理由?」
「私は“拒絶”から生まれた。希望を押し付ける世界に、絶望で応える。それが私の在り方だ」
ユウトは少しだけステッキを下ろす。
敵の言葉に、理解したくないほどの理屈があった。
「なら……どうすれば、君を生まれさせずに済む?」
「祈ることをやめることだ。選ばれし者などいらない。誰もが、ただ傷つき、滅びる。それが“自然”だ」
「……だけどそれでも、人は祈るんだ。諦めずに、生きようとするんだよ」
ユウトは一歩踏み出す。
「祈ることで、誰かを救おうとして。誰かのことを思って、“選ばれた”ことを受け入れてきた。君がその祈りの裏にいるなら、僕はその痛みも引き受けてみせる」
影が静かに震えた。
「ならば、私を倒してみろ。私の中には、すべての裏切られた想いがある。ユナの悲しみも、七代目の絶望も、君自身の逃避も——全てだ」
「……倒すことが救いじゃない。僕は、君と向き合う。逃げずに、最後まで」
ユウトの手に、再び銀のステッキが光を帯びる。
それは武器ではなく、想いの形だった。
「祈りは、裏切られても、また立ち上がる。君がその痛みを象るなら、僕はその祈りを——何度でも掲げるよ」
影の中から、一つの目が現れる。
それは、確かに“泣いていた”。