第12話 ノーラの村再訪
前話翌日
ノルベルトとノーラはネルント開拓村に向かって荷馬車を進めた。
できるだけ早く着くために、前回同様に前夜は主街道の途中で野営になった。
ノーラは夕食の準備のために熾した焚火を見詰めて、村の人々の無事を願ってまた祈りを捧げていた。
今日の村への途上、戦場となった筈のフォンドー峠では、ノーラは感慨深げな目で周囲を見回していた。
もっとも、戦いの痕跡らしきものはもう全て消されたのか、何も見つけられなかった。
以前との唯一の違いは、峠の頂上の広場に建てられていた小さな小屋だけだった。ケン達が、戦の準備をするために造ったものだろう。
それを見て、ノーラはまた両手を胸の前で握り合わせて目を瞑り、祈りの言葉を呟いた。
フォンドー峠を通り過ぎて緩やかな下りになると、道に新しい足跡や轍があることに気が付いた。
騒ぎが収まって麓との人の行き来も増えているのかもしれない。
村にとっては良いことだろう。
中には、付いてからまだ間もない蹄の後もあるようだ。
二人の荷馬車が山道を下りきって村里に入ると、目敏く見つけた村人達がこちらをじっと見ていたが、ノーラ達の顔に気が付くと、「ノーラさん! みんな、ノーラさんが来たぞ!」と叫んで走り寄って来た。
その声を聞き付けて、あちらの家からもこちらの家からも人が出て来て、荷馬車の方に走って来る。
あっという間に荷馬車の周りに人集りが出来上がってしまった。
「ノーラさん、良くいらっしゃいました!」「ノーラさん、俺達、勝ちましたよ!」「あんたのお蔭だ!」「ノーラさんの言った通りだったぞ!」
村人達が口々に叫ぶ。
「おめでとうございます。それでこちらの怪我人は? 何人が?」
ノーラが聞き返すが、みんな自分が感謝の言葉を叫ぶのに一所懸命で、ノーラの問いを聞こうとしない。
ノーラとノルベルトが困っているところに、松葉杖を突いたマーシーが赤ん坊をおぶったマリアに支えられながらやって来た。
「みんな、落ち着け!」
思いきり怒鳴る。
足は思うようにならなくても、その声の力は衰えていない。
みんな、びっくりして振り向いた。
「カウフマンさん達が困ってらっしゃるだろうが。慌てなくてもお二人は逃げだしゃあしないんだ。いや、お前達がそんな調子じゃ、逃げられちまうかもな」
マーシーがそう言って大声で笑うと、皆も笑い出した。
「カウフマンさん、ノーラさん、安心してください。村からは、死人も大怪我も出ませんでした。てめえで転んで膝小僧すりむいたおっちょこちょいはいましたが」
「そうですか、それは良かった」
「……」
マーシーの明るい声にノルベルトはほっとして答え、ノーラは何も言えなかった。
俯いて顔を押さえ、声を殺してすすり泣き始めた。
マーシーや村人達は何も言えずに黙って見守り、ノルベルトが優しく背中を撫でる。
ノーラはしばらくしゃくり上げていたが、やがて少し落ち着くと、涙を拭きながらぼそっと呟いた。
「……良かった。本当に良かった」
マーシーが村人を代表して答える。
「ああ。ノーラさん、本当に良かった。それもこれも、あんた達のお蔭だ」
「ううん。皆さんが頑張ったから。私達は何もしてない。良かった。本当に良かった」
「ああ、そうかもな。ノーラさん、わかったから。有難うな」
「……うん」
「じゃあ、村長の所に行こうか。だが、今、えらい先客が来てるんだ」
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先客とは領主であるユーキの事だった。
ユーキはクルティスだけを連れてネルント開拓村を再訪していた。
目的は村政の相談と、先代子爵が残したミスリル鉱石が掘り出された場所を探し当てるためである。
領政はフェリックス補佐やベアトリクス達に任せて来た。
ケンも連れて来ようかと思ったのだが、本人が「村から出て来てまだ間もないし、自分が何もできていないうちに村の皆と顔を合わせるのはあまりに恥ずかしい」と固辞したので置いて来た。
今頃はまた衛兵長の指導を受けて衛兵の仕事を学んでいるだろう。
ユーキ達は今回はあらかじめ知らせずに来たために村長や村人達には驚かれたが、熱い歓迎を受けた。
ユーキ達の顔を見知っている村人に恭しく案内されて村長の屋敷に着いた後には挨拶を受け、まずは少し御休憩をということで一休みした後に、村長やレオンと村政についての相談を始めようとした時だった。
扉が叩かれ、村長の妻が顔を出し、村長を手招きした。
「殿下様、失礼をいたして申し訳ございません。あなた、ちょっと」
「何だ、殿下に失礼だろう」
「村長、構いませんよ。今日は時間はたっぷりありますから」
「申し訳ございません」
村長が席を外し、場にはユーキ達と共にレオンがぽつんと残された。
ユーキは何か話し掛けようかとレオンの方を向いたが、レオンはそれだけで顔を髪の毛と同じ赤色にして、俯いてしまった。
「君は行く行くは村長の跡を継ぐことになるんだよね」
ユーキに優しく声を掛けられて、レオンは慌てて顔を上げた。
「は、はい! 殿下様! そうなれればいいなと思っています!」
「そう。以前にケンが言っていたよ。『俺の弟は仕事を良く学んで頑張っているんです』って。きっと良い村長になるって信じているそうだよ」
「兄さんがそんなことを」
「いい兄さんだね」
「はい! 殿下様! 兄さんは俺達みんなのことをいつも考えてくれていて。それなのに俺は……」
そこまで言うとレオンはまた俯いて、言葉を飲み込んでしまった。
「いろいろあったのかもしれないけど、いい兄弟なんだろうと思うよ。私は一人っ子だから、ちょっと羨ましいかな。まあ、その分、このクルティスがいてくれるんだから、文句は無いんだけどね」
「は、はい、殿下様!」
レオンがユーキとの会話に困っているうちに部屋の外で妻と何事かを話していた村長が戻って来た。
「殿下、大変失礼をいたしました。実は、来客がございまして。そちらにちょっとお断りして参ります」
「来客?」
「はい、行商人の方です」
「以前におっしゃっておられた、出入りを求めておられる方でしょうか?」
「左様です。例の騒動の顛末を聞かれて、見舞いをかねて来てくださいました」
「そうですか。それでしたら、私からも挨拶をさせていただきたいと思います。こちらへお招きいただけますか?」
「承知いたしました」
次話に続きます。




