5話 あーくんは、変態さんが好きですか?
「ありがとうございましたー! またのご来店をお待ちしておりまーす!」
店員さんの声を背に、俺と保野さんはコンビニから出る。
右腕は彼女に抱かれ、ゼロ距離でべったりだ。
非常に歩きづらいし、なんとなく周りからも見られてる気がする。
多分カップルだと思われてるんだろう。
それは嬉しい。
嬉しいんだけど……。
「う、嘘だろ……? なんでTシャツ系の服が何も無いんだよ……おかしいだろ……」
俺は、一人頭を抱えていた。
不気味な笑みを浮かべている保野さんとは対照的だ。
もうほんと、これどうしよう。
マズイことになったよマジで……。
コンビニってなんかシャツみたいなものあると思ってたのに……なんで無いの……?
「うぇへ……! へへ……! うぇへへへへへ……! これで私はあーくんの服を着るしかなくなりました……! やった……! やった……! えへへへへへぇ……!」
「っ……!」
「さぁ、あーくん……? おうちへ帰りましょう……! 私には……何を着させていただけますか……?」
相変わらず悦んでる時は「はぁはぁ」と息が荒い保野さん。
夜だから暗くてよく見えないけど、きっと目の色もやばい人特有の濁った色をしてるはず。
これで見た目だけはとんでもないくらい美少女なんだからズルい。
作ってくれる料理も美味しいし、甘えてくる時の声も可愛いし……変態じゃなかったらどれだけ良かったか……! く、くそぅ!
「……なんて思いつつ、その変態性さえもどうでもよくなってくる日が近そうなのもまた……」
「ふぇ? へ、変態さん? あーくん、彼女には変態さんになってもらうのをご所望ですか?」
「んぇ!?」
さっそく何言ってんだこの人は。
俺は速攻で「いやいや!」と手を横に振る。
「変態さんになってもらわなくてもいいし、まだ保野さんは彼女でも何でもないですからね!?」
「……♡」
「……?」
ちょっと待って。
否定したはずなのに、なんか嬉しそうにニコニコして体を横に揺らし始めたぞ、このストーカーさん。
「えへ……へへ……えへへへ……『まだ』ですよね……! 『まだ』……! んぇへへへへ……♡」
「あっ……!」
時すでに遅し。
やってしまった、と気付く。
慌てて前言撤回しようとするも、嬉しそうにする保野さんを見てると強く『違う』とも言えなかった。
俺は頭を掻き、自分の顔が猛烈に赤くなってるのを実感する。
今が夜で本当によかった。
この顔の赤さを彼女に悟られれば、余計に何を思われるかわからない。
悶え声を小さく上げることしかできず、俺は穴に入りたい気分で保野さんと一緒に並んで歩く。
彼女は、さらにそんな俺へ追い打ちをかけるように横から身を寄せてきた。
もう本当に許して欲しい。
ストーカーを成敗しようとしてたのに、今じゃ完全にカウンターを食らった形だ。
どうやら俺はこの人に勝てそうにない。
そんなこと、悔しいから絶対口にしないけど。
「あーくん、あーくん……?」
「……な、何ですか……?」
「私、頑張りますね……? あーくんのおうちで、あーくんのご指導をちゃんと受けて、ストーカーから恋人になろうと思います……応援しててください……」
「っ……!」
だ、ダメだ。
こそこそ、と囁き声で言われてしまい、俺は情けなく頭を縦に小さく振るしかなかった。
監禁してやる!
なんて強気な姿勢はいったいどこへ行ってしまったのか。
そんなの、俺が一番聞きたいくらいだ。
俺は今日、ストーカーに敗北しそうなのを薄らと自覚するのだった。
●○●○●○●
とまあ、そんなこんなでなんとか家に戻った俺たちは、さっそく今から着る服をどうするか話し合うことにした。
「あーくんっ……! 私、これがいいですっ……! 今宵はこの装いであーくんにお供させていただきたいですっ……!」
「ななな、何言ってんですか! そんなの装いって言うわけないでしょう!? ほ、ほとんど全裸じゃないですかぁ!!!」
透き通るように白い素肌がこれでもかというほどに見える恰好。
後ろから見れば背中とお尻はほぼ完全に露わになっていて、前はどうにかこうにか隠せている状態。
裸エプロン。
そう。
保野さんは、俺がたまたま実家から持ってきていたエプロンをセレクトし、それを今夜の寝巻きにしようとしていた。
もういったいどこからツッコんでいいかわからない。
凝視しちゃいけないのは当然なので、顔を手で覆って抗議する。
一応、目の部分は空けて、だが。
「料理はもう作ってくれましたよね!? それ、着る必要どこにもないですよね!? てか、どうせ着るんならさっきでしょうし!」
「違いますよ、あーくん……! 料理を作る時だけではありません……! この装いは、いわゆる主様に対する服従・完全ご奉仕の意思を表すものなんです……! 神聖なものなんです……! なので、これ以外は考えられません……! 私は今日、この姿であーくんにいっぱいいっぱいご奉仕させていただきますっ……!」
「い、いや、でもっ……!」
否定しようとするが、歩み寄ってきて一生懸命目で訴えかけてくる保野さんに気圧される俺。
たわわなお胸も相まって、そのおかし過ぎる道理を拒めない。
どこに目を向けていいのかすらわからない。
鼻血が出そうだった。
本当になんなのこの絵面。
裸エプロンを着た、黒髪の綺麗な超絶美少女に部屋の隅まで追いやられ、しどろもどろになってる。
情けないという言葉以外出てこない。