第5話 鍵
前話翌日夕刻
夫人をクリーゲブルグ辺境伯領へ送って行ったその後、ユーキ達は領境の町を視察してそのままそこで泊まった。
その翌日に領都の邸へと戻り、日も傾き始めた今、ユーキとクルティスは二人きりで先代子爵の私室にいた。
その元従者クネヒトがクルティスに告げた言葉を確かめるためである。
帰邸して直ちに来たために、帯剣も外さず着替えもしていない。
クルティスが扉を閉めるのを確認して、ユーキは壁に近寄った。
そこにあるのは、綺麗に磨き上げられ輝きを放つ真鍮製の大きな燭台である。
その五連の長く太い蝋燭受けの右端を二人でしげしげと観察する。
装飾として彫り上げられた鱗模様をよく見ると、そのうちの一つが他のものと僅かに違う。
ユーキがそれに爪を掛けて静かに引っ張ると、最初は動き難かったがやがて少しずつ引き出されてポロリと外れた。
ユーキとクルティスは無言で頷き合う。
外れた鱗を机の上に置き、クルティスが蝋燭受けをゆっくりと力を入れてひねると、回った。
続けて回すと、ネジ細工になっていることがわかり、やがて上下に分かれた。
上を外すと下の部分は中が空洞になっており、何かが入っている。
ユーキが取り出すと二種類の鍵が出て来た。
クネヒトが言っていた通りならば、一つは以前にニードが合鍵を作った執務室の、そしてもう一つはこの部屋の机の錠を開く筈だ。
執務室はともかくも、私室の机の鍵をこうまでして誰からも隠しておく必要があったのだろうか。
いったい、何が入っているのか。
ユーキは鍵を持って机に向かった。
鍵穴に差し込んでゆっくり回すとカチャリと錠が開く音がした。
上から順に引き出しの中を調べる。
上段と中段には、何枚もの書類やメモや地図が入っていた。
内容は後でゆっくりと調べることにして、床に膝を突いて一番下の引き出しに手を掛けると、また嫌な感じがする。
止めようかとも思ったが、そういうわけにも行くまい。
引き出しを慎重に開けようとしたが、少し引いて隙間ができた途端に黒く薄い靄のようなものが見える気がした。
躊躇いがちに大きく開いたその中には、黒色と灰色の斑の中に銀色がちかちかと輝く石の塊が見えた。
何かの鉱石のようだ。
横から覗いていたクルティスがぼそっと呟いた。
「ただの石ですか?」
いや、違うだろう。ただの石には見えない。
何か仄黒い、嫌な色の反射が目に映る。
取り出そうかと思ったら、腰の剣が急に重みを増した。
まるで後ろに引かれたようだ。
これは、迂闊に手を出すなと紅竜の剣が言っているのだろうか。
取り出すのを躊躇っていたら、横からクルティスが手を伸ばして来たので、慌ててそれを抑える。
「触るな!」
「ユーキ様?」
クルティスが手を引っ込めた。
驚いた顔をしてこちらを見たので、笑顔を取り繕って言い訳をする。
「驚かせてごめん。でも、嫌な予感がするんだ。素手で触らない方が良いと思う」
「……俺には良くわかりませんが、わかりました」
「知り合いに尋ねてみることにするよ」
「また、森に行かれるんですね?」
「わかるの?」
「俺には良くわかりませんが、不思議なものは不思議な所へ、ということなんだろうと」
「……何か袋に入れておいた方が良さそうだな」
「アンジェラに頼んで、麻袋と手袋を何枚か持ってきます」
石はアンジェラが持って来てくれた頑丈な麻袋を三重にして入れておくことにした。
手袋も二重にはめてから、そうっと引き出しから取り出して袋に納めた。
今すぐに、ローゼンに相談しにいこうと心に決めながら。
次話に続きます。