失礼な人のことはさすがに許せません (後編)
「何なら今からでも婚約破棄したいくらいだよ」
私が大人しいからと彼は油断しているのだろう。油断しているから、こんなにも酷いことを平然と言えるのだろう。
だが今はそれでいい。
彼は私を傷つけているつもりかもしれないが、私に剣を与えているだけのことだ。
◆
その後、私は、録音内容を提示して婚約破棄を申し出た。
傷つけるようなことを繰り返し口にしてきたうえ、他の女性とは仲良くしていた彼に、まともな逃げ場があるわけがない。
ただ、それでも最初は、彼は懸命に否定していた。傷つけるようなことは言っていない、他の女性に手を出すようなことはしていない、と、偽りの主張を繰り返していた。録音した音声に関しても、自分の声ではない、と言い続けていた。
けれどもそれで無問題になるほど世界は優しくない。
婚約破棄は成立した。
アルタイルも気の毒といえば気の毒だったのかもしれない。好きでもない異性と婚約させられたのだから。彼の気持ちも分からないではない。
ただ、それでもどうか、もう少し配慮してほしかった。
そうすればもっと仲良くなれたかもしれなかったのに。
ほんの少しでも歩み寄ることができたなら、もしかしたら、違った未来があったかもしれない。そう考えると物悲しいけれど。
でも、過ぎたことは仕方ない。
もはや戻れないのだから。
◆
婚約破棄が認められると、アルタイルに慰謝料の支払いが命じられた。
アルタイルは支払いたくなかったようでしばらくごねていたらしい。だが、命令がくだされればもはや抵抗はできない。冤罪でないから特に。
結局、仕方なく払ってくれることとなった。
まずは彼自身の少しの貯金から出し、残りは両親が持っているお金から出したそうだ。ただ、額がそこそこ大きかったために、アルタイルの家はまたしても経済的に傾いてしまう。
だが、もう、うちが手を貸す必要はない。
関係は終わっているから。
後に聞いた話によると、アルタイルは、私との婚約中によく会っていた女性と親しくしていたらしい。ただ、アルタイルの実家が経済的に傾いたことを知るや否や、女性はアルタイルの前から去ったそうだ。事実を明かした瞬間嫌われ消えられてしまったアルタイルは、そのショックで心を病み、家から出られないようになったらしい。
また、息子の精神状態が健全でなくなってしまったことを悲しみ、アルタイルの母親はふらりと家を出ていった。彼女が家に戻ることは二度となかったという。
息子は心を病み、妻は行方不明になった。その事実を受け入れられなかったアルタイルの父親は、ある夜家を飛び出し、近くの崖から飛び降りた。衝動的な行動だったらしい。
アルタイルは家に一人になってしまった。
一人になってしまった以上ずっと家の中で暮らすということは難しい。が、だからといって一度壊れた心が易々と回復することもなく。
ほとんど家にいて、人のいない時間帯に少しだけ外へ出て用事を済ませる。
そういう風にしてアルタイルは一人寂しく生きたそうだ。
◆終わり◆