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婚約者の座は譲って差し上げます、お幸せに (前編)

 婚約者が見知らぬ女性と寄り添い合って歩いているところを目撃した私は、彼から直接話を聞いてみることにした。


「悪いわね、急に呼び出して」

「いいよー。で、話って何?」


 私の実家はそれなりに資産のある家。


 一方彼はというと父親がいない。昔亡くなったそうだ。なぜ亡くなったのか、は、聞いていないけれど。きっと何か理由があったのだろう。そんな事情もあって母親と二人きりなので、あまりお金がないらしい。


 婚約してから、うちの家は彼の家に支援金を出している。


 婚約者の親が貧しさに喘ぐようなことがあってはならない、と、私の父親が考えてのことだ。


「先日見てしまったの、女性と歩いているところ。彼女は一体誰?」


 目の前にいる彼の瞳を見つめつつ、真面目な顔で尋ねた。


 しかし彼は真剣な顔はしない。否、真剣な顔をするどころか、直前よりも緩い顔つきになっている。彼は真剣のしの字すら存在しないような表情を浮かべるだけ。


 何がそんなに面白いのか。

 なぜそんな風に情けなく笑っていられるのか。


 その締まりのない表情を目にするだけで何とも言えぬ複雑な気持ちになる。苛立ちに似たような何かが、胸の内に湧き上がってくる。


「えー。何それ、何の話?」

「とぼけるのはやめて。きちんと目を見て話して」

「僕、何も知らないよー」

「そういう問題じゃない! 質問に答えて」


 少し調子強めてみても、彼の顔つきに変化はない。


「だってそんな話知らないよー。人違いじゃないのー」

「そう、そういう態度を貫くのね。分かった。じゃあこれを出すわ」


 私は一枚の写真を取り出し、突きつける。


 写っているのは彼と女性の姿。離れたところからの撮影ではあるが、二人とも、顔がしっかりと写り込んでいる。ぼやけている、ということもない。そこに写り込む男性の顔は明らかに彼のもの、それは誰の目にも明らかである。


「えっ……何これ。ぼ、ぼっ、ぼ、僕じゃないよ」


 彼の表情は一気に変わった。

 明らかに焦っている。


「この写真の男性の顔、明らかに貴方の顔よ」

「なっ、何これ、知らないよ。ぼ、僕、僕はこんなの、し、しなっ……知ら、ないしっ……」


 分かりやす過ぎる。

 本当に知らないなら、こんなおかしな物言いにはならないはずだ。


「とぼけなくていいわ。時間がもったいないから」

「し、知らな、いっ……よぅっ……!」

「本当のことを言って」


 冷ややかに告げると、彼は黙り込む。


 数十秒の沈黙。


 その後、彼はゆっくりと口を開く。


「……最近知り合ったんだ」


 彼は弱々しい声で言葉を紡ぐ。


「あるパーティーで声をかけてもらって、それで、親しくなったんだ。それで、今度は二人で会わないかと誘われて……会うことにした。それから何度か会ったんだ」


 知らぬふりを貫こうとしていたようだったが、さすがにもう貫けなくなったようだ。だが、こちらとしては、知らないふりなんて貫かないでもらえる方がありがたい。曖昧なまま話が進まなかったら、時間を捨てることになってしまう。


「何度か、というのは、何度?」

「ええと……多分、百回くらい、かな」

「百回!?」


 これにはさすがに驚かずにはいられなかった。


「それはもう婚約破棄ものね」

「うん……だよね、覚悟はしてるんだ。婚約破棄になっても仕方ない、そう思うよ……」

「ならそうする? 婚約破棄する?」

「そうだね……うん、そうしようかな」


 彼の表情がほんの少し明るくなった。


 婚約破棄が辛い、ということはなさそうだ。いや、それどころか、婚約破棄に話を進めたいと考えているような雰囲気すらある。彼にとっては婚約破棄となる展開の方が良いのかもしれない。

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