婚約破棄された私は精霊王の妻になりました!
「マリー・アカツカ! 精霊だなんだと訳が分からないことばかり言う貴様とはやっていけん! よって、婚約は破棄とする!!」
婚約者ドボスは突然宣言した。
私たちは家同士が決めた婚約者。しかしながら仲が悪かったわけではない。一緒にいたり話したりすればそこそこ楽しく、関係性は悪くない方だと思っていた。
でもそれは私の勘違いだったようだ。
「待ってください、それはさすがにいきなり過ぎます」
「さっさと出ていってくれ!」
「それに、精霊の話は昔からしていましたよね? なぜ今になってそれを理由に婚約破棄など」
「うるさい! 去れ!」
何を言っても意味がなさそうだ……。
ということで、私はドボスの前から去ることにした。
彼への未練はない。
いきなり切り捨てられた悲しさはあるけれど。
でも、もういい!
悪く言われてまで彼にしがみつく気はない。
ひとまず実家へ帰ろう。この後について考えるのはそれからで良い。何も今すぐ考えなくても。幸い私の親は良き理解者だ、きっと私を悪くは言わないだろう。一旦親のところへ帰り、それから、これからについて考える。それが最善なはず。
そうしてドボスの家から去ったのだが、その帰り道……。
帰り道、倒れている人がいて。
「あの……大丈夫、ですか……?」
私はつい声をかけてしまう。
水色の美しい服を身にまとっている男性。
どこかの権力者か何かだろうか。
見たことはない顔だけれど、貧しくはなさそうな風貌だ。
でも、こんなところで倒れているなんて、謎でしかない……。
◆
倒れていた彼は精霊王と呼ばれる存在らしい。
「いやぁ、助けていただいて! すみません! ありがとうございました!」
「いえ……」
今私がいるのは実家だ。
私は倒れていた彼を拾って実家へ帰り、親に事情を話して、様子を見ることに成功した。
そして、ついに、彼が意識を取り戻した。
「あんなところで倒れているなんて。何かあったのですか?」
「実はですねー。人間界を見に行ってみたくて! それでこっそり精霊界を抜けてきたのですがびっくり! 環境が違いすぎて身体がもちませんでしたよー。あははー」
彼はとても陽気かつ呑気だ。
今日出会ったばかりの私のことを警戒しもしない。
「ですが! 貴女のような優しい方に会えたので良かったです!」
「いえいえ」
「そうだ、これから、友人として仲良くしてくださいませんー?」
「え」
精霊王がただの人間と仲良くして大丈夫なのか?
「その……私は普通の人間なので……」
「嫌ですかー?」
「いえ、そういうわけでは」
「ではぜひ! よろしくお願いしまーす!」
いきなり握手。
あれから数日。
精霊王はすっかり元気になった。
「もう大丈夫そうですか?」
「はい! こちらの環境にもそろそろ慣れてきました!」
そんな風に話をしていた時、玄関のチャイムが鳴った。
私が出ると。
「久しぶりだな」
ドボスが立っていた。
「あ……、何でしょうか」
「実は話があってな」
「すみませんが貴方とお話する気はありません」
「いいから聞けよ!!」
はぁ、どこまでもついていない。
せっかく精霊王と喋っていたのにこんな人に邪魔されるなんて。
「やり直さないか」
「はい?」
「もう一度婚約しよう」
意味が分かりませんが。
「悪い話じゃないだろう? もう一度やり直せるのだから」
「お断りします」
「なっ……なんという無礼な女!!」
カッとなったドボスが殴ろうとしてきたのだが……瞬間、彼の頭部を水の球が包み込んだ。
「ぼ!? ぐぼぼ、ぼぼ、ぼぼぼっ!?」
顔が水に覆われまともに話せないドボス。
振り返ると、精霊王が立っていた。
「困っているみたいなのでお手伝いしますね!」
「精霊王さん……」
「え? 駄目でした?」
「あの……人間は呼吸ができないと死ぬので、そろそろ……」
「それは! 大変ですね! ではっ」
精霊王は指をぱちんと鳴らす。
すると水の球が弾けて消えた。
激しくむせるドボス。
彼は呼吸が落ち着いてから、「こんな化け物飼ってやがるとは……」と呟き、不機嫌そうに去っていった。
「撃退成功ですね!」
「ありがとうございます、助かりました」
◆
数年後。
私は今、精霊王の妻となり、主に精霊界で生活している。
精霊界出身の者がいきなり人間界へ来ると体調を崩すことがあるようだが、逆は問題ないようで、私はわりとすぐに精霊界の環境に馴染めた。
もちろん、周囲が温かく受け入れてくれたことも大きかっただろうが。
精霊界と人間界の架け橋になれたらいいな、などと考えつつ、今は穏やかに暮らしている。
ちなみにドボスはというと、あの後近所の人に私の悪口を言いふらそうとしたそうだが、その方法が明らかにおかしなものだったため近所の人たちから嫌われ、しまいには治安維持組織に通報されてしまったそうで。迷惑行為を繰り返した、ということで、罪人として牢に入れられることとなってしまったそうだ。
そんなことになったものだから、彼自身はもちろん彼の家も、社会的な評判を落としてしまったとのことである。
◆終わり◆