16 舞踏会でまさかの皇太子様ですわ
舞踏会の会場に足を踏み入れた瞬間、私はその壮麗さに圧倒された。
記憶の中にぼんやりと残っていた舞踏会のイメージは、
この現実の光景には到底及ばなかった。
シャンデリアの光が煌めき、天井高く舞う装飾品が、
まるで夜空に散らばる星々のように輝いている。
人々の数も多く、笑顔と会話が交差する華やかな空間は、私の心を一層高鳴らせた。
しかし、一歩踏み出すごとに、私たちに向けられる無数の視線に気づいた。
周囲の人々は、おそらくお兄様を見ているのだろう。
お兄様は、この国でも屈指の騎士であり、
公爵家の継承者で、騎士団の練習場にもあれだけ人が集まってたのだから当然ろう。
私はその事実を受け入れながらも、想像以上のお兄様の注目度合いに足がすくんだ。
また、その視線の中には、私を見ているものもあると感じた。
特に令嬢たちの視線が鋭く、まるで私を値踏みするような痛くつきささるような感覚だった。
私は無意識に顔を伏せ、周囲の視線を避けるようにしていた。
こんなに多くの人々に注目されるとは思わず、
お兄様の後ろに半ば隠れるようにして舞踏会のホールの奥へとすすんで行った。
少し進むと、会場の奥からラファエル様がこちらに向かってくるのが見えた。
彼を取り巻いて令嬢たちの集団が作られている。
彼はいつもながらの飄々とした雰囲気を漂わせていた。
お兄様はラファエル様を見かけると、私を守るように背中に私を隠した。
ラファエル様はお兄様に軽く声をかけたあと、すぐに後ろにいる私のほうへと視線を移し、微笑みながらダンスへ誘った。
お兄様はすぐに私に代わりその誘いを断ってくれたが、
ラファエル様は直接私にも聞いてきた。
私はラファエル様の態度の馴れ馴れしい距離感はあまり得意ではなかったし、
お兄様も警戒しているので、お断りしようかといいう考えが一瞬よぎった。
しかし私はその誘いを受けることにし、ラファエル様の手を取った。
お兄様の評判を落とすようなことになっては困るし、
それに、ラファエル様からお兄様や私について、
記憶を取り戻す手がかりを得られるかもしれないと思ったからだ。
お兄様が私に厳しい視線をむけているのを感じながらも、
私はラファエル様の手を取ってダンスホールへ向かった。
お兄様、言うことを守らずごめんなさい。そう心の中でつぶやいた。
「本当にお美しいですね」
と、ラファエル様は微笑みながら言った。
その言葉がただの社交辞令であることはわかっていた。
私はその気まずさを紛らわすために、聞きたいことを率直に尋ねることにした。
「この前お会いしたとき以外で、私と以前お会いしたことはありましたか?」
ラファエル様は少し考えてから答えた。
「うーん、数回、王宮や公爵家でお見かけしたことはあったけれど、
実際に挨拶を交わしたのはレナ様がデビュタントを迎えたときだけですね。
その時、僕も両親に頼まれて妹をエスコートしていましたから。妹は嫌がっていましたがね。」
と、彼はふふふと笑いながら話した。
その言葉を聞いて、私は少し落胆した。
ラファエル様も、記憶を失う前の私のことをあまり知らないらしい。
私はがっかりしたが、それならお兄様のことを聞こうと気をとりなおして、
「お兄様とは長い付き合いとお聞きしましたが……」
と尋ねようとしたが、その瞬間、
オーケストラの指揮者が指揮棒を上げ、ダンスの開始を知らせた。
「その質問はあとで。今はダンスに集中しましょう。
準備はよろしいですか、美しいレディ?」
ラファエル様は私に一歩近づき手を取り優しく微笑んだ。
私はそのまま踊り始めたが、周囲からの視線が痛かった。
エリザベスの言う通り、ラファエル様はご令嬢たちに人気があるのだろう。
私は、彼の手を取ってしまったことを心の中で少し後悔した。
ダンス中、ラファエル様は耳元で小さな声で話しかけてきた。
「君のお兄さんは冷徹な公爵として知られている。
彼は仕事にも騎士としての腕にも厳しく、周りからは冷血だとさえ呼ばれていた。
でもね、妹をとても大事に大切にしていて、めったに人前に出さなかないことも、
貴族の中ではゆうめいなはなしだったよ。
それがどうしてか、今夜みんなにわかったことだろうけどね」
と、くすくす笑いながら言った。
その言葉を聞きながら、
私はお兄様が私を人前に出さなかった理由について考え始めた。
以前も小さい頃に一度高熱で寝込み、
1週間以上寝込んでいたとアニーが言っていた。
それ以来病弱な体を心配して外に出さなかったという話は聞いていたが、
ラファエル様の話を聞くと、
病弱だけが原因で私を外に出さなかったわけではないように思えてきた。
お兄様には、私を守ろうとするもっと深い理由があるのではないだろうか――
そんなあわい期待が胸にふとわいた。
ダンスの終わりが近づき、楽器の音が会場に響き渡る中、
ラファエル様は微笑みながら言った。
「こんな素敵な時間が終わるなんて、残念ですね。
もう一曲踊りたいところですが、ヴィンセントに睨みころされるのは嫌なので、
お兄様のもとまでお連れますね。」
その言葉と同時に、
ラファエル様がくすくすと笑いながら
「その必要はないようですね。」とつぶやいた。
振り返ると、お兄様が私たちに向かってきていた。
彼の表情は鋭く、普段の冷静さを失っているようだった。
お兄様は無言で私の手つかみぐいっと引き、ラファエル様から遠ざけた。
「何か、不愉快なことをされたり、言われたりしなかったか?」
お兄様は仏頂面を浮かべながらも、優しい声で尋ねてきた。
「何もありませんわ。ラファエル様は私のつたないダンスを
優しくリードしてくださいましたよ。」
と答えると、お兄様は鋭い視線でラファエル様を睨み、
「もう、レナに近づくな」
と冷たく言った。
「それは保証できませんね」と
ラファエル様は軽く笑いながら肩をすくめたが、
お兄様は無視して、私の手を握ったまま、
ダンスホールの片隅にあるソファへと私を連れて行った。
後ろを振り返ると、ラファエル様はにこやかに微笑み、
こちらに手を振っていた。
そして、もうすでに何人かの令嬢が彼の周りに集まっていた。
お兄様は私がソファに腰掛けるなり、
「本当に大丈夫だったのか?」と再び心配そうに尋ねてきた。
「大丈夫ですわ、お兄様。心配しすぎです」
と私は少しどきまぎして答えた。
お兄様の手の温かさがまだほんのりと残っていた。
しかし、お兄様は強い口調で
「お前は公爵令嬢であるという自覚が足りないんだ。
誘拐されたらどうする?」
とすこし不機嫌そうに言う。
私は軽く微笑んで、
「その時はお兄様が助けてくれますわ。
お兄様より強い方なんて、この国にはいませんもの」
と冗談交じりに答えると、お兄様は黙った。
その瞬間、突然楽団が盛大なファンファーレを鳴らし始めた。
ざわめきが瞬く間に消え、周囲の貴族たちが一斉に立ち上がって頭を下げた。
私も急いで立ち、状況を把握しようと周囲を見渡した。
みんな起立し、軽く頭を下げて敬礼姿勢をとっている。
王家の誰かがが到着なさったようだ。
「え?エドワードか?あいつ、今日は来ないって言ってたのに。」
お兄様が驚いた声でつぶやき、
すぐに起立して頭を下げた。私も同じようにお兄様に倣い、丁寧に頭を下げた。
「みな、堅苦しい挨拶はよろしい。頭を上げてくれ。」と、
エドワード様が軽やかに笑みを浮かべながら話す。
彼の声は穏やかで、それでも不思議な力強さがあった。
視線を少し上げると、エドワード様らしき人が舞踏会ホールの2階のせりでた場所立っていた。
彼の姿を見て、執事のアインが見せてくれた王族年鑑の肖像画を思い出した。
「今日は王家主催の舞踏会に参加してくれて感謝する。
心行くまで楽しんでくれ。今日のこの楽しいひと時に乾杯しよう。用意はいいか?」
と、エドワード様が金色の杯を高く掲げた。
「Prost!!」という皇太子様の声と共に、
会場にいる全員が一斉にシャンパンやワインを手に持ち、
歓声が湧き上がった。会場中が盛り上がり、
その活気に飲み込まれそうになった。
そしてその歓声が落ち着くと、
周囲の高位貴族たちが次々にエドワード様に挨拶へと向かっているのを目にした。
「お兄様、挨拶に行かなくて良いのですか?」私は心配そうにお兄様に尋ねた。
お兄様は軽く首を振りながら、
「あいつとは定期的に話しているし、特別ここで話すことはない。」
とぶっきらぼうに答えた。
しかし、そんなお兄様の言葉とは裏腹に、
エドワード様が他の貴族の挨拶を軽く交わしながら、
私たちに向かって歩いてきたのが見えた。
私は公爵家なのに挨拶に向かわない無礼に対するお叱りなのかと身構えたが、
エドワード様の顔にはにこやかな笑みが浮かんでいた。
「ヴィンセント、挨拶に来てくれないなんてさみしいじゃないか。」
と、エドワード様が気さくにお兄様に話しかけた。
お兄様はすぐに貴族式の挨拶を丁寧に行いながら、
「皇太子さま、ご機嫌麗しゅう。」
と答えた。
エドワード様はその挨拶に笑いを返しながら、
「そんな堅苦しい挨拶を君から返されたのなんて何年ぶりかな? 4歳の時以来か?」
と冗談交じりに言った。
「場所が場所ですので。貴族としての作法はわきまえております。」
お兄様の声には、少しばかりの不満が混じっているようにも聞こえた。
「まあ君とは普段よく話しているからいいさ。」とエドワード様が笑顔を崩さず続けた。
「今日の僕の目的は、君ではなく妹さんだから。」
その瞬間、お兄様の表情が固まったり、雰囲気が険しくなった。
「レナに何のご用でしょうか?」
と、少し警戒した口調で尋ねた。
「いやあ、ラファエルから君の妹が天使のように美しいから、
ぜひ舞踏会に顔を出してみてくれと言われてね。」
その言葉に、お兄様はさらに苦い顔をしたが、何も言わなかった。
エドワード様は続けて、
「まあ、ヴィンセントが美形だから、妹さんもさぞやと思っていたけど、
正直ここまでとは驚いたよ。」
と私を見てにこにこと微笑んだ。
その視線を受け、私は少し緊張しながらも
ドレスの裾を持ち上げ、敬礼の意を示した。
「あ、そんな堅苦しいことはしなくていいよ。
ヴィンセントと僕は無礼講の仲だから。」
と、エドワード様は優しい声で微笑んでくれたが、
私は礼儀としてやはり名乗らなければならないと思い、言葉を選んだ。
「レナ・フォン・ラディエールにございます。
皇太子さま、お目にかかれて光栄です。」
と、少し緊張しながら、ぎこちなく挨拶をした。
エドワード様は軽く笑って頷きながら、
「挨拶をありがとう。皇太子のエドワード・シューネベルグだ。
以後お見知りおきを。」と、返してくれた。
そして、私に手を差し出しながら、
「一曲どうかな?」と優雅に誘ってきた。
皇太子様とのダンスの誘いを断るわけにはいかない。
でも、私はダンスに自信がなかったし、お兄様の視線は冷たい。
しかし王族の誘いを断るわけはいかず私は、
ゆっくりおずおずと「光栄ですわ。」とだけ言って、エドワード様の手を取った。
お兄様の視線を背中に感じながらも、
私はエドワード様にエスコートされ、
ダンスホールへと再び足を踏み入れた。
ブックマークしてくださった方がまたいらっしゃり、飛び跳ねて喜んでおります⭐︎
この作品に出会ってくださり、また読んでくださることに大感謝の日々です٩(●˙▿˙●)۶
今後ともレナとヴィンセントをよろしくお願いいたします♪




