表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編

それを最初に言ってよ神様!

作者: 猫宮蒼



「貴様のような極悪な令嬢を未来の王妃になどしてたまるか。貴様との婚約は破棄とし、貴様は国外追放とする!」


 あー、またこの展開かぁ。


 今しがた婚約破棄を突きつけられた令嬢、ロゼリア・レキサンドラは声には出さずうんざりしたようにそう思った。

 さて、このロゼリア、内心で呟いた言葉の様子からもうかがえるように生粋の令嬢というわけではない。

 前世を日本生まれ日本育ちのどこにでもいる女性として生きていた記憶がある。つまりは、異世界転生。


 何がどうして死んだかまでは覚えていないが、それでも理解したことはあった。


 自分が転生したのはとある乙女ゲームの世界だ。


 それに気付いたのは、割と早い段階だったと思う。原作――つまりはゲームのオープニングが始まる前――よりも前、幼少期にロゼリアは前世の記憶を思い出した。


 乙女ゲームについてのタイトルなどは今更すぎてどうでもいい。そんな事よりも見過ごしてはならない事実があった。

 ロゼリアは、この乙女ゲームの登場人物であり、わかりやすい立場を述べるのであれば。


 悪役令嬢であった。



 大まかなストーリーはよくある感じのやつ、と言い切っても問題ない。

 一時期乙女ゲームブームがゲーム業界で巻き起こったからか、二匹目のドジョウを狙えとばかりに二番煎じどころじゃない内容の乙女ゲームがじゃんじゃん発売されていたのだ。


 イラストレーターが違うだけでこれほぼ内容一緒じゃん? みたいなゲームが毎週出てたくらい、と言えばどれだけ乱立して発売されていたのかお分かりいただけるだろうか。

 絵を変え声優を変え、みたいな感じでいっそここまでくるともう真新しさの欠片もない内容のゲームが出た。


 そのゲームが出たのがすっかりダウンロード販売というものが主流になった頃だったのも原因だろう。

 ソフトとして発売するとなるとソフト本体だのそれを入れるケースだのといった分のコストもかかるが、データ販売だけであればそれらは不要。

 新たなイラストレーターの雇用、新米声優たちの起用。そのせいで当たり外れも大きかったが、同時にそれでチャンスを掴み出世した絵師や声優もいた。


 遊ぶ側からすればまたこれかよ……とうんざりされそうなものであったとしても、それでも一部にはとんでもない需要があった。結果として業界もちょっとは活性化したらしい。ロゼリアは詳しくは知らない。その業界で働いてたわけでもないので。



 内容があまりにもテンプレ。内容が無いよう、なんてくっそ寒い洒落がまかり通るレベル。


 そんな世界の悪役令嬢に転生したと気づいたロゼリアはそれはもう内心穏やかではなかった。


 このままいけば間違いなく最後には彼女は断罪されるのだ。


 基本ラストは国外追放を言い渡されるが、追放先――他の国だとか人もロクに生活できない辺境の棄て地だとか、はたまた厳しい事で有名で修道院とは名ばかりの監獄だとか――はまちまちだが、最終的に悪役令嬢は死ぬ。


 追放され、その場所へ行く途中で賊に襲われ命を落とすとされている。


 死んだシーンは流石にない。ゲームならあまり残酷なシーンは下手すると年齢制限がかかってしまうからだと思うが、それでもラストに悪役令嬢だったロゼリアがそういった目に遭って死んだ、というのは表記される。


 そうして最後、その知らせを聞いたヒロインが、

「結局私たちは分かり合えなかった……」


 なんて感じで憂い顔をし、それを攻略対象が、

「そんな顔しないで。君は悪くないんだから」

 と慰める。

 その慰めシーンからの流れるようなイチャイチャシーンを経て、ゲームは終わる。



 攻略対象が誰であっても――というかだからこそ追放先がいくつかあるわけで――悪役令嬢の最期は変わらない。死ぬ。

 ゲームでは襲われて死にました、その死体はとてもじゃないけど直視できるようなものじゃありませんでした、みたいにふわっと文字だけで表示されるが、実際悪役令嬢として転生したロゼリアからすればたまったものではない。


 その悲惨な死にざまを体験するのは誰だ?

 自分だ。


 それわかってて黙ってるやついる? いねぇよなぁ?


 というわけでどうにかしてロゼリアはこの悪役令嬢としての運命を回避する事にしたのである――が。



「貴様との婚約を破棄する!」

「貴様との婚約を破棄する!!」

「貴様との婚約を破棄するッ!!」


 原作の強制力なのか何なのか、失敗したのだ。



 一度目、悪役と呼ばれるような事などしないよう、ヒロインとは関わらないようにしていた。ヒロインを虐めたなどという事実は無い。しかしそれでも悪役令嬢にされた。そして追放――からの賊に襲われ死亡。


 死んだはずなのに、気付けば時が巻き戻ったのかゲームが始まる前日にロゼリアは戻っていた。

 この一日でできる事はないか……と足掻いた事もあったが、戻ったのはいかんせん前日の夜。あとは寝るだけといった状況。そんなところにこれから外に出ます、とは家の者が許すはずもない。

 寝て起きて、ゲーム開始である。


 一度目の失敗を反省しつつも、二度目はもっと気を付けて立ち回った。

 だがしかし結果は同じである。


 三度目もそう。

 むしろ今までの失敗を糧に今度こそ、と思っても毎回失敗するのだ。


 破滅までのルートをいっぱい楽しんでいってね、とかいう世界の嫌がらせ。なんだこれ。

 世の中クソだな、とロゼリアが思わず内心で毒づくのも仕方がない。



 まだ数回のループであってももうお腹いっぱいです。そう思っていても無慈悲に時は繰り返す。

 ロゼリアの婚約者は第一王子であったが、正直彼に恋愛感情は持ち合わせていない。そりゃそうだ。こっちは別に悪い事してないのに悪役に仕立て上げられるのだ。地獄への片道切符を手渡してくる相手のどこを好きになれと?

 生憎精神的にも肉体的にもマゾではないのでロゼリアはもう第一王子の顔を見るだけで気分が沈むようになってしまった。顔がいい? だから何。転生した今の私だって超絶美人だわ。なので美人のお顔を見るのなら間に合ってまーす。


 とはいえ、ループを何度か繰り返して大体は同じなわけだがそれでも細かな違いはあった。


 ヒロインの攻略対象が変わるのだ。


 ロゼリアの婚約者である第一王子も攻略対象であるけれど、それ以外にも宰相の息子、次期騎士団長が約束されてる将来有望な騎士、生憎この世界魔法がないので魔法使いとかは攻略対象にいないが、それでも宮廷道化師の青年だとか、神官長、宮廷医、大商人……とまぁ、攻略対象がそこそこいる。

 他にもまだいたはずだ。

 とある貴族の隠し子で市井にいる相手だとか。


 それ、ロゼリアさん関係あります……? みたいな相手とヒロインがくっつく場合であっても、ヒロインに対して嫌がらせを行っていた、というでっち上げは存在するし(ゲーム内ではでっち上げじゃなかったとしても)攻略対象が何だかんだ国にとって利益をもたらす人間であるという事が周知されるので、そうなると悪役令嬢はヒロインを虐めただけではなく国に大きな損失を与えるところであった、とかいう感じで罪状がプラスされる。


 単なる虐めだけで国外追放されてたまるかい、という部分はここで多少納得できる感じにはなるのだ。



 そもそも王子以外の攻略対象とヒロインがくっつく時に王子が婚約破棄をする必要があるのか?

 そう思う部分もあった。だがしかし、公式で王子とロゼリアの仲はそう良いものではなく、だからこそヒロインが入り込む隙はあったし、他の攻略対象とくっついたとしてもロゼリアの悪事を大々的に周知し婚約破棄に持ち込む展開は別におかしくもなかった。

 あわよくば婚約を破棄し、他の婚約者候補と正式に婚約を――それが王子の目論見でもあったので。


 王子が目をつけていた婚約者候補は、候補の中でもかなり下の方なので候補の令嬢たちの大半に問題でもなければ選ばれる事もないような相手だ。

 だが、そこはかとなくヒロインと似た雰囲気ではある。


 ヒロインとの血縁関係がある、とかではなく、健気で控えめ(という公式設定)が似通っているというだけだが。


 王子としてもその候補に恋焦がれているわけでもなく、単なる女の好みがそれなのだろう。だからこそ、似たようなヒロインと接近して攻略されればあっさりと候補の事など頭の片隅から追いやられ、ヒロインしか見えない状況になるようなので。



 ともあれ、何回やっても何回やっても悪役令嬢を脱却できない。

 自分は虐めなどしていない、という証拠のために常に影となるような相手に証拠を持たせるような状況にしても、周囲がロゼリアを……彼女の家も含めてだろうか、追い落とそうとしているのか、味方が圧倒的に少なすぎた。

 家の身分は高いけれど、その分きっと敵も多い。


 前回敵だった相手を次の周で警戒してたら攻略対象が変わったことでそいつは敵じゃなくなったのか、そいつ周辺を探っていたのも時間の無駄、なんてこともあった。


 婚約者である第一王子は頼れない。今から仲を深めようにも手遅れすぎる。

 それ以外の攻略対象を味方にとりこもうにも、王子の婚約者と言う肩書が邪魔をする。


 ※例 俺のような人と二人きりで会うような事はしちゃいけない。貴女はもっと自分の立場を考えるべきだ。


 こんな感じで攻略対象者にはやんわりと距離をとられるのだ。

 二人きりがダメなら大勢で、と思っても、まず攻略対象数名を集めるにしてもそれぞれがあまり接点のない相手。それを、王子が集めるならともかく王子の婚約者が集めるというのは何かあると勘繰られてもおかしくはない。


 もういっそヒロインと仲良くして虐めてなんていません親友だもの! というルートに突き進もうと思ったのだが、原作の強制力なのかヒロインと会えるのは限られている。具体的にはゲームでヒロインに嫌味だとか嫌がらせをしていた時限定。

 それ以外で会おうとするとことごとく邪魔や妨害が入るのだ。


 おおお……何故、どうして……一体何故このような目に……


 最近じゃ正直殺されるの確定してるなら、と思って先に隠し持ってたナイフで自分の首を掻っ切る始末。前にどうにか抵抗して賊を倒して逃げようとしたら、もっと酷い殺され方になったので。それならサクッと終わらせてやらぁ! という心境にまでなっていた。やけくそである。


 エンディングで死ぬのが確定してるんだし、じゃあもう最初からサクッと死んでみたら? という正気ではない考えもあった。実行しようとしたら強制力なのか何がなんでも死ねなかったけれど。なんでよ! 後で死ぬなら今死んでも同じでしょ!?


 こっちが何度繰り返しても死ぬ運命だというのに、新しい周になればヒロインはのほほんと前とは違う攻略対象落とし始めるし。


 ……このままいったら全員攻略し終わるのでは?

 コンプした後隠しキャラっていたかなこのゲーム……


 もう死ぬあたりの出来事がインパクトありすぎて、ゲームの内容とか自分が経験した部分はともかく自分の知らないはずのシーンとかほとんど覚えていなかった。

 そもそもヒロインと仲良くなって死ぬ未来回避も、毎回こいつは私が死んでるってーのに新しい男とイチャイチャしやがってよう! という妬みの気持ちがあるので本当に仲良くなれる自信がない。


 ゲームでは虐めてたよ?

 大して仲良くないとはいえ自分の婚約者に近づく女、そりゃいい気分はしないだろう。

 婚約者がいる相手にむやみに近づくのはどうかと思うわ、とかまぁ確かにな正論からの嫌味皮肉の応酬。

 口で言ってもわからないおバカさんには身体で覚えてもらうしかないようね、からの階段突き飛ばし。毒殺狙いじゃないだけマシ。


 王子以外の攻略対象者とくっついてる時にも、礼儀を弁えないだとかの言われてみればそうだよね、っていうやつからそれもう言いがかりでヒロイン気に食わないだけだろ、みたいなものが多数あるせいで、ヒロインにとっての悪役令嬢は他にも苦言を呈する令嬢はいたけれど、やはりロゼリアなのだ。


 うーん、もしヒロインも転生者なら向こうはこっちを悪役令嬢としてしかみなしてないだろうし、転生してなくても何で毎回攻略対象変わってるんだ、もう一途なヒロインとはとても思えない……みたいな認識のせいでやっぱり仲良くなれそうな気がしない。


 とりあえず、ロゼリアが悪役令嬢としての死を迎えるのはこれで六度目だ。

 話の内容は割とテンプレなくせして攻略対象者はいっぱいいたので、ヒロインが全員を攻略したら終わるのか、それともそこから隠しルートが解禁されるのかはわからない。全員攻略してそこで終わるならまだいい。あと何回死ぬんだって話だけど。

 しかし更に隠しルートだとか隠しキャラだとかが解禁されれば。


 ロゼリアにとってはまだ死ななければならない回数が増えるのだ。冗談ではない。


 しかし何をどうしたところで最後は死ぬ。打つ手が全く思いつかずこれにはロゼリアも頭を抱えるしかなかった。


「くっ……どうして、どうして……世界が私を悪役令嬢であれと囁いているとでも言うの……ッ!?」

 もしそうならなんて世界だ。一体自分は前世でどんな業を背負ったというのだ。

 長い髪を振り乱し、部屋の中で苦悩の声を上げるロゼリアであったが、はた、とその動きを止める。


「……いえ、そうじゃない。もしかして、私が悪役令嬢だから……?」


 何をどうしたところで原作の強制力というべきか、今の今までロゼリアのしてきたことは無駄に終わった。だがしかし、原作の強制力は必ずしも働くわけではない、という事を思い出した。

 幼少期にまで遡ればヒロインが動く前にこっちが先に攻略対象を落としてヒロインの入り込む余地など作らせるものか! と思ったこともあったけれど、生憎一度目のエンディングを迎えて以降次に目覚めるのはゲームのオープニング前日の夜からだ。

 短いその限られた時間、外に出る事はできずとも、それでも眠る前のほんの少しの時間はそれなりに自由であった。


 ゲームの中では冷酷な令嬢と囁かれていた部分もあるロゼリア。それは使用人にとんでもなく厳しい事から言われていただけのようだが、噂には尾びれ背びれがくっついて、自分以外の者には冷酷である、と受け取られていた。

 寝る前の少しの時間、部屋の外に出て出くわした使用人にねぎらいの言葉をかけたりして、少しずつ印象を改善できれば……と思ったりもした。

 攻略対象次第ではロゼリアの屋敷で働く使用人がロゼリアが悪事に加担していた、みたいな物証提出したりもしたので。転生したロゼリアには勿論覚えがないので冤罪である。敵が……敵が多すぎる……ッ!


 何がどうなっても世界が私を悪役令嬢たらしめる……!

 そう嘆いていたけれど、ここで別の考えが浮かぶ。


 ロゼリアが原作から乖離しようとすればするほど、原作の強制力は強く働かなかっただろうか。

 ではつまり、悪役令嬢として行動すれば原作の強制的な力は働かないのではないか……?


 試してみる価値はありそうね、と思ったロゼリアは、七度目のチャレンジをすることになったのである。




 そしてその結果が冒頭である。ロゼリアは死んだ。



 だがしかし、八度目のロゼリアは違った。七度目の死で確証を得たのだ。

「成程ね……攻略法は見えたわ」


 自室で一人呟く。


 どう動くかは、七度目に死ぬ直前で既に決めた。なので今からどう動こうか、なんて考える必要はなくロゼリアは自室の扉をあけ放ち、父がいるであろう部屋へとずんずん突き進んでいくのであった。






 ――シェリル・レヴィンレッドはヒロインである。前世は乙女ゲーム好きな乙女であった。

 何で死んだかは覚えていないが、それでも直前までプレイしていた乙女ゲームの世界に転生したと気づいたときは狂喜乱舞した。内心で。流石に態度として表に出すと周囲の視線が厳しい。


 ゲーム内容はテンプレもテンプレ。

 貴族たちが通う学校の中での恋物語。

 とはいえ、ルートはいくつかあり学校以外の場所で出会った攻略対象とくっつくことも可能。


 テンプレ過ぎるゲームとは言え、このゲームは他と比べて攻略対象が多い事が特徴であった。

 その世界に転生して、シェリルは最初誰と結ばれるべきか悩みに悩んだ。


 攻略対象の多さの割に好きなキャラが少ない、というのであればまだしも、一人、また一人と攻略していくうちにはわわ……皆しゅき……いっそ皆と結婚したい……となっていたので。

 流石乙女ゲーム。個人ルートに入った途端鉄板ネタも多くあったがその王道とも言える威力たるや……といったところであった。途中まではこいつうぜぇな、とか思うキャラであっても終盤からエンディングに向かう頃にはヒロインちゃんと幸せになって……むしろ私が幸せにしちゃるけんね! という気持ちになっている。


 前世のシェリルは割とちょろい人間であったので、別作品の攻略対象全部クズ、みたいなダメンズばかりを集めたゲームですら最初はこんなクズに惚れるとかどうかしてるぜ! とか思っていても気付けばこの人には私がいないとだめなの! という女に成り下がっていた。

 あのゲームは危険だった。ダメンズに惚れる女性の心理を垣間見てしまった。闇。

 転生したのがそっちの世界じゃなくて良かったと思ったほどだ。

 もしあちらの世界に転生していたら、全財産つぎ込んで身ぐるみひっぺがされて下手したら内臓売るコースになるまで貢いでいたかもしれない。ヤバイどころじゃない。



 ともあれ、それなりに誰を選んでも大丈夫だろうと思うのだ。好きでいられる自信しかない。

 とはいえ、適当に選んだ結果、後からやっぱあっちの攻略対象選べばよかったな……なんて後悔はしたくない。


 悩んだ末にシェリルは乙女ゲームの中の攻略対象で、多分メインヒーローに該当するであろう第一王子を選んだ。


 さて、この手の乙女ゲームのヒロインは大抵元が平民だとか、身分の低い男爵令嬢だとかのパターンが多いけれど、このヒロインは違った。


 かつて、とある貴族と駆け落ちした姫君の子がヒロインである。

 どこぞの貴族がメイドに手を出して、とか平民に手を出して、だとかではなく、父も母もその血筋はハッキリしている。

 駆け落ちしたという時点で許されぬ恋であったのは確かだし、市井に紛れて暮らしていたのでヒロインは平民として暮らしている方が馴染み深かったが、それでも血筋はしっかりとやんごとなき身分のものなのだ。


 両親ともに平民として過ごしていたけれど、礼儀作法はしっかり教わっているし勉強も教わっている。平民から貴族になって貴族の流儀がわからないヒロインではなく、ある程度貴族とのかかわり方を学んでいるお嬢様だ。


 両親が流行り病で死んだ後、母方の身内がヒロインを養子に迎えている。家柄もつまりは王子と結婚するにあたって何も問題がないと言える。



 出会いに関してはヒロイン自ら動かねばならないが、出会ってしまえばあとは対象との仲を深めていくだけ。

 毎回邪魔してくる悪役令嬢が邪魔だけど、しかし対処法はわかっている。何もわからず悪意を向けられれば戸惑うけれど、来るとわかっているなら何も怖くはない。



 そうして王子攻略に乗り出した時、思っていた以上に悪役令嬢の妨害がなかった。もしかして、と思い様子を窺ってみれば、どうやらあの悪役令嬢も自分と同じ転生者ではないか……と推察できた。

 ふーん、でも私の幸せのためには悪役になってくれないと。貴女が失脚してくれないと、私が王子と結婚できないじゃない。


 そんな、ゲームであれば正しいのかもしれないが現実においては傲慢としか言いようのない考えで、シェリルは本来悪役令嬢がするべき嫌がらせのいくつかを自作自演し濡れ衣を着せた。

 学校に彼女がいる時に行ったので、嫌がらせを受けた日に実は悪役令嬢はいませんでした、なんてヘマはしない。どうやら他に悪役令嬢をよろしく思っていない人物もいたのか、こちらにとってはトントン拍子に、向こうにとっては困ったことに悪役令嬢の断罪の時が近づいていたのである。


 そうして見事無事に悪役令嬢を追い落とし自分がその後釜に収まって、国外へ追放されたかの令嬢が道中賊に襲われ死んだという話を聞いて、悲し気に涙を流す。

 嫌がらせをされたのは悲しいけれど、せめて謝ってくれれば私は許したのに……と。

 謝ってくれてさえいれば、きっとこんなことにはならなかったはずなのに……と。


 大半自作自演でほぼ相手の令嬢は無罪なのだから謝るも何もあったものではなかったが、そう王子がいる場所で呟けばお前は何も悪くないと言って慰め抱きしめ口づけを落とされた。


 慈悲深い令嬢を装いながら内心では狂喜乱舞である。っはー、王子の顔が超絶いい!

 死んだのは可哀そうだけど、でもこれも私の幸せのため。仕方ない犠牲だったのよ。なんて言ってる事と思ってる事が大分違う。彼女の本心を王子が知れば秒で恋心も冷めるのではないか。


 ともあれ、これからは王子と一緒に幸せな生活が待っているのよ……!!



 そう、思っていたのだが。


 気付けば学校に入学する前日の夜になっていた。

 あれ? 王子は? めくるめくハッピーライフは??


 最初は大いに混乱した。

 しかし時間は無情にも過ぎていく。翌朝になって入学式に参加し、教室へ足を運ぶ。

 この頃にはとりあえず時間が巻き戻ったのだな、とシェリルも流石に理解できた。

 そうして次にするべき行動は――



 じゃあ王子の次に好きだったキャラの攻略に取り掛かろう!


 これだ。

 王子の事は確かに好きだけど、今回は王子とは関わらず別のルートへ進んだ。そうしてやはり手を出してこない悪役令嬢のかわりに、彼女を良く思っていない別の令嬢が彼女に濡れ衣を着せつつこちらに嫌がらせをしてきた。

 もしかしてあの令嬢、原作知らないのかしら。シェリルは内心でだとしたら可哀そうかも、と思ったけれど、やはりヒロインがハッピーエンドを迎えるための踏み台は無くてはならないもので。

 だからこそ今回も遠慮なく断罪される悪役令嬢を眺める事にしたのである。


 そうしてエンディングを迎え、悪役令嬢の死を知り可哀そうにと嘆いてみせる。

 そうすると今回夫となるはずの男が慰めて、元気出して。僕が一緒にいるよ、と微笑んで。

 そうして口づけを交わす直前――世界は暗転した。


 ゲームのエンディングのイラストスチルでもここで終わっているので別に構わないが、もうちょっとこう……さぁ、ねぇ!? という気持ちになった。


 ともあれ、三周目である。


 そんな感じで攻略対象を変えて次の周に臨む。悪役令嬢もどうにか現状を打破しようとしているようだが、あの家もしかして政敵多いのかしら、と思えるほどに邪魔をする相手が多い。藻掻けば藻掻く程自分の立場が悪くなっていく悪役令嬢に同情しないとは言えない。とはいえ、必要な犠牲だと割り切る事にした。


 ついでに自分はヒロインに転生していて良かった、とすら思う。


 ともあれ悪役令嬢がぽんこつなおかげで、攻略難易度が下がっているような気さえしてきた。

 シナリオ上、どうしても関わる事があるけれど、それは原作通りであった。王子を狙っていた時は彼には婚約者がいるのです、そういった異性にみだりに近づくのはどうかと思いますわ、だとか言っていた。それはそうかもしれないけれど、その言葉に従ったら攻略できないので無視するに決まっている。


 自分の言葉を無視されたからか、その後会う時のあたりがキツくはあったけれど、どうせ最後にはこの令嬢死ぬしなぁ、と思えば腹もあまり立たない。

 むしろ死んだって話をされたら、可哀そうな人……みたいな感じで悲しめば、

「おぉ、君はあんな目に遭っておきながらなんて優しいんだ」

 みたいな感じで相手の好感度が上がるから、むしろ美味しいまである。


 そんな感じで罵声を浴びせられるにしても原作よりはマイルドだったりする事もあってか、シェリルのリアル乙女ゲーム攻略は順調に進んでいた。


 四周目。

 五周目。


 そんな感じで周回する頃にはすっかり慣れた。

 攻略対象が多いので、まだまだ遊べる。

 いつまでこのループは続くのだろう。攻略対象コンプしたら何か進展あるかしら?

 生憎前世、フルコンプはしていなかったので攻略していなかった相手を落とすとなると少しばかり難しい気がするが、そこまで難しい乙女ゲームでもなかったのでどうにかなるはずだ。

 失敗した時点でもしかしたら周回が終了するかもしれないけれど、そうなったらなったで、その時考えればいい。


 全員攻略したら終わるのかしら。それとも隠しルートとか解禁されるのかしら。

 もし全員攻略した時点で終わるのなら、最後の方に一人お気に入りキャラを残しておいた方がいいかもしれない。こうなるって知ってたら王子を後回しにしたのに。


 そう気楽に考えてすらいたほどだ。



 そうして七周目を終えて。


 八周目。


 シェリルは気付けなかった。

 ぽんこつ悪役令嬢と笑っていたロゼリアの変化に。



 いつもと同じようにオープニングを済ませたシェリルは気付かなかった。基本的に主要キャラとは出会うようになっている。攻略対象であっても通常であれば出会う事もないような――学外で出会う人物はサブキャラ扱いだ。だからこそ学校で出会う攻略対象一通りとさらっと出会うのは今まで通り。

 そうして王子と出会う事で、その時の出会いのせいでロゼリアに目を付けられることになるのだが。


 今まではなるべく関わろうとしてこなかったロゼリアが、王子と出会った場面で物陰からじっとこちらを見ていたのだ。

 その視線は睨みつけると言った方が正しい。


 だがそこで突っかかってくるでもなく、ロゼリアは踵を返して去っていった。


 あのぽんこつ悪役令嬢、今までとはちょっと違う行動に出たわね……と思いはしたが、この時点で何の被害もなかったせいでシェリルはそれを脅威とも思わなかった。



 違いが出てきたのは、数日後の事だ。


 今回の攻略対象者はシェリルの一学年上の先輩だった。

 音楽をこよなく愛し、将来は音楽の道へ進みたい。宮廷楽師になれたなら……! そんな夢を抱いている青年だ。だがしかし彼の家は代々騎士の家系で、先輩もそうであれと父親の圧が強い。

 父の期待と将来の夢。それらに挟まれ苦悩する青年。

 今回はそんな先輩に寄り添って、どうにかお悩みを解決してくっつく所存であった。


 彼は中盤にあるイベントで音楽の才能を開花させ、多くの人にその素晴らしさが広まるようになる。その後どうにか父を説得し、終盤イベントで宮廷楽師になるための試験を受け、合格する。ここでヒロインとのフラグがきちんと立っていないと試験に失格するバッドエンドになるのだが、それさえ成功させればあとはエンディングまで一直線だ。


 その才能は王子をも感嘆させ、そんな青年を支えその才能を開花させるきっかけを作ったヒロインに嫌がらせをしていたのが自分の婚約者、という事で今回も王子はロゼリアに婚約破棄を突きつける。


 イベントの内容は大体覚えている。先輩の心の支えになって頑張るぞ! なんて思いながらも、まずは先輩と出会わなければならない。


 だというのに。


 どうしてだか、その先輩と出会う事はなかった。


 本来彼と出会う最初の場所へ行っても誰とも会わない。

 時間帯が早かったか、と思ってしばらく待っていたけれど誰も来なかった。もしかしてくるのが遅かった……いやまさか、授業が終わって放課後のイベントのはずだ。終わってすぐに来たのだから、遅かった、という事はないはず。


 結局その日は出会えなかった。



 家に帰り、考える。


 もしかして、先輩は何名か攻略しないと出会えないキャラだったのではないだろうか。

 前世でプレイした時は気付いたら出会っていたから細かいフラグは覚えていない。けれどももしそうだとしたら。早急に別の攻略対象とエンディングを迎えなければならない。

 今回先輩の事は諦めて、他の人にしよう。


 一日を無駄にしちゃったな。

 この時はまだそう考えていた。


 とりあえずまだ攻略していない、会える人から攻略しよう。

 そう思って早速行動を開始したのだが。


 誰とも会わないわけではない。以前攻略したキャラは見かけているし、王子もいた。しかしいざ攻略しようと思った相手とは中々出会う事ができなかった。おかしい。何故。どうして。


 ゲームでは基本的に序盤はキャラとの親密度を上げていく感じで、途中までは複数名の親密度を上げる事だって可能である。だが、途中で誰かしらルートを選べば後から変える事はできない。

 狙おうと思ったキャラと会う事なく時間だけが経過していく。


 そろそろ、誰かに狙いを定めないといけないはずだ。

 このままでは誰とも親密度が足りず誰ともくっつかないノーマルエンドに入ってしまう。


 そこでふと疑問が浮かんだ。


 今までは誰かとくっついてハッピーエンドになっていたけれど、それ以外のエンディングになった場合も果たしてループはするのだろうか……? と。


 もしバッドエンドやノーマルエンドを迎えてしまった挙句そこでループが終了したら。

 そこからは一切のループなしで未来へ続くのであれば。


 好きな人とくっつくこともなく、攻略対象と仲良くなることもこの先できず、ゲームにいないモブあたりならくっつけるかもしれないけれど、流石にそれは嫌だ。ゲームのモブは攻略対象と比べると作画コスト全然かかってないだろってくらいの手抜き絵だったのだから!


 いやだ、今までイケメンとくっついてハッピーエンドルートに行けそうな感じだったのに、ここにきて顔もろくすっぽ印象に残らない男とくっつかなきゃいけないような展開にはしたくない。

 シェリルは貴族だ。学校を卒業したら結婚するのは確定なのだ。学校で相手を見つけた場合はまだしも、もし見つからなければ家で決めた相手との結婚になる。それ即ちノーマルエンド。

 正直ほとんど覚えていないがノーマルエンドのシェリルの反応からして家が決めた結婚相手は多分パッとしないタイプだ。


 今までさんざんイケメンに囲まれてきたシェリルが思わず「そんな……」と言葉を失うような相手であることは間違いない。見た目がとても醜悪とかではないだろうけれど。


 ……どうする、今からまだその辺で会う事ができる前に攻略した相手を再度落とす方向性でいくか……!? と考えるもそこで気付く。

 そうだ、既に起こしてないといけないイベントが起きる日は過ぎている。駄目だ手遅れ。

 このまま前に攻略した相手に狙いを定めても、結局足りないフラグのせいで最終的に相手との親密度が足りずにいいお友達くらいの認識しかされず告白なんてもってのほか、結局行きつく先はノーマルエンドになってしまう……!


 今からギリギリ日数とフラグ管理がどうにかなって攻略できそうな相手は……学外で会うキャラなら多分いけるかもしれない。しかし、彼らと出会うのはランダムだ。必ずしもここに行けば会える、というわかりやすいキャラはいない。

 何度か町に出て運が良ければ一度目で会えるけど基本的には何度か足を運んでそうして会える、といった感じだ。必ず起きるイベントの時に出会えるキャラもいたけれど、今回は先輩狙いで、と思っていたのでそのイベントが起きる日に町に行く事すらなかった。


 もしかして詰んでる……!?

 ノーマルエンドでループ終了とかだったらどうしよう。そもそもどうしてループしてるのかしら……!?


 今更になってシェリルはこの現状に恐怖を抱き始めていた。

 最初はやったー乙女ゲームの世界に転生したー、なんてキャッキャしていたのに、今ではいつループが終わるのか、その条件がさっぱり不明のままであるという事実に怖れが芽生えていた。


 ノーマルエンドを迎えてもループする、という確証がない。

 攻略対象と結ばれてエンディングへ行けばループしたけれど、ノーマルエンドは迎えた事がないしそこにたどり着いた時点で終わるかもしれない、という可能性を否定できる材料も何もなかったのだ。


 そんな、突然の脅威とも呼ぶべき状況にシェリルが冷静でいられるはずもなく。



「――あら、シェリルさん。どうしたの? こんなところで」


 表面上は冷静であったシェリルに、しかし決して冷静ではいられなかったシェリルに。

 声がかけられた。


「……あ」


 聞き覚えのある声に振り返り、そうしてシェリルは彼女の姿を視界に収める。


「シェリルさん? もしかして気分でも悪いの?」


 心配そうに声をかけてくる相手を前に、シェリルの目は目一杯、見開かれる。


「あ、あんたが何かしたんでしょ!? どういうつもりよ、てかなにしたの!?」

「きゃっ、一体何のことですの……? シェリルさん、落ち着いてちょうだい」

「落ち着け? 誰のせいでこんなことになってると思ってるのよ!? あんたが、絶対何かしたにきまってるのよ!」

「いっ、痛いわシェリルさん、離してちょうだい」


「今までロクに悪役令嬢っぽい事してこなかったけど、今回は本気出しましたって事!? それにしたってここまで邪魔しなくたっていいじゃない! 先輩をどうしたの!? 今度はあの人狙ってたのに!!」


 声をかけてきた悪役令嬢――ロゼリアを目にして、シェリルは彼女が何かしたとしか思えなかった。だからこそ咄嗟に掴みかかって声を荒げ問う。手加減なしで掴みかかったためにロゼリアが痛みで顔を歪めたが、それすら演技にしか見えなかった。けれども構わない。何があったってヒロインは私――シェリルなのだから!!

 最後に勝つのはヒロインなのよ!!


 怒りのあまり視野が狭くなっていたからか、だからこそシェリルは気付けなかった。


「何をしている」

「……え」

「ロゼリア、大丈夫か」

「え、えぇ……驚きはしましたけれど、大丈夫です」


 冷ややかな声は間違いなくシェリルへとむけられていた。


 見れば、ロゼリアから少し離れた位置に王子がいるではないか。


「あ……」


 見られた。


 思わずロゼリアから手を離し、少しばかり距離を取る。


「いえ、あの、違うんです、これは……」

「何が違うのかはわからないが、いきなり怒鳴りかかった挙句掴みかかるようなことをロゼリアはしていなかった。それ以前に、随分な言葉遣いであったな、シェリル嬢。もしやそちらが本性か?」

「いいえ! いいえ、そんな……」


「……どうやらあまり体調がよろしくないようだな。シェリル嬢、今日のところは速やかに帰宅するといい」

「ぁ……はい、失礼、します」


 あまりにも冷ややかな王子の声に、それ以上食い下がるような真似もできずシェリルはロゼリアに一度視線を向ける。その時どこか勝ち誇ったような顔をしていたせいで、反射的に睨みつけてしまったけれど、すぐ近くに王子もいることを思い出して咄嗟に殊勝な態度に見えるように取り繕ったが……


 最後に一度、横目でちらりと見た王子の表情は明らかにこちらに対して嫌悪が浮かんでいた。



 何が何だかわからないまま、シェリルは帰宅しこれからどう挽回するべきかを考えて結局ロクに答えがでないまま就寝し、当たり前のように次の日がやってきた。

 学校に通い、特に周囲からひそひそされるような事もないままに授業が終わり、イベントも何もなく家へと帰る。

 そして夜、シェリルを引き取って育ててくれた養い親から呼び出され――


「私の、結婚が決まった……!?」

「あぁそうだ。先方も是非にと言ってくれてね。あの方ならシェリルを幸せにしてくれるだろう」

「え、あの、でも、学校は……?」


 まさかのノーマルエンドに入った時のシーンに、シェリルは戸惑いながらもどうにか声を出した。

 だってまだそのエンディングを迎えるには早すぎる。

 だというのに何故。


「学びたいのであれば向こうで家庭教師をつけると言ってくれている。少しでも早く一緒になりたいと向こうが熱烈でね。向こうでの生活が落ち着いたらこちらでできた友人に手紙を出せばいい。

 気軽な茶会はできずとも、社交の場には多く出るだろうから会えなくなることはないよ」


 にこにこと笑って言う養い親は、シェリルに嫌がらせをしようという意図を持っているでもなく、本当に彼女の幸せを考えて結婚相手を見つけたのだろう。いくら身分はきちんとしていたとはいえ駆け落ちし市井で暮らしていた両親はとっくに死んで、後ろ盾というべきものはシェリルにはない。養い親とて、ずっとシェリルの面倒を見るわけにもいかないだろう。あくまでも、一時的なものだった。

 後見人。市井でたくましく生きていけるかわからないシェリルの生活全般を面倒見てくれる結婚相手を見繕い、そうしてその相手が決まったのが今日というだけの話だった。


「シェリルの美しさなら他にも相手はいるだろう、と思っていたけれどね。是非嫁にと言ってくれた家の中で一番マトモなのがここだったんだ」

 そういって釣書を見せてもらったが、よくわからない。年齢はそこまで離れていない。けれども顔写真といったものはないので、相手の容姿に関してはさっぱりだ。

 悪い人ではないし、この人ならシェリルを幸せにしてくれるとも。と言う養い親に真っ向から反発できるわけでもなく。

 例えば今ここで攻略対象との仲が順調であったなら、反論もできただろう。

 しかし相手はいないし、ましてや昨日ロゼリアに掴みかかった光景を王子に見られている。

 今日は何もなかったけれど、これから先何かがないとは言い切れない。


 ……あの悪役令嬢が何をどうしたのかわからないけれど、今までと違って不利な状況にあるのは理解している。


 結局のところ、シェリルは頷くしかなかったのである。





 ――シェリルが嫁ぐことが決まり学校をやめたという話を聞いて、ロゼリアは内心でガッツポーズをした。

 勝った!!

 今回は勝った!!

 そんな気持ちで一杯だった。


 ロゼリアがした事はそう大層なものではない。


 まず今まで悪役令嬢としてバッドエンドを迎えるのは嫌だ、と散々遠ざかろうとしていたが、それらは上手くいかなかった。七度も死んでそこでロゼリアは気付いたのだ。


 自分が悪役令嬢ではない普通の令嬢になろうとすればするほど周囲の妨害が激しくなることに。


 本来の悪役がいなくなる事で、まるでかわりの悪役が追加されるかのようにロゼリアの周囲の誰かが敵に回る。そうしてロゼリアを陥れようと、あるいは彼女の家ごと陥れようとする敵が増える事に。


 原作の強制力。

 そうとしか思えなかったが、逆に考えればロゼリアが悪役令嬢として行動している間は周囲も別段ロゼリアの足を引っ張ろうとしたりはしていなかった。彼女が悪役を放棄しようとすると途端に味方だったはずの者が裏切る事はあったけれど。


 世界がロゼリアを悪役令嬢であれ、と定めているのであれば、その悪役令嬢として行動している間は問題がないのではないか?

 前回それに気付いたロゼリアは、ちょっとした実験をしていた。

 結果として確証を得たために八周目にしてこの世界に反旗を翻す事に成功したわけだ。


 やった事はそう大したことではない。


 まず家の権力をふんだんに使った。


 そもそもヒロインは毎回攻略対象誰にしようかな~とのほほんと恋愛を楽しんでいたけれど、ロゼリアは悪役令嬢からの脱却を目論んで色々とやっていたのだ。そのどれもが無駄になったかのように思えたが、新たな周になっても前回の記憶は残っている。以前に得た知識は引き継がれている。

 それらを利用して、まずロゼリアはゲームのオープニングが始まる前夜、父の部屋に突撃した。


 そして始めるプレゼン大会。


 初っ端、


「お父様、わたくし最近婚約者の顔を見るとストレスが半端ないのです。でも王妃にならないのは家の損失。という事で、白い結婚をしようと思っていますの」


 から始めた事で父は目を白黒させていた。

 いやそんな事言ってもだな、後継ぎはどうする? 王族で白い結婚は流石に無理だろう。

 そんな当然の突っ込みもされたが、

「王子の女性の好みは把握しているので、それらに該当する人たちを側妃に。側妃の子を後継ぎとすれば問題ありませんわ」

 言い切った。

 側妃が産もうが最終的に王妃の子として育てるので、そこら辺はどうとでもできる。そうでしょ、ねっ、お父様!

 そんな感じでごり押しした。プレゼンとか言う以前の話では……? と脳内で冷静な部分が突っ込もうとしていたようだが、ロゼリアはそれらを意図的に無視して更にあれこれ情報を放出したのだ。



 攻略対象の大半はなんだかんだ国の利益になる相手。

 だからこそヒロインが彼らとくっついた際、嫌がらせをしていた悪役令嬢は王子にお前のような令嬢を王妃にしてたまるか、と婚約破棄を突きつけるのだ。


 これがただ、そこらの令嬢を気に入らないから虐めていました、程度ではわざわざ王子だって婚約破棄をつきつけたりはしない。

 王子が攻略されている時ならこれ幸いとロゼリアとの婚約破棄に至るけれど、それ以外の男とヒロインがくっついたからとて王子が婚約破棄できる言い分はないのだ。

 だが、ヒロインとくっついた男が国にとって利益をもたらす存在であり、それを支えていたヒロインを害していた、結果としてその利益が失われるかもしれないところであった、という口実が成れば。


 元々仲のあまりよろしくない王子が婚約破棄をしないはずもない。



 であれば。

 ヒロインとくっつく前に既に利益をもたらす相手だとわかりきっている相手を、うちで取り込んでしまえばいい。

 そう思い、ロゼリアは悪役令嬢らしく手段を選ばずヒロインに対する嫌がらせとして攻略対象を減らす事にしたのである。


 今回シェリルが狙っていた先輩は、騎士の家の生まれだが音楽の才能がある事は既に知っていた。

 そして、ロゼリアの家には宮廷楽師として名高い者との伝手があった。

 その楽師に先輩の事を話したところ、興味を持ってくれたので先輩の実家に話をもっていき、騎士になってほしい父を説得。

 本来は途中のイベントで音楽を披露する場面があるのだが、それらをすっ飛ばし楽師直々に鍛えてやろう、となったのである。


 騎士……とまだ未練があった先輩の父は、

「楽器って、重たいのもあるんですよ。しかも扱いは丁寧でなくてはならない。一見優雅に見えますけどね、辛い苦しいを表に出さずに涼しい顔してないといけないので、生半可な体力じゃ無理なんですよ。ほら、見てください私、一見すると細っこいとかよく騎士の方に言われるんですけどこの腕。ごりっごりでしょう筋肉。でもあまり鍛えすぎると楽師としての見栄えが悪いとかで、下手すると騎士より節制した生活しないといけなかったりするんですよ。酒もね、喉を痛めてはならないからほとんど飲めないし。いいですよね騎士、仕事終わりに一杯。えぇ、えぇ、羨ましい。貴方の息子さんはね、騎士よりも生活が厳しい楽師に所属すると、いばらの道を歩むと決めたのです」

 と楽師に迫るようにして言われ、その迫力に思わず頷く事となった。


 楽師なんて軟弱なもの……と思っていた先輩の父は思った以上にハードだな、と思ったからか、なし崩しかはさておきともあれGOサインが出たのであった。

 というか、酒が飲みたくて飲みたくて震える楽師の迫力に負けたとも言う。

 あの時の楽師の気迫はそこらの騎士を凌駕していた。これだけは確かである。


 そういうわけで、先輩は一足先に学校を後にし、楽師のもとでハードな修行をしている。とりあえず先輩はとても幸せそうなので良し。


 他にも何名か、わかりやすく国の利益になりそうな相手の情報を父に渡し、先んじて手を出させていただいた。流石に攻略対象全員を把握しているわけでもないが、それでも大多数。援助が必要ならば援助をし、それ以外のいざこざがあれば解決のための人員を派遣し。

 正直、ヒロインじゃなくても問題なかろう、という相手も多くいた。

 たまたまヒロインと出会い彼女が支えて恋に落ちただけで、別の人間にそれができないわけではないのだ。



 そして王子。


 そもそも仲がよろしくない。


 というかロゼリアは王子の好みの女性ではない。


 けれども、何らかの理由もなしに婚約破棄などできるはずもない。するのであれそれなりの理由が必要である。

 正直ロゼリアもあの王子顔はいいけどな……散々あいつに婚約破棄されすぎて恋愛対象として見れないんだよな。という思いが強い。それでも結婚して初夜を迎えたとして、咄嗟に相手の金的を潰さないとも限らない。流石にそれはマズイ。

 初夜でいきなり男としての機能を破壊しにかかるとか、妻っていうか暗殺者。

 王室スキャンダルにも程がある。


 なので。

 王子には正直私も王子の事は好みじゃないので、いっそ白い結婚にして側妃迎えませんか? と持ち掛けた。ロゼリアの家の派閥と敵対しない感じの家から、王子好みの女性を数名。

 この方とかこの方とか、と聞かされていくうちに、王子もほうほうふむふむ……と話を前のめりで聞く体勢に入り最終的にあれこれ他の契約もくっついたけれど、お互いの家にとってWIN-WINな感じに落ち着いた。

 王子の両親でもある王や王妃も交えたので話が大きくなった感はあるけれど、王子にとってもロゼリアにとっても悪い話にはならなかった。

 王子とロゼリアはあくまでもビジネスパートナーとしてやっていく。話を要約すればそういう感じである。

 お互いに相手の能力についてはよくわかっているので、そこからしてイヤだなどとは言えなかった。



 そうやって他の攻略対象者などの恋愛イベントで発生するような本人のお悩みも解決できる範囲でサクサク前倒しするように適材適所な感じで人材を割り振っていったのである。


 その結果が、攻略対象を学内で見かける事がなくなった、という事だった。


 ロゼリアの父に若干の負担がかかったけれど(主に人材派遣的な意味で)、しかしその分見返りはあった。うちばっかり利益出しちゃったら悪いから、で他の家もいくつか巻き込んで派閥が大きくなったけれど、一番得をしたのは誰? と聞かれれば間違いなくロゼリアの父だろう。



 かくして、次の攻略対象を狙っていたはずのシェリルはお目当ての相手と会う事もできず、個人ルートに入る事ができずにノーマルエンド確定と相成ったのである。

 シェリルの婚約相手にも実は手を回していたというのは秘密だ。


 流石に酷い相手を選んだりはしていないが、今までの攻略対象と比べると物足りなさを感じるだろうなとは思っている。

 お目当ての相手との恋愛を邪魔する、という点でしっかり悪役令嬢としての仕事は果たしていたので、別の相手とくっつけることに関しても特に妨害はなかった。



 王子ともお互い仕事のパートナーとしてなら仲良くやっていけそう、となったので王子に婚約破棄を突きつけられる展開もなく、国外追放されることもない。ようやくロゼリアは八周目にして死なないエンディングを迎える事ができたのであった。




 ――さて、そんな、ロゼリアにとってはハッピーエンドを、シェリルにとってはノーマルエンド……考えようによってはバッドエンドかもしれない、を迎えたある日の夜。


 そろそろ寝るか、とベッドに入ろうとしたヒロインと悪役令嬢の頭の中に、突如ファンファーレが響いた。


『おめでとうございます! 此度の勝負、悪役令嬢の勝利です! では引き続きそのまま人生をお楽しみ下さい!』


 そしてそんな声が。


 ロゼリアは何事かと思ったし、シェリルもまた頭がおかしくなったのかと思った。

 二人は異なる地にいたので、お互いに今の聞こえた? なんて確認できるはずもない。ただ一人寝室で、

「……え? 何?」

 と困惑した声を出すだけだった。



 その直後。

 頭の中に勝利条件というものが浮かび上がる。


 そもそもさっきの声は何だったのか。神様か? 勝負っていうか、人を転生させて勝手に勝負の駒にするんじゃない、というか勝負っていうならまず最初に勝利条件とか出すべきでは? と色々と言いたいことはあったけれど、口に出したところで意味があるかはわからなかった。


 というか叫んだとして、家の者におかしな目で見られるだけだ。



 そしてその勝利条件を見て、


「そういう事か……」

 と納得した悪役令嬢と。


「はぁ!? 何よそれ」

 と小さく叫んだヒロインと。


 反応は全くの逆であったけれど、呟いたタイミングは同時だった。


 頭の中に声だけだったのは、きっと直接目の前に現れていたら間違いなく殴られていたからかもしれない。

 ともあれ、どうやらもうループはしないという事がわかっただけでもロゼリアとしては安心であるし、シェリルとしてはもう一回! と叫びだした位気持ちで一杯だったけれど。


 こうして、恐らく神であろう存在に弄ばれた二人の女性の人生は、ようやく逆戻りする事なく前に進むだけとなったようだ。








 勝利条件


 ヒロイン

 本来のゲームに無かった悪役令嬢との和解、その後彼女とのエンディングを迎える。


 悪役令嬢

 悪役令嬢のままヒロインに勝利する。


 どちらかが条件を達成するまでループは続く。

 悪役令嬢が悪役である事を放棄した場合、周囲が敵に回る。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まあ、こんなことできる上位存在は駒にされた哀れな人間のことなんて考えんわな
[一言] ていうか政略とかそういうこと考えることが出来ずにひたすら自分の下半身のことしか頭にないバカ王子が次の王って絶望的だよねぇ 白い結婚、ってことは結局この阿呆と一生付き合うんでしょ 人生が続くっ…
[一言] もう充分楽しんだろ? ヒロインの中の人。 まあ、それよりお二人ともお互いに今後の人生を謳歌して下さいw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ