7 踊りの練習なんて耐えられない (ヴィンセント視点)
舞踏会の準備が近づいていた。
王都で最も評判の高い
デザイナーと宝石商を呼びつけた。
もともと用意周到な方だと思うが、
今回は特に慎重に準備を進めている。
レナがデビュタント以来初めて
舞踏会に参加するからだ。
彼女のさらさらとした艶やかな銀髪と、
晴れた日の空のように
澄んだスカイブルーの瞳にぴったりのもの。
俺は深いコバルトブルーのドレスを選ぶことにし、
デザイナーにその旨を伝えさせた。
銀と金の刺繍を施し、
レナの持つ繊細な美しさを引き立たせる。
ドレスに合う宝石も、
宝石商に特別に用意させた。
「レナ様には、最高のデザインを提供させていただきます」
と自信に満ちたデザイナーが笑顔で話し、サンプルを見せてきた。
「銀の刺繍は控えめでいい。
もっと繊細にして控えめにしろ。
レナの美しさが引き立つように
ドレスが目立ちすぎないでくれ。」
と、俺は細かい指示を出した。
レナは俺の横で少し困ったように微笑んでいた。
「お兄様、そこまでしなくても……」と
俺をたしなめようとしている。
しかし今回ばかりは譲れない。
デザイナーや宝石商が次々に提案を持ち出すと、
彼女も興味深そうにそれらを見つめ始めた。
記憶を失っているせいか、
何もかもが新鮮に映っているのかもしれない。
俺はレナがそのドレスを着る姿を想像し、
心が高鳴るのを感じた。
しかし同時に、
彼女が舞踏会に出席するということは、
再び社交界に足を踏み入れることを意味する。
それは、誰かの目に留まり、
恋に落ち婚約という未来が訪れる可能性があることも意味している。
それは、俺にとって複雑だった。
「この宝石はいかがでしょうか。レナ様にぴったりだと思います」
と、宝石商が見せたのは、ドレスにぴったり合うプラチナの金具に
大きなダイヤとサファイアが輝くネックレスだった。
俺はしばらく考え、頷いた。
「もう少し金具部分にダイヤを足してくれ。」
と指示を出すと、レナが何か言いかけたが、
俺の顔を見て口を閉ざした。
レナのドレスと宝石が決まったことで少し安堵していると、
今度はデザイナーが俺のタキシードも新調するか尋ねてきた。
俺はいつものもので良いと思っていた。
しかしもしかしたらレナに同伴できる最後の舞踏会になるかもしれない。
そのために最後の思い出として新調しても悪くはない。そう考えていると、
レナが目を輝かせて
「お兄様のタキシードは私が選んでも?」
と言ってくれた。
俺は驚きつつも、胸が高鳴った。
「俺の服を選んでくれるのか?」
と尋ねると、
レナは嬉しそうに
「はい、もちろん。私のものはお兄様が選んだでしょう?
だから私もお兄様のものを選びたいんです。」
と微笑んだ。
彼女が選んだのは、
俺のタキシードとレナのドレスが
ペアリングされるようにデザインされたものだった。
コバルトブルーに銀の刺繍が施されたシンプルなデザイン。
他にも流行のものやシンプルな
ものもあったはずなのに、
レナは自分のドレスに合うものを選んでくれた。
ただのコーディネートだと言い聞かせながらも、胸は高鳴った。
「お兄様、このタキシードとても素敵ですわ。
きっとお兄様に似合います」
と、レナが微笑む。
「そうか、気に入ったならそれでいい」
と短く返す。彼女の澄んだ瞳に見つめられるたび、心が騒ぎ立って仕方がなかった。
デザイナーとの商談が終わると、
俺は少しほっとした。
頭が重く感じたのは、
疲れがたまっているせいだろう。
そんな俺を気遣うように、レナが提案してきた。
「お兄様、お茶でも飲んで休みませんか?」
俺は頷き、メイドに居間にお茶を用意させた。
レナと二人で腰を下ろすと、
彼女の無邪気な笑顔が俺の疲れを少しずつ癒していくのを感じた。
「ドレスが届くのが楽しみだな」
と俺が言うと、レナは
「私はお兄様のタキシード姿が早く見たいですわ」と返してくれた。
その言葉にどう反応すべきかわからない。
俺の姿を楽しみにしてくれているのか?
なぜ?
いや深い意図はないだろう。
「そういえば、舞踏会ではダンスがあるぞ。お前、大丈夫か?」
と話題を逸らした。
「おぼえているか少し不安ですわ。
この前アインに少し教えてもらいましたが、
大きな舞台で踊った記憶がありません……。
もしよれけばお兄様がダンスを教えていただければ嬉しいのですが……」
レナとダンス……
デビュタント以来だ。
あの時はレナが近くにいることにドキドキしてしまって、全くダンスに集中できなかった。
その時のことを思い出して一瞬躊躇したが、
レナの頼みを断りたくない。
それにレナに近づきたい。
その思いが勝った。
俺は立ち上がり、彼女の手を取り、
部屋の中心の開けた場所にエスコートした。
そして軽く踊り始めたが、わずか30秒ほどで心臓が破裂しそうになった。
彼女の手が俺の手に触れるたび、
彼女の澄んだ瞳が俺を見つめるたび、
彼女の髪があたるたび
彼女の体が近くなるたび、
心の中で何かが大きく揺れ動いていた。
「舞踏会までに昔の講師を呼んでおく。
俺は……疲れた」
と言い捨てて部屋を出た。
レナの無邪気な笑顔と、
彼女の手の温かさが俺の体に残っていたが、
それにときめいてしまう自分を嫌いになりそうだった。
気持ちを切り替えるために、俺は仕事をしようと足早に執務室へ向かった。
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