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風の国のお伽話 第二部  作者: 花時雨
第一章 ピオニル領新政
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第6話 石

承前


先代子爵の机の中に怪しげな石を見つけた後、ユーキは直ちにローゼン大森林に出掛けた。

石は麻袋で三重に厳重に包んで背嚢(はいのう)に入れてある。

夏の長い日も夕闇が近づく中、ユーキはローゼン大森林の側にクルティスを待たせて一人で森に踏み入った。

歩き出すと、すぐにローゼンの声が頭の中に響いた。


「ユーキ、こんにちは。もうすぐ『こんばんは』だけど、こんな時間にどうしたの?」

「ローゼン、御機嫌良う。今日は教えて欲しいことがあってきたんだ」

「あー、その荷物のことね。ちょっと待って。道を開けるわね」


立ち止まって待つと、ローゼンの声に応じてすぐに湖への道が開いた。

夕陽が映る湖の傍には、その照り返しで褐色の艶やかな肌を輝かせながらローゼンがこっちを見て手を振っている。

紅竜の化身の美少女には紅い夕陽が良く映えると思ったが、今はそれどころではない。

ユーキは近づいて行って声を掛けた。


「ローゼン、突然で申し訳ないんだけど」

「わかってるわ。その荷物のことでしょ」

「わかるの?」

「そりゃまあね。出して見せてくれる?」


ローゼンの言葉に従って背嚢から麻袋を慎重に取り出し、ローゼンが差し出した手の上に恐る恐る乗せた。

ところがローゼンは無造作に袋を開けると、恐れ気もなく素手でひょいっと石を取り出した。

いや、重さも結構あるんだけどとユーキは思ったが、少女の体の中身は竜なのだからそのぐらいの重さは何でも無いのかもしれない。

やはり畏るべしである。


ローゼンは二度三度と石をひねくり回して見ていたが、面白くも無さそうに袋に戻した。


「多分ミスリル鉱石ね。久し振りに見たわ」

「ミスリル鉱石? これが?」

「ええ、そうよ」

「知らなかった。お伽話の中の物とばっかり思っていたよ」


ユーキが驚いていると、ローゼンがきょとんとしてユーキの顔を見上げた。


「ミスリルがあるんだから、ミスリル鉱石があっても何も不思議はないんじゃない?」

「それはそうだけどさ。鉱石の実物の話なんて一度も聞いた事が無かったから」


ユーキがローゼンの手の上のミスリル鉱石が入っている袋をしげしげと見ていると、ローゼンが慌てて引っ込めた。


「未処理のミスリル鉱石は土の(しょう)の瘴気が籠っているから。人には猛毒よ。絶対に素手で触っちゃ駄目よ」

「やっぱりそうなんだ。触らなくて良かったよ」

「そうね。もし触っていたら大変なことになっていたかもね」

「もし人が触ったら?」

「普通の人なら、多分何年間か苦しんで死ぬことになるでしょうね。ユーキは感受性が強そうだから、もっと早いかも」

「そういうことか……」

「触らなければいいんじゃない?」

「これ一つだけならいいんだけど、ひょっとすると、僕の領のどこかに沢山あるかも知れないんだ」


ユーキが深刻な声を出すと、ローゼンがさも面白そうに笑った。


「僕の領? ふふーん、臨時とか言ってたけど、御領主様が板に付いて来たみたいね。ふふ」

揶揄(からか)うなよ」

「ごめん、ごめん」

「どうすればいいんだろう」

「うーん、瘴気は妖魔には無害だからねえ。あまり気にしたことは無いんだけど。良かったら、私が預かって、ここの皆に聞いておくわ。心当たりが無くはないし」

「わかった。申し訳ないけどよろしくお願いする。僕は取り敢えず、出所が領のどこなのか捜すことにするよ。悪いけど、今日はこれで帰る。何も持って来れなくてごめんよ。次は必ず何かのお菓子を持って来るから」

「そうね。楽しみにしてるわ。見つかったら、また来てね」

「わかった。じゃあ」


そそくさと帰るユーキの背中を見て、ローゼンは「ふふふ」と笑った。


「嬉しそうね」


後ろから羨まし気な女の声がした。

ローゼンが振り向くと、案の定ウンディーネだ。


「友達に頼られるのは嬉しいものでしょ」


ローゼンの返事には応えずに隣まで歩いて来ると、ウンディーネは麻袋を取り上げて中を覗いた後に興味なさげに言った。


「ミスリル鉱石なら製錬してミスリル鋼を作れば高く売れるのに、それはまだ頭に無さそうね。領民の安全が一番、か。本当に真面目な子ね」

「ユーキですから。私の友達ですから」


ローゼンが得意そうに胸を張る。


「はいはい。あーあ、他のいい男来ないかしら。退屈しちゃう」

「今からアイヒェの所へ行くけど、(ひま)なら一緒に来る?」

「嫌よ、あんな面倒臭いおっさん。若いのが良いの、若いのが」

「あっそ。好きなだけ湖で浮かんで待ってれば?」


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ユーキは邸に戻るとすぐに先代子爵の私室に入った。

先代の子爵が机の鍵を隠していたのは、危険なものだとわかったからだろう。

恐らく彼も娘もこれに触ってしまい、瘴気に侵されたまま治療法が見つからずに亡くなったのだと思われる。

ネルント村の村長に何も言わなかったのも、村人が危険に近づかないようにするためだったのだろう。


アンジェラが燭台に灯をともして出て行くと、ユーキは机の引き出しに入っていた書類やメモを一枚一枚丹念に調べていった。

そこには、先代の子爵が領内、特にネルント開拓村付近で行っていた調査の内容が克明に記されており、鉱山、できれば鉄鉱石を求めて山に分け入ったことが書かれていた。

そして地図には、あの石、ミスリル鉱石がみつかった場所が記されていた。


ユーキはゴクリと喉を鳴らした。

これは放置しておくわけにはいかないし、人任せにもできない。

いずれ当面の仕事が片付いて領政が軌道に乗ったら、早く調べに行かねばならないだろうとユーキは覚悟を決めた。


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