第0話 プロローグ
「風の国のお伽話」と「風の国のお伽話(幕間)」を読んで下さった方への贈り物として書いた作品です。未読の方はそちらを先に読んでいただいた方が楽しめると思います。
風の国ヴィンティアの王城の、最も高い尖塔のその上に、それは腰掛けていた。
いや、もしそれを見える者が良く良く見たならば、その腰は塔から僅かに浮き上がっていることがわかっただろう。
その風の精は、自在に呼び起こした夏の白い南風に長い緑の髪を梳かせ靡かせながら、眼下に広がる王都の光景を眺めていた。
この国の建国王にただの気紛れから少しばかりの力を貸し、それ故にこの国がこのシルフの通り名にちなんで名付けられてから随分な時が経つ。
ここに留まったのも少しの間の仮の宿りだったはずが、もうすっかりこの風の城に馴染んでしまったような気もする。
元来、妖の身である自分には、人が、人の世がどうなろうとも知ったことではない。
こちらの領分に手を出さなければ、生きるも死ぬも勝手にすれば良い。
次から次へと生まれ、あっという間に亡くなってしまう儚い命をどうこうしようとは思わない。
ただ、己の力を知らず、妖を従えようなどと不遜な思いを抱く者には容赦はしない。
我の下に従うフェアリーやスプライトのような低位の妖精ですら、手負いで妖力を使えぬ状態ででもない限り、人が寄って集っても負ける道理は無いのだ。
もっとも大概の人間は妖に気付くことは無い。
お互いに干渉しなければ平和は保たれるのでそれで良い。
それでも稀にこちらに気付き、こちらの力を敬して言葉を交わすことが出来る者がおれば、気慰みにもなれば情も湧くというものだ。
つい、力を貸してやりたくもなる。
この国の建国王や、三代前の烈女王は自分にとってそう言う存在であった。
最近になってまた一人面白そうな者が現れたが、どうやらこちらより一足先に火の精ローゼンが随分と肩入れしているらしい。
先を越されて少し悔しい思いはする。
シルフは数日前に自分の足下の城を南に向けて旅立って行ったその者を思い出した。
いずれはこの国が風ではなく火の国と呼ばれるようになるのかも知れないという、ふと生じた思いを振り払った。
それも良し、あるいは他に自分に気付く者がいれば力添えしてやるもまた良し。
いずれにせよ、まだまだ続く長い世の、ほんのひと時の間の事に過ぎないのだ。
ヴィンディーゼという通り名を持つ風の精は立ち上がると眼下の景をもう一度見渡して、右手を高く掲げた。
「我が森に戻るとしましょうか」
呟きの内にもたちまち起きた風の渦に紛れて一瞬光ると、その姿は大気に溶けて消え去った。
最後までお付き合いいただけるとありがたく、よろしくお願い致します。