愛は得られなくても、生きたいように生きていきたい
「聖女フルグラ、悪いが婚約は破棄させてもらう」
唐突に呼び出し告げたのは、この国の王子アルベルト。
彼が私を愛していないことは知っていた。
私と彼の婚約は彼の父が決めたこと。しかもその理由は『私が聖女だったから』というだけ。想いとか気持ちとか、そういうものはまったくもって考慮されていないのである。
「ええと……それは、既に決まっているのですか?」
「俺が決めた。今から父上に話してくる」
「そうですか。あ、では、失礼ながら……理由だけお聞きしても?」
「俺には愛する人がいるから、だ」
愛する人、愛する女性、その人物を私は知っている。
幼馴染みのマーレンという人物である。
王家に近い位の家に生まれた女性だそうで、アルベルトとは幼い頃から交流があったとか。以前アルベルトから聞いた。彼の話によれば、幼い頃から遊んだり訓練したり色々なことを二人で行ってきたそうだ。だからこそ、寄ってくる異性とは異なる関係性を築けているのだとか。
彼の話も分からないではない。
二人の間に信頼がある、ということは、理解できないことはないから。
「以前仰っていた幼馴染みの方、ですか」
「あぁそうだ」
やはりそうか。
となると、もはや私には何もできないだろう。
彼と私が過ごしてきた時間と比べると、彼と彼女が過ごしてきた時間の方が長いというのは事実。そして、その事実というのは、どうやっても今さら書き換えることのできないものだ。
「そうですか、そうですね。分かりました。では、そうしましょう」
「そうか。助かる」
聖女だからといって、他者の心を動かすなどという特殊能力を持っているわけではない。私も一人の人間。神とか超人とか、そういう特別な存在ではない。少し環境に影響を与える体質なだけで。
「今までありがとうございました。どうかお幸せに」
◆
その後、アルベルトは国王である父を説得し、私との婚約を破棄した。
私はもうこの国にいる必要はない。だから国から出ていくことにした。いや、厳密には、それだけが理由なのではない。
私は、一度王子の婚約者となってしまったがために、顔が知れ渡ってしまっている。そんな私が道を歩いていると、皆が振り返って見てくるのだ。時に厄介な絡み方をされることもある。ふざけてちょっかいを出されることも。
それらが嫌だったので、私は国を出た。
確かに失ったものもある。地位とか、名誉とか。けれどもそれは私が望んで手にしたものではない。偶然得ることとなっただけで、べつに、特別欲しかったわけでもない。だから、それを失ったとしても、痛みはそれほど大きくはない。
それより今は自由が欲しい。
心が赴くままに、少々離れた国へ引っ越した。
◆
後に噂で聞いた話によると、あの後国は災難に見舞われることとなったそうだ。
自然災害やら、魔物による被害やら、とにかく踏んだり蹴ったりだったらしい。
国民の多くは「聖女を切り捨てたからだ」と考えていたそうだが、国王はそれを否定。しかし、あまりにも災難が多いので、やがて国王はそれを認め謝罪した。
しかし、アルベルトは遠慮せずマーレンとの結婚を発表する。
国民はもやもやしたそうだ。
それから数週間、婚約の日の数日前、アルベルトとマーレンは魔物に襲われてしまったらしい。アルベルトはマーレンを庇い死亡。マーレンも負傷したが、何とか一命を取り留めたとか。とはいえ、国にとって、王子を失ったことは大きすぎた。
それから数年、災難続きで酷い目に遭ってきた国民たちはついに怒りを爆発させる。
各地で反乱が起こり、最終的に、王家は滅んだそうだ。
一方私はというと、現在住んでいる国にて、苦労している人たちを励ます職に就いている。苦労は人それぞれで重い話も多いけれど、暗かった人が段々笑ってくれるようになるのが嬉しいから続けられる。
私はこれからも皆の力になりたい。
大したことはできないけれど、笑顔の種を蒔きたい。
◆終わり◆