【第三章 境界の扉】
ロノウェが先導する土手の道を、男は黙って歩いていた。
夜風が冷たい。だが、胸元に触れる銀のペンダントはじんわりと温かい光を放っている。
「なぁ、ロノウェ」
「うん?」
「“向こう側”ってのは……彼女がいる場所か?」
「……そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。彼女はもう、今の世界にはいない。でも、まだ“記憶”は残ってる」
「記憶……?」
「境界の扉を通れば、君は“選ばれし者の記憶”を継承できる。彼女が見たもの、感じたこと、迷い、決意、後悔も……全部だよ」
男は足を止めた。ペンダントの光がわずかに強まる。
「つまり俺は……彼女の遺志を継ぐってことか」
「うん。君だけがそれをできる。“世界を滅ぼす者”は進化を始めてる。もう、選ばれし者の記憶がなければ立ち向かえない」
「それって……」
「そう。君は最後の選ばれし者になるかもしれない」
静かに、地面が震え始めた。
ロノウェが見上げた先、古びた神社の奥、竹林の向こうに——裂け目が現れた。夜空に浮かぶ傷跡のように、そこから光と闇が交錯する。
「……あれが、境界の扉か」
「うん。覚悟はできてる?」
男は深く息を吸って、吐いた。
「名前、教えてなかったな。俺は橘ユウト」
「わかった、ユウト。君の物語が、ここから始まる」
裂け目の向こうから、誰かの声が聞こえた。
それは少女の声だった。
——「ユウト……あいつを、止めて……」
ロノウェが小さく呟く。
「……“あいつ”とは、もしかすると——」
ユウトは裂け目へと、ゆっくりと足を踏み出した。