婚約破棄されて実家へ戻ったところ母親に激怒され叱られたので、隠していた力を使うことにしました。
私は昔から何かとついていない。
いちゃもんのようなことばかり言ってくる母親、家族に無関心な父親、裕福ではあったが家庭環境は何とも言えないものであった。
しかもよく分からない魔力なんてものまであって、基本隠しているのだが、そのことを知った人からはいつも不気味がられる。
そして今。
「貴様との婚約は破棄とする!」
婚約者ナババスから切り捨ての一手を打たれてしまった。
彼は整った容姿の持ち主で、彼と婚約することになったのは、私の母親が彼を気に入ったから。これまでもずっと私をいいなりしてきた母親は、好みであった彼に近づくため、私を使った。娘を結婚させることで彼と親しくなろうとしたのだ。
そういう意味では彼もまた被害者……なのかもしれないけれども……。
「貴様の嫌いなところを十挙げよう!」
正直、彼は酷い人だと思う。
「ひとつめ! 可愛げがない! ふたつめ、愛想笑いが下手! みっつめ、顔が平凡! よっつめ……忠実でなく男を敬わない! いつつめ! 俺に尽くさない! むっつめ、凹凸があまりない!」
もういいよ……、と言いたい気分だ。
彼が私を嫌っていることは分かった。
わざわざ詳しく言わなくていいのに。
「ななつめ! お上品な振る舞いが完璧でない! やっつめ……ダサい! ここのつ……女らしい動きをしない! そして最後は……好みでない!」
こうして私はナババスに捨てられてしまったのだった。
これからどうしよう……と思いつつ、実家へ帰るのだが……。
「どうしてそんなことになったのよ!! 理解できない、どうしてか説明しなさいよ!! どうせアンタがくだらないことしたんでしょ! 分かってるのよ! 婚約破棄されるくらいだから酷いことをやらかしたのでしょう!? 何をしたの!? はっきり言いなさい! 話はそれからよ! どうしてくれるのよ!! アンタはいっつもあたしの足を引っ張って!!」
実家へ帰り事情を話すと、母親は激しく怒鳴った。
やはり予想通り。
キンキンするその声は聞いているだけで疲れる。
聞き慣れていても溜め息が出そうになる。
もちろん溜め息なんてつかない。吐き出したくても我慢する。もしうっかりそんなことをしてしまった日には、きっと、数時間にわたって怒鳴られ叱られることになるだろうから。
「黙ってないで喋りなさいよ! まずは理由を説明して! どうして婚約破棄なんかになったの! あたしが頑張って成立させた婚約を駄目にするなんて! 信じられない!! どういうつもり!! 答えなさいよ!!」
あぁもう疲れた……。
そう思った瞬間。
私の手のひらから黒いものが溢れる。
「お母様……私がやらかしたのではないわ」
手から一度溢れ出した黒いものはもう消えない。
もはや引き返せない。
これが私の魔力だ。
その黒いものは、目の前で叫び倒す母親を呑み込んだ。
……そして静寂が訪れる。
あの日、私を怒鳴り続けた母親は、この手から溢れた黒いものに呑み込まれて消えた。
亡骸は見つからず。
目撃者はいなかったため、原因も不明。
母親は行方不明という扱いになった。
あれから数年が経った今、私は、ある港町の宿で働いている時に知り合った男性と結婚し、子も得た。
「それは辛かったね」
「悪いわね、急にこんな話をして」
「いいんだ。話してくれて嬉しかったよ?」
「……ありがとう、救われるわ」
夫にはすべてを話した。
隠し事はしたくなかったから。
私はこれからも彼と幸せに生きる。
そういえば。
これは噂で聞いたことなのだけれど、ナババスはあの後恋人と沼デートしている最中に行方不明となったそうだ。二人で普通に沼の近くを歩いていたそうなのだが、恋人の女性が一瞬目を離した隙に彼は消えていたらしい。そして彼は消えた。ちなみに、彼の亡骸は見つからなかったらしい。一応しばらく捜索されていたらしいが、それでも発見することはできなかったのだとか。
◆終わり◆