【第六章 記憶の淵にて】
ロノウェの言葉と共に、再び光が収束し、ユウトの足元から世界がほどけていく。
見覚えのある風景が広がった。だが、それはただの既視感ではない。確かに“自分の記憶”の奥底にあったものだ。
遠くで、子どもの笑い声が聞こえる。木造校舎、昼下がりの光、どこか懐かしい風の匂い。
ユウトはまだ小さかった。隣には一人の少女がいた。
「ユウト、もし世界が終わるとしたら、どうする?」
「んー……終わらないって思う!」
そう無邪気に笑う少年の自分。隣の少女は静かに微笑んでいた。
「じゃあ、ユウトが選ばれし者になったら?」
「えー? それってヒーロー? やってみたいかも!」
「そっか……きっと、向いてると思うよ」
その少女の顔が、ぼやけたまま見えない。
「誰だ……彼女は……?」
ロノウェが、背後からぽつりと言った。
「君はかつて、選ばれそうになった。でも、拒んだんだ」
「……拒んだ?」
「うん。“彼女”にその座を譲った。“自分より彼女の方が強い”と、君が願ったから」
世界が一瞬、赤く染まった。遠くで、あの日見た“黒い綿あめ”のような影が空を覆っていく。
次に見えた記憶は、夕暮れの坂道。血だまりの中で、少女が倒れていた。
そう、最初にユウトが見た——あの少女だ。
「……彼女は、僕が……代わりにしたんだ」
ユウトは膝をつく。思い出してしまった。
自分は選ばれるはずだった。だが、選ばれることを恐れた。
だから、“彼女ならきっとやれる”と、無意識に願った。
そして願いは届いた。
彼女は選ばれ、戦い、そして——倒れた。
「でも君は、選ばれなかったことで、彼女の死を“見た”」
「……見て、何もできなかった」
ロノウェがそっと寄り添う。
「だから君が“最後の選ばれし者”になった。最初に選ばれなかった者、最も遠くからそれを見ていた者が、最後に立ち上がるんだよ」
ユウトは、目を閉じた。
静かに、深く、呼吸を整える。
過去の選ばれし者たちの祈り。彼女の戦い。自分の逃げた過去。
すべてを抱きしめて、今なら……戦える気がした。
光が収束し、ユウトの右手に、かつて彼女が握った銀のステッキが現れた。
その柄には、見覚えのある花の紋章。あの日、彼女が倒れる直前に握っていたものだ。
「……準備は、できたよ」
ユウトが立ち上がると、空が鳴った。
暗雲の向こうから、あの**鳥のような“世界を滅ぼす者”**が、再び姿を現す。
「じゃあ、行こうか。これは君の戦いだけど、君はもう、一人じゃない」
ロノウェが、ぴょんと跳ねた。
「みんな、君の中にいる」
ユウトはステッキを構える。
“最初に選ばれなかった者”が、“最後に選ばれた者”として、ようやく歩き出した。