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何故か進まない…

 俺たちはまた、手の平サイズの四角い枠が描かれているシートの前にしゃがみこんでいた。

 なんでだろうか…

 おかしなことに、全然、話が進まない…

 不思議だ。

 とりあえず、俺が中央、魔王が左、アイラが右だ。

 

 「で、ここに小さい四角形があるだろ?」

 「あるのじゃ!!」

 「ここにな、手を置いて魔力を…ッたぁ!!」

 

 ピリッとした痛みが右手の前腕に走る。

 その箇所をすぐさま見てみると、誰かの…アイラの手が伸びてきていた。

 アイラのその手が、俺の皮膚の皮を掴んでいる。

 どうやら力強くつねられたらしい。


 「勇者、どうかしたのじゃ?」

 「いや、アイ…ッ!!」


 またつねってくる。

 

 「のじゃ?」


 魔王が俺のちょっとした異変に気付く。

 だけどアイラから耳元で小さく…

 

 「いいから続けて…」

 「はい…」


 すごく怖かった。

 逆らったらおそらくは、まためいいっぱいに…

 怖い…

 そう思うと同時に、さっき魔王から『うるさい』と言われてしまったのも関係があるのかもしれない…

 とりあえず、すごく怖かった…

 

 また四角い枠に手を置く。


 「ここに魔力を込めると…ッ!!」

 「込めると、何?」

 

 また痛みが走る。

 だけどすぐさまアイラの声が聞こえて来て、何も言う隙を与えてもらえない。

 

 「はい…。あの~…」


 そろ~りと、アイラの顔を覗いてみる。

 するとすぐにアイラと目が合った。

 すごく楽しそうな笑顔で俺を見てきている、アイラと目が合った。

 ほんと、楽しそうな笑顔な…

 

 「…込めると…ッ、家が…出来ます…」

 「おぉ~っ!!家が!!」

 「ふふふ…」


 魔王からは感嘆の声。

 そしてアイラからは、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


 「なー勇者。」

 「ん?ッ!!」


 またやられる。

 

 「賢くてレディな妾は、さっきから思うのじゃ。お主、さっきからしゃべり方が…。のじゃ…?」


 魔王は不思議そうに俺の顔を覗いて来て、そして何かに気づいたのか、ゆっくりと視線を下に下ろした。

 右腕の辺りへと…

 魔王はそのまま、視線を俺の前腕の辺りへと向けたままで…


 「お主ら、何をしておるのじゃ?」

 「ん?これはね、ちょっとしたお…

 

 魔王の問に、アイラは弾んだ声で回答を口にしていく。

 だけど魔王が途中で…

 

 「あーっ!!分かったのじゃ!!賢くてレディな妾は分かったのじゃ!!」

 

 アイラの言葉を遮って、魔王は大声を上げた。


 「…しおき…。は、うざっ…」


 魔王に上から塗りつぶされて意味がなくなってしまった言葉と、その後のワントーンくらい低い言葉を、俺の耳は拾っていた。

 

 うん、スルーしよう。

 そうしとこ。


 もちろん、魔王がそんな細かいことに気づくはずもなく、俺たちに向かってニマニマとした視線を向けてくる。

 そしてさらに、表情だけでなくうざったい声までつけ足して…

 

 「それはなのじゃ、お主ら、イチャイチャなのじゃ?イチャイチャなのじゃっ??」

 「はっ!?違うわよ!!」


 アイラが素早く否定した。

 でも魔王はさらにしつこく…

 

 「でもじゃ、賢い妾は知っておるのじゃ!!人はイチャイチャするのをじゃ!!イチャイチャとは、人のオスとメスとが気持ち悪く触り合うことなのじゃ!!つまりじゃ、さっきのお主らは、つまり、イチャイチャを…

 「してない!違うわよっ!!というか何よ!!気持ち悪くって…!!」


 少し頬を赤らめながら、アイラはきっぱりと否定した。

 

 「気持ち悪いは気持ち悪いのじゃ…。でもそうなのじゃ?でもさっき…

 「違うったら違うのっ!!」

 「そう、なのじゃ…」


 魔王がどこかつまらなそうに言葉をこぼした。

 一応俺の口からも聞きたかったのか、こっちも向いてきた。


 「そ。違うぞ?」

 「はぁ…。なんじゃ。そうなんじゃ…」


 やっぱり魔王はつまらなさそうだった。


 「そーそ…痛っっ!!」


 何故かアイラにつねられた。

 すぐにアイラの顔を見る。

 すると、何故かアイラはむすーっとしていた。


 「なんでっ!?」

 「なんかむかつく…」

 「なんかって何!?ひどくないっ?しかも自分で違うって言ってたのに…!!」

 「違うは違うわよ?でもね、そんな普通に言われるのはなんかむかつくのっ!!もっとこう、少しは照れながら言うとか…」

 

 あれか…?

 もしかして、女の魅力がどうたらこうたらってやつ…

 でも…


 「いや、照れながらとか、そんな器用なことできないんだけど…!!」

 「そこはこう…頑張るというか…」

 「頑張る!?頑張るって何っ!?頑張ったらできるもんなのっ!?」

 「…ッ!!うっさいわね!!そんな知らないわよ!!」

 「知ら…

 「でもそれくらい、頑張りなさいよ!!」


 もう無茶苦茶だった…

 ならもういっそのこと…

 

 俺は魔王へと向き直る。

 そして…


 「俺たち、イチャイチャ…ったッ!!」


 またつねられた。


 「それは、してないっ!!」

 「こっちの方が早いのに…」

 「早いって何よ!!」


 グイッ…!!

 

 「ッ!!痛っ…!!」


 痛かった…

 つねられた皮膚が痛かった…

 

 つねるアイラ。

 つねられる俺。

 そこへ魔王が…


 「お主ら、やっぱり…イチャ…

 「違いますっ!!」

 「そう、違う…。これっ…、これはただ、イジメられてるだけ…

 「イジメてないわよっ!!」

 「ッ…。はぃ…」


 つねってる指…

 今まさにつねってきている自分の指を、俺はアイラに見てもらいたかった…


 「なー、お主ら…?」

 「何っ!!」

 「いやそのじゃ…、家…はしないのじゃ?」

 「あっ…。するわよ?」


 アイラはそう言った瞬間、つねってきた指をようやく離してくれた。


 「ッ~~…」


 痛すぎる痛みを紛らわすため、意味があるかは分からないが、俺は逆の手でつねられた箇所をさする。

 気休め程度にはなっている気がする。

 でも俺はこの時初めて、魔王を飼いだしたことに感謝したかもしれない…

 

 「なー、モーア。」

 「ぬっ…」


 魔王は一瞬だけ顔をしかめる。

 やっぱり、そう呼ばれる違和感が強いのだろうか…


 「で、どうしたのじゃ?」

 「いや、ありがとな。」

 「ぬっ…。なん…

 「だから今日、やっぱりお昼出してやるよ…」

 「お昼っ!?やったーっなのじゃ!!やっ…。なぁお主、少し聞きたいのじゃが…」


 喜んだと思ったら、何故かすぐに魔王は落ち着いて微妙そうな表情を向けてくる。

 

 「ん?」

 「今日妾、お昼抜きだったのじゃ?抜きだったのじゃ!?」

 「えっ…?うん…、少し前にそう言っただろ?だからその予定だったけど…。でもつけてやるよ。お礼に…」

 「言ってたのじゃ、確かに…。でもあれ、あれは本気だったのじゃ…」

 「そ。本気だった。でもまぁ、今回はつけてやるよ。」

 「そ、そうなのじゃ…?それは…良かったのじゃ…」


 魔王はすごく微妙そうな表情をしていた。

 

 「でじゃ、お礼…。それは何のお礼なのじゃ?」

 「なんのって…」


 俺は一瞬だけアイラの顔を見てから…


 「悪魔か…

 「誰が悪魔よっ!!」

 「痛ッ…!!」


 またつねられてしまった…


 「お主ら、まだやるのじゃ…」


 あの魔王に…

 まさかのあのおバカな魔王に、呆れられたように言われてしまった。




 悪魔のイタズラもようやく落ち着いたため、俺たちは家を再開する。


 「じゃー、早速…いや、いい加減やるか…」

 「もー、早速でもなんでもないもんね。」


 俺が言い直した言葉へ、アイラがツッコんでくる。


 「誰のせいだよ…」

 「ん?ふふっ…。さー?私じゃないことは確かね。」


 アイラが楽しそうに言ってきた。

 

 「どの口が言ってんだよ!どの口が…!!この…悪魔っ!!」

 「悪魔!?今私のこと悪魔って言った!?」

 「言ったけど?」

 「へー。そんなこと言うんだ~。」


 ジトッと、アイラが見つめてくる。

 それに少したじろいでしまう。

 その隙にアイラは俺の頬へと手を伸ばしてきて…、頬を掴んできた。


 「この口ね!!そんなひどいことを言うのは!!」

 

 グイグイと、アイラが掴む指に力を籠めてくる。


 「痛い…!!アイラひゃん、痛い…!!です…」

 「痛くていいのよ!お仕置きなんだから!!」

 「お仕置き…!?ただの暴力の間違い…痛ッ…!!」

 「暴力じゃないですー。お仕置きですー。ふふっ、変な顔。」


 掴まれた指に俺が痛がるのを、アイラは楽しそうに見てくる。

 時折笑顔までこぼして…

 これが悪魔じゃないなら、何が悪魔だというのだろうか…


 グイグイ…

 ほんの少しばかり、つねられる時間が続いた。

 そこへ、悪魔じゃなくて魔王も割ってはいてきた。


 「なー、なーじゃ、おなご…」

 「ん?」

 「それ、楽しいのじゃ?楽しいのじゃっ??」


 興味津々の魔王…

 正直、嫌な予感しかしてこない…


 「楽しいわよ?ものすっごく…!!」

 「ひどい…」

 「なんか言った?」

 「ひどい…」

 「この口か!!そんなことを言うのわ!!」


 そう言った後、またアイラは楽しそうな表情を浮かべながらつねってくる。


 「いふぁい…、いふぁいって…」

 「ふふ…」


 笑顔をこぼすアイラ…

 そしてやっぱり痛かった…

 

 「お~!!お~っ…!!」


 そんな声が魔王の口からこぼれる。

 期待のこもった瞳で、自分もやりたそうに身体をうずうずとさせている…みたいだった。

 

 「やる…!!妾もやるのじゃっ!!」


 そう宣言した後、魔王も俺の頬へと手を伸ばしてくる。

 宿す瞳は、女の子がスイーツに向ける目だろうか…

 ものすごく楽し気にキラキラとさせている。


 「ぬふふふ…。勇者め、思い知るのじゃ!!毎日毎日、賢い妾のこと、さん…。さん…。ば、バカにしおって…!!これはその…せい…、せい…。まっ、まぁいいのじゃ!!いくのじゃ!!妾もやるの…


 いつものように、言葉が出てきてなかった…

 そしてまさに、俺の頬へと魔王の魔の手が触れようとしたその瞬間、俺は言葉を発する。


 「やったら、ご飯抜きな?」


 ピタッ…!!と、魔王の手が止まった。

 グギグギと壊れかけの機械のように、ぎこちなない動きで魔王の顔が上がってくる。

 困惑顔の魔王と目が合った。

 だからもう一度…


 「やったらご飯抜きだからな?」

 「なっ…、なんでじゃ!!なんでなんじゃ!!おなごはやってるのじゃ!!なのになんで妾はダメなのじゃ!!なんでなんじゃ!!」

 「え、腹立つ。」

 「なんじゃ!!なんなのじゃ!!腹立つとは…!!」

 「腹立つは腹立つだろ…」

 「そんなことを聞いてるんじゃないのじゃ!!妾は、なんで…、なんで…!!ぐのぉぉーっ!!」


 言葉にできなかったからか、魔王が急に雄たけびをあげた。


 「大丈夫か?…

 「だいじょ…

 「頭。」

 「…うぶ…。大丈夫…、頭…。もしかしてじゃ、また…。また妾のことをバカにしてるのじゃ?そうなのじゃ!?」

 「え、うん。だって、バカがバカを発揮させてたから…」

 「のじゃ?」


 何故か魔王が急に頭を傾げた。


 「はっき…?とは何なのじゃ?」

 「あーすまん。分かるわけないよな?これは俺がバカだったわ。」

 「そうじゃ!!お主はバカなのじゃ!!」

 「はっ…!?」

 「でじゃ、はっき…とは何なのじゃ?どういう意味なのじゃ?」

 「あー、その人…とか物らしさが出てくることだな。」

 「つまりどういうことなのじゃ?」


 また魔王が首を傾げてくる

 伝わらなかったらしい…

 俺は魔王を指さして…


 「バカ。」

 「ぬわっ!?またじゃ、またなのじゃ!!また妾のことをバカと言ったのじゃ!!いいのじゃ!!もういのじゃ!!一回くらい、お昼を抜いたっていいのじゃ!!妾も、妾もお主を引っ張ってやるのじゃーーーっ!!」


 魔王が怒りをたぎらせた瞳で睨んでくる。

 そして一度は引っ込めた手を、もう一度俺の方に向かわせてくる。

 段々と、ニマニマとし始める魔王の頬。

 もうすぐ俺の頬に手が届く…その瞬間、俺はまた言葉を口にした。


 「一回とは言ってないからな?」


 またピタッと、魔王の手が止まった。


 「ど、どういうことじゃ?」


 戸惑いながら聞いてくる。

 

 「ん?俺別に、ご飯を抜くのは一回だけとは言ってないぞ?って…」

 「つまりはどういうことなのじゃ?」

 「抜く回数は、俺の気分次第だな…」

 「気分次第…。気分…次第…。ということはじゃ…」

 「そ。下手したら一週間とか…。永…

 「ぬわっ…!?」


 驚きが強かったのか、俺の言葉の途中で、魔王は間抜けそうに大きく口を開いた。

 そしてすぐに、自分の頭を両手で抱え、空を見上げながら…


 「のわーーっ!!!一週間…!!一週間なのじゃ!?無理じゃ!!そんなの無理じゃ!!我慢できないのじゃ!!でも、でもじゃ!!妾もやりたい!!勇者へやりたいのじゃーーっ!!」


 叫び声をあげた…かと思いきや、頭を抱えたままで、次は深刻そうな表情で下へと俯く。


 「やりたい…。でもじゃ。ご飯抜き…。ご飯抜き…なのじゃ…。それは嫌…じゃ。でもじゃ、やりたいのじゃ。やりたいのじゃ…!!でも…」


 急な独り言が始まった。

 

 そんなに迷うことなのだろうか…

 普通なら、ご飯一択な気がするが…

 まぁ、魔王の考えることだし、俺には分かんないか…


 何故か面白いから、俺は魔王の動向を見守る。

 すると急に…

 グイッ…

 また再度アイラからつねられた。


 「痛っ…!!」

 

 アイラの方を向くと、すぐにアイラと目が合う。


 「少しくらい、やらしてあげてもいんじゃない?」


 アイラがそんなことを言ってきた。


 「なんかさ…」

 「ん?」

 「その言い方、嫌。」

 「えっ…?…、あっ…!!つねらしてよっ、つねらしてっ…!!でもいいじゃない!!少しくらい、つねらしてあげても…!!」


 少し頬を赤らめながら、アイラがそう言ってくる。

 でも…


 「嫌。」

 「えっと、なんで?」

 「なんかさ、アイツにやられるの…、あんなバカにやられるの、プライドが許さない…」

 「プライドって…、はぁ…。お子ちゃまね。アンタも…」

 「うっさいなぁ…」

 「でも私はやってるじゃない?私ならいいわけ?」

 「え、うん…」

 「えっ…?」


 アイラの頬が少し赤く染まった。


 「な、なんで?」

 「だって…」

 「うん…」


 アイラは頬を赤らめたまま、小さく頷いてくる。

 

 「そうしたら…」

 「そうしたら?」

 「また厄介ごと頼めるじゃん?」

 「はっ…!?」

 「こうやってたまにやられてるとさ、昨日みたいに魔王押しつけても心痛まないし、だからちょうどいっかなーって…痛っっ…!!!」


 またアイラがつねってきた。

 それも、今までの中で一番強く。


 「えっ…?なんで?」

 「なんでじゃないわよ!あーもう死ね!!ほんと死ね!!一度死んどけ!!!」


 怖い表情をしたアイラから、そんなことを言われてしまった…

 

 そして俺たちの横では…


 「ぬわぁぁぁぁぁぁ!!!妾はどうしたらいいのじゃぁぁぁぁっ!!!!」

 

 魔王がまだ頭を抱えていた。


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