第20話 ミスリル鉱石とドワーフ
承前
エルフのアイヒェはユーキの土産のプレッツェルをひとつ口の中に放り込んで噛み砕いて満足そうにすると、得々と語り出した。
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「『真の銀』の名の通り、実は、ミスリルも銀の一種なのだそうだ。普通の銀の鉱石は、銀以外にさまざまなつまらぬ混じり物を含んでいるだろう? それを取り除いて初めて銀となる。金とか銅とか鉄とかもそうだ。方法は違えど、混ざり物を取り除けば良い。
ところがな、ミスリル鉱石が違うところは、混じり物の多くが土の性の瘴気なのだ。これが厄介なものでな、銀に固く結びついていて、火で焼こうが水で洗おうが、取り除けない。その癖に、生き物が触れると途端に乗り移って瘴毒に侵されるのだ。もっとも、私達のような風の性のものにかかれば土性の瘴気などどうと言うことは無く、ちょちょっと魔力を使えば消し去れるのだが。
え? 何? つまりエルフならミスリル鉱石を無毒化できるのか? 当たり前だろうと言いたいが、そうでもない。鉱石の表面の瘴気は消せるのだが、中まではそうはいかないのだ。ほら、これがこの前に預かった鉱石だ。表面の瘴気は消しておいた。どうだ、一面に純銀の色に輝いているだろう? ああ、触ってはいけない。瘴気が消せているのは、表面のほんの一層だけだ。脆くもなっているから、触ると崩れて中の瘴気が出て来て侵されるぞ。まあ、ここにいる分には、お前が侵されても私が毒を消してやるから大丈夫だ。余所で侵されたらすぐにここへ来い。命の消える前であれば、何とかしてやろう。なに、礼はプレッツェルで構わない。多めにな。
それで何だったかな? ああ、ミスリル鉱石の無毒化の話か。方法は二つある。一つは、大方は察しが付いただろうが、生き物に張り付けて瘴気を吸わせるのだ。張り付けられた生き物はしばらくすると死ぬから、次から次へと張り替えだな。酷い話だ。その上にこの方法では瘴気が抜けるだけなのでミスリル鋼にはならず、ただの銀鉱石に変わるだけだ。沢山の生き物を殺して僅かな銀しか取れず割に合わないからな。試すなよ?
で、もう一つの方法、これがあのずんぐりむっくりのドワーフ共にしかできない方法なのだそうだが、鉱石中の瘴気を槌で叩き出しながらあいつらの魔力と置き換えるのだ。そうだ、ミスリル鋼とは、銀と土性の魔力とでできているのだ。それも普通の銀に魔力を入れることは出来ず、瘴気との置き換えでなければうまく行かないのだそうだ。だから、ミスリルは瘴気の籠ったミスリル鉱石からしか、しかも鍛冶に巧みなドワーフ共でなければできない、とまあ、そう言うことだ。叩き出された瘴気はどうなるか? ああ、それは瘴気が固化した細かい瘴粉となるな。こうなってしまえば、我らの風の魔力に晒せば簡単に消せる。以前にここにずんぐりむっくりのドワーフ共がいた頃には、頼み込まれて嫌々やったことも何度かある。簡単なことだがな。わかったかな?」
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話し終わるとまたプレッツェルを食べ始めたアイヒェにユーキは尋ねた。
「そうすると、まずはドワーフ様にお願いしてミスリル鉱石から瘴粉を取り出してもらい、それをアイヒェ様にお願いして消していただかなければならないのですね」
「まあ、そうなるな。消すのは私達でなくても、風の性の強い妖魔であれば誰でもできるだろうけれどな」
「ドワーフ様はここにはいらっしゃらないんですよね」
「ああ、今はいない。いなくなって清々した」
ドワーフの話になり、アイヒェは顔を歪めて返事をした。
噂通り、エルフとドワーフは仲が悪いのだろうか。
だが、ユーキにはどうも腑に落ちないことがあった。
それを、恐る恐る尋ねてみることにした。
「アイヒェ様、付かぬことをお伺いしますが、先程美しいミスリルの矢を使っておられましたよね。あれは?」
その問いに、アイヒェの顔付きがばつの悪いものに変わった。
まるで隠し事を親に見つけられた子供のような顔だ。
「……貰いものだ。押し付けられたものでも、貰った以上は使わんわけにも行かんだろう」
「もしかすると、ドワーフ様から贈られたものなのですか?」
「ああ、あいつらが鶴嘴の柄にする木が欲しいと言うから、依木に頼んで太目の良い枝を何本かくれてやったのだ。そうしたら、借りは作りたくないとかほざいて、鏃を勝手に置いて行った。放ったらかしにしておくとローゼンにきつく叱られるから、止む無く引き取って使っているだけだ」
アイヒェの嘯く言葉を聞いて、今まで黙っていたローゼンが「ぷっ」と噴き出した。
「止む無く? ものすっごく大事にして、肌身離さずにいるじゃないの」
「失くしたら、寄こしたあいつに何を言われるかわからないからな」
「射たこともないくせに、すぐに持ち出して射る振りをするんだから。もし射たら、当たり外れの結果もそっちのけで拾いに行くんでしょうが」
「……失くしたら何を言われるかわからんからな」
「お互いに義理堅く交際しておられたのですね」
「交際? そんなことはしておらん」
ユーキの問いにアイヒェが視線を逸らして答えるのを聞いて、ローゼンがニマニマと笑う。
「よく言うわね。あいつらがここを出て行くまでは、結構仲良くやってたじゃない」
「ローゼン、そうなの?」
「ええ、そうよ。まだこの森が小さかった頃は、エルフとドワーフとでしょっちゅうつるんであっちこっちを歩いていたわ。あの事故が起きるまではね」
「あの事故?」
ローゼンの言葉を聞いて、アイヒェが横を向いたまま、文句を吐き出した。
「あれはあいつらが悪い。そもそもあいつらは、他人のことを考えようとしない。我々の依木があるのを知っていたくせに勝手にその下に穴を掘って、地崩れを起こしたのだ。そのせいで依木が何本も巻き添えになったのに、謝りもせずに食って掛かって来た。本当に迷惑な連中だ」
「そうなのですか」
「そうだとも。文句を言ったら出て行ってしまった。別にそこまでせんでも、謝ってくれればそれで良かったのだが。厭味ったらしく、これ見よがしに出て行きおった。なあ、ローゼン、そうだったろう?」
「どっちもどっちなんだけどね。『そっちが悪い』『いやお前が悪い』って、子供の喧嘩みたいだったわよ。ま、それで出来た大穴に水が溜まって湖になって、結果としては森が大きくなったんだけどね」
「凄い規模の穴を掘っておられたんですね」
「それしか能の無い連中だからな。まあ、なかなかのものではあったな」
「それが落盤して、御無事だったのですか?」
「ああ、あいつらはそんなことで滅するような弱虫ではないからな。みんな泥塗れになって土を掻き分け掻き分け出てきてな。その時の情けなさそうな顔と言ったら、思い出しても笑ってしまう」
クククッ、と思い出し笑いをしながら腹を抱えるアイヒェ。
だが、これは追従笑いをしてはならないやつだろう。
ユーキは素知らぬ顔で肝心なことを尋ねることにした。
「それで、今はどこにおられるのですか?」
「くわしくは憶えとらんが、この南の、何と言ったか、栗毛のビーグルとかいう領におるはずだ」
「……クリーゲブルグ領でしょうか」
「ああ、それだ、それ。山手の方で、飽きもせずに穴を掘っているはずだ。会いに行くのならあっちの方の逸れエルフがまだ付き合っとるはずだから道を教えるようにすぐに伝えておいてやる」
「有難うございます」
「何、プレッツェルの礼だ。気にするな。ボーレと言う奴がドワーフの古株だから、ミスリル鉱石のことはそいつに頼めば良い。但し機嫌が悪いと、煌めき輝く純ミスリル製の鶴嘴をめったやたらに振り回して来るから気を付けることだ。その柄は私のくれてやった大事な楢の枝製だからな。名品なのに粗末にするとんでもない奴だ。ああ、会ったらついでに、アイヒェが『元気か、もし元気ならあの時の事を謝りに来い、そうしたら許してやらんでもない』と言っておったと伝えてくれ」
「はあ」
「まったく、毎年南へ渡りをするんだから、その時に寄ってあげればいいじゃないの」
ローゼンが呆れ声で物申しても、アイヒェはまたそっぽを向くだけだった。
「それはできん。あいつから謝りに来るべきだ」
「本当に面倒くさいおっさんね」
「わかりました。お会いしたらお伝えします」
「うむ。頼んだぞ。ああ、そうだ。あいつの好物は強い酒だ。土産にすれば髭面歪めて喜びおるから憶えておくと良い。ではな」
言うだけ言うと、アイヒェはプレッツェルの袋を抱えて楢の枝に跳び上がり、枝から枝へと跳び移って登っていく。
あっという間に姿が見えなくなり楢の樹がまた一揺れした後は、静まり返ってしまった。
「ね? 変わってるでしょ?」
「はははは」
ユーキとしては、肯定も否定もせずに笑うしかない。
「ボーレって言うのも似たり寄ったりの変わったおっさんだから、覚悟しておくことね」
「そうなんだ。エルフ様とドワーフ様は仲が悪いって聞いてたけど、実はそうでも無いんだね」
「仲が良いのか悪いのか、本当にはた迷惑ね。でもまあ、おかげで森が大きくなったから、文句も言えないんだけどね」
ユーキとローゼンは楢の大樹に背を向けて湖の方に戻ろうとした。
だが、歩み出した途端にローゼンが足を止めた。
「あら? 誰か、ユーキを捜しに来てるみたい。んー、家臣の人みたいね」
「誰だろう。クルティスかな?」
「前に来たお連れさんとは違うわね。ずいぶん良さげな人みたいだけど、ウンディーネに遊ばれてるから、早く戻ってあげた方が良さそうよ。私は会わない方が良いだろうから、今日はここでお別れするわね」
「わかった。ドワーフ様に会えたら、またお礼に来るよ」
「ええ、じゃあね」
「じゃあ、また」
次話に続きます。




