魔界の王の妻は、かつて人間の王子の婚約者でした。
「本日をもって、君との婚約は破棄とする! いいね」
婚約者にしてこの国の王子であるフルグレットは、理由さえろくに説明しないまま、私を切り捨てた。
とはいえさほど驚きはしなかった。なぜなら、彼に本命の女性がいるという噂を聞いたことがあったから。私と彼は婚約者同士だが、彼の心が私に向いているかというとそうではない。噂については話半分に聞いていたけれど、どうやら本当の話だったみたいだ。
でも、そういうことなら、べつにそれでも構わない。
好きにしてもらえばいい。
彼の人生は彼のものだ。
しかしながら傷つきはした。
それでいい、そう思ってはいるのだけれど。
ただ、これまで関わってきた人に突如切り捨てられるというのは、心理的に痛手を負わずにはいられないものだ。
◆
十二年後。
私は今、魔王の妻として、魔界に住み穏やかに暮らしている。
魔界の王――つまり魔王である彼は、婚約破棄されて落ち込んでいた私に声をかけてくれた――妻にならないか、と言われたのは、さすがに衝撃的だったけれど。
だが何にせよ今の私があるのは彼がいてくれるからだ。
だから私は魔界のために生きよう。
今は強くそう思っている。
ちなみにフルグレットらがいるあの国はというと、あの婚約破棄の直後に近隣諸国から攻め込まれ、ほんの数か月で滅んでしまったそうだ。
今では他国に完全に占領されているとのことである。
ちなみに、フルグレットと彼が気に入っていた女性はというと、戦火に巻き込まれてしまって落命したらしい。また、女性は置いておくとして、フルグレットに関しては、亡骸すら見つからなかったそうだ。
◆終わり◆