38 世界でいちばんのお姫様
その日の朝、
私は目が覚めると同時に
胸が高鳴るのを感じた。
今日はいよいよ、
お兄様と二人きりでボートに乗る日。
昨夜は何度も目が覚めてなかなか眠れなかった。
お兄様に想いを伝えようと決意していたものの、
今になってその緊張が一気に押し寄せてきているような気がした。
「今日は大事な日……失敗はできない……」
自分にそう言い聞かせても、
胸の中で渦巻く不安が消えない。
朝からお風呂に入り、上がると
いつも通りにアニーが支度をしてくれる。
「レナ様、今日はいつも以上に緊張しているご様子ですね」
とアニーが微笑えむ。
「そ、そうかしら……?
そうなの。なんだか落ち着かなくて。」
私はアニーに素直な気持ちを吐露した。
彼女はそんな私を見て、
優しく微笑んだ。
「今日は特別な日ですからね。
今日はとっておきのお洋服を用意しておきました。
公爵領で1番有名なデザイナーに、
レナ様のイメージで作っていただいた白のドレスです。
今日はシンプルですが上品なデザインで、ヴィンセント様もきっとお気に召しますよ。
メイクとヘアメイクも今日はばっちりにしますね。」
言われるがままに
顔をぎゅうぎゅうとマッサージされ
保湿され
髪の毛に櫛を通され
メイクとヘアメイクを手際よくしてくれる。
そんな中で頭の中はもうお兄様のことばかりだった。
私と二人きりの時間を過ごすお兄様が、どんな風に私を見ているのか――
考えれば考えるほど、胸が苦しくなる。
最後にドレスアップをしてもらった。
ドレスを着た自分の姿が鏡に映ると、
アニーが満足げに「これなら完璧です」
と頷いた。
相変わらず別人のような自分が
鏡に写っていた。
アニーのメイク力は計り知れない。
もはや毎回腕が上がっている。
私がまだ緊張しているのをみると、
「レナ様、大丈夫ですわ。
ヴィンセント様はきっとレナ様の想いに応えてくださいますよ。」
とアニーは微笑んだ。
アニーの言葉に少し勇気をもらい、
私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとした。
「ありがとう、アニー……なんでこんなに緊張するのかしら。」
「それは、レナ様が大切な方と大事な時間を過ごすからですよ」
アニーは私が何を考えているのか、きっと気づいている。
だからこそ、優しく背中を押してくれているのだろう。
「レナ様、準備は整いました。お兄様がお待ちですわ」
その言葉を聞いて、いよいよだと覚悟を決めた。
鏡の前の自分に向かって「頑張れ」と小さく呟く。
私は部屋を出て、庭園を通り抜けて湖へ向かった。
湖のほとりに着くと、
そこにはすでにお兄様が待っていた。
いつも通り……かと思ったが、何かが違う。
お兄様もどこかそわそわしているように見えた。
この前のお風呂上がりの件をまだ申し訳なく思っているのだろうか?
お兄様に近づくたびに、
心臓がドキドキがはやまった。
「お兄様……」
声が震えてしまう。
お兄様は私に気づき、
ゆっくりとこちらを振り返った。
「……準備はいいか?」
お兄様も少しぎこちない様子で、
私に声をかけてくれた。
私は大きく頷き、お兄様のもとへと歩み寄った。
ボートに乗ったあと、
お兄様と二人きりで穏やかな湖の上を進むと、胸が高鳴っているのが自分でもわかった。
静かな水面にゆっくりと揺られながら、
私はお兄様の隣に座っていたが、
普段のように話しかけることができなかった。
「ボートに一緒に乗るのは初めてだな」
と最初にお兄様が話しかけてくれた。
「そうですね……」
そう返すだけで精一杯だった。
お兄様はどこか遠くを見つめていたけれど、
その表情はなぜかどこか少しいつもと違っていた。
「小さい頃はレナはよくボートに乗っていたな。
一緒に遊んであげればよかったな……そうすれば今以上に思い出ができたのに。
けどあの頃の俺は今以上に忙しくてそんな余裕がなかったんだ。」
急に真剣な声色で話し始めたお兄様に、
私は少し驚いた。
お兄様の言葉は重く、
なぜか少し悲しそうだった。
「両親が亡くなったあの時、
両親から引き継がなければならない仕事に忙殺されて心がまいっていた。
両親が一度にいなくなるというショックもあって、
正直、どうやって毎日を乗り切っていたのかも覚えていない。」
その言葉に、私の心臓がぎゅっと
締め付けられるようだった。
お兄様がどれほどの苦労をしてきたのか、
私もそばで見ていたからだ。
「……あの時、俺を救ってくれたのは」
「レナだった」
その言葉に、私は目を見開いた。
「レナが毎日早く起きて、
僕の枕元に花を添えてくれていただろう。
あと俺の好きな茶や菓子も。
本当に本当に嬉しかった。
毎日執務室をちょっとのぞいてくれたり、
食事を一緒に取ろうと誘ってきたり
たくさん食べているか確認してきたり。
幼い君が、まだ君も悲しみの中にいたはずなのに、俺のことを気にかけてくれていたんだ。
お兄様の視線は私に向けられていたけれど、
その瞳はどこか遠くを見つめているようだった。
「俺はいい兄ではなかった。
腹違いの君を母があまり…よく思っていないのがわかって、距離をとっていた。
今思うと本当に浅はかな行動だったと思う。
それなのに君は苦しんでる俺を気にかけ、
優しく接してくれたんだ。
そんな君の優しさが、本当に救いだったんだ」
お兄様の言葉が静かに胸に響いた。
私は何も言えず、当時のことを思い出していた。
「その時、俺は決めたんだ。レナを俺が幸せにするんだって。
それからずっと、ずっと考えてきた。
それは家族として、兄としての愛情だと思っていた。
でも……違うんだ。」
お兄様はゆっくりと席から立ち、床にひざまずいた。そして私の目をじっと見つめた。
「レナ、これは君が想像していないことかもしれないし、俺のことを嫌いになるかもしれない。だけど……どうしても伝えたいんだ」
お兄様の瞳は真剣だった。
青い瞳がキラキラと湖畔のように輝いている。
「……好きなんだ。」
「兄妹としてではなく、家族としてでもなく、
一人の女性として。これからもずっと、そばにいて欲しい」
私の心臓はバクバクと鳴り響いた。
お兄様が私を……?
本当に……?
同じ気持ちだった……?
私の頭は嬉しさと混乱でいっぱいだった。
そしてなぜか頬に涙がこぼれてきた。
その涙に気がついたお兄様は
「レナ、すまない。
嫌だった……よな。
兄にこんなこと言われたら、当然嫌だよな。」
お兄様が本当に悲しそうに、
顔をふせてながら謝るのを、
私は慌てて止めた。
私も、お兄様に言わなきゃいけないことがあるんだ。
「ちがうんです……嫌じゃない。」
「……私も……お兄様のこと……」
涙で視界が滲む中、私が言葉を紡ぐと、
急にお兄様の胸が目の前に迫った。
気がつくとお兄様が、私を強く抱きしめていた。
「すき……でいいか?」
お兄様が耳元で囁くように聞いてきた。
私は言葉で返す代わりに、
ぎゅっとお兄様を抱きしめ返した。
そして、もう一度顔を見上げて、
「お兄様、大好……」
その瞬間、お兄様の両手が私の頬を包み、
ぐっと顔を持ち上げられた。
次の瞬間、柔らかくて温かい感触が私の唇に触れた。
何分たったかわからなかった。
お兄様が顔を離すと、
同時に頬を赤く染めて顔を逸らした。
「すまん……もう、我慢できなくて」
そう言って腕で顔を隠そうとした。
その姿が可愛くて、そして幸せで、私の胸はいっぱいだった。
「レナ……これ、うけとってくれるか?」
そういいながら
お兄様が小さな箱を開けた。
それはティアラの形をした指輪だった。
「ティアラは婚約式に渡すものだから…と思ってこれを用意したんだ。
ティアラより指輪と言っていたし。
俺のそばにいてくれという気持ちを込めて、特注していたんだ。」
「すごく素敵……」
「ありがとうございます。お兄様。」
私は満面の笑みで、お兄様に手を差し出した。
そして、お兄様がそっとその指輪を私の指にはめてくれた。
その瞬間、私はお兄様の隣にいることが、
永遠に約束されたように感じた。
今日は世界で私が1番のお姫様さまだ。
そんなふうに感じていた。
とうとうです!!!
ここまで読んでくださった方に感謝申し訳あげます!
婚約編はあと3,4話書く予定です。




