婚約破棄して支援は継続? 無理ですよ
私、コルネリア・ガレットは、婚約者レインと対峙している。
何でも彼に話したいことがあるらしい。
「それで、話って?」
私の実家は領地持ちかつ長い歴史を持つ家。
資産はそれなりにあり、収入も少なくはない。
私はそこの一人娘ということもあって、子どもの頃から、色々な人に狙われることが多かった。ちなみに、狙われるというのは暴力的な意味ではなく。子を私と婚約させようと考える大人も少なくなかった、というような意味である。つまり、そういう人たちは私と家族の誰かを結びつけることによって私の実家と繋がりを持とうとしていたのである。
だが何とか逃れてきた。
そんな私が婚約したのは、レイン・レガート。彼は騎士を多く輩出してきた家の息子。ただ、彼の実家は、今や何の力も持っていない。というのも、レインの祖父にあたる人が酒で色々やらかし、その子孫に騎士となる権利はなくなったのだ。
彼は私の実家に執着しているわけではなかった。
だから私も嬉しかった。
金、権力、収入……そういうものとして私を見ない、そんな彼を良く思っていた。一緒にいても狙われていないと感じられるから心地よい。だからこそ婚約したのである。
「婚約のことなのだが……」
「婚約?」
「実は、その……婚約破棄させてほしいと、考えている」
雷に打たれたような感覚が全身を駆け巡る。
それでも平静を装うよう努める。
「婚約破棄? またいきなりね。どうして?」
「好きな人ができてしまった」
レインは正直だ。昔も、今も。だから、この話だって、本当の気持ちを話してくれているのだろう。それは分かる。そもそも、彼はこんな器用な嘘をつける人ではない。言っていることがすべて、言っていることは事実、ということなのだろう。
「ルリアというんだが、とても可憐で、可愛らしいんだ」
「へぇ……」
「俺が喋っている時はいつも笑ってくれる。うふふ、うふふ、と笑うのが、とても可愛くてな」
他人が喋っている時にずっとうふうふ言っている……いいのか、それで。
「しかも、華奢だが出るところは出ているのでな、眺めるだけでも楽しいんだ」
エロオヤジみたくなっているけれど、それは大丈夫なの……?
「そう。分かったわ。その女性の話はもういいわよ」
「婚約破棄、受け入れてくれるか?」
「えぇ構わないわ。ただ、貴方の家への支援は終わらせることになるけれど」
私と彼が婚約してから、うちは彼の実家へ金銭的な支援を行っている。大きな額を与えているわけではないけれど。ただ、せめて最低限の生活ができるようにと、毎月一定のお金を渡している。
だがその支援は婚約あってのもの。
レインの親に罪はないが、婚約破棄となれば支援を継続することはできない。
「なっ……、それとこれとは別だろう!」
「別じゃないわ」
私との縁は切るが支援は継続してほしい、だなんて、厚かましいにもほどがある。
「ルリアさんだった? その女性の家に支援してもらえばいいじゃない。乗り換えるというのは、そういう覚悟あってのことでしょう」
もっとも、黙って浮気を続けられるよりかは良かったのだけれど。
「じゃあこれでお別れね、レイン」
「待ってくれ! 家への支援は続けてくれ! 親に罪はない!」
レインは今になって慌てている。支援がなくなると気づいたからか。だが、気づくのが遅過ぎる。いざそういう話になってから気づいても、もはや手遅れ。今さらやり直すことなどできない。
「ならルリアさんと別れて私と結婚する?」
「そ……それはできない。ルリアに話してしまった……婚約者とは終わりにする、と……」
「ほらね。じゃ、さようなら」
私にとっての彼は信頼できる人だった。
一緒にいると気が楽だし安心できる、数少ないそんな異性だった。
けれども、彼の心は、どうやら私には向いていなかったみたい。悲しいことだ。でも仕方がない。彼が私以外の女性に惚れ込んでしまったなら、私が何を言ってもきっと無駄だろう。私の言葉が彼の気持ちを変えることはない。きっと、いや、絶対に。人の心なんていうのは、他者が変えられるものではない。
◆
私とレインの婚約は破棄された。
レインの実家への支援は断ち切られ、私たちの関係はすべて終わる。
その後聞いた話によると、レインとレインの親はうちからの支援がなくなったことで貧しくなり、まともな生活すら厳しくなったようだ。また、そんな状態だからレインもルリアと定期的には会えなくなったそうだ。どうやら、ルリアと会う時に使うお金も、私の実家が出している支援金から出ていたようだ。
結局、レインとルリアが結ばれることはなかったらしい。
ルリアを想い、彼女のために私との婚約も破棄して、それなのにルリアと結ばれることもできず……なんて憐れな人だろう。
一方私はというと、婚約破棄から数ヶ月後のある日に家の前で倒れていた青年を助け、彼と共に暮らすようになった。親もいるので当然二人きりではない。が、彼も共に暮らすようになった刺激は強く、それなりに楽しい日々を過ごしている。
◆終わり◆