国護りの聖女と呼ばれていた私は、婚約者である王子から婚約破棄を告げられ、追放されて……。(後編)
ボボレに連れられて魔族の国で暮らし始めて数日。
今はとても穏やかに暮らせている。
強制的に結婚させられるかと思っていたが案外そんなことはなくて。私には部屋が与えられ、平穏を与えてもらえた。私用の部屋には世話係がいて、お茶を飲ませてくれたり本や贈り物を与えてくれたりする。
また、ボボレも時折訪ねてくる。
彼は私の心を開かせようと努力してくれているみたいで、会いに来ては、色々な楽しさを提供してくれるのだ。
「この本が好きか?」
「はい」
「ふううぅむ……確かに面白そうだな」
今日は私が気に入っている本を二人で読んでいる。
いい年した二人が仲良く本を読んでいるというのは、もしかしたら、不自然な光景に見えるかもしれない。
けれども私は嫌だとは思っていない。
これはこれでありだと感じている。
「この場面が興味深くて。どうしてこんな風に考えたんだろう、って……」
「オォ、確かにな」
「不思議だと思いません?」
「うむ。そうだな」
魔族の国で暮らし始めて数ヶ月。
私のもとに訪問者が現れた。
「久しぶりだな、クロロニア」
現れたのはルイスだった。
なぜ今さら現れたのか。
あんな風に切り捨てたのに。
「……何ですか、今さら」
「実は、国が困っている。だから国に帰ってきてほしい。そして、改めて妻となってくれ」
意味が分からない。
「お断りします」
「何だと?」
「私は国へは戻りません」
きっぱりと述べる。
「おかえりください」
はっきり言ってみるが、彼はまだ粘る。
「生まれ育った国の危機を救わないというのか? 無視するというのか? ふざけるなよ!」
「怒鳴っても無駄です。考えは変わりません」
「ふざけるな、女のくせに! 言いなりになれよ!」
その時、ボボレが現れて、間に入ってくれた。
「帰れ」
いつもは優しげなボボレだが、今は鬼のような形相だ。
まさに魔族、というような顔つきでいる。
「ここは人間が理由なく立ち入るべき場所ではない」
「魔族のくせに威張るな!」
「……ここの主が誰か、分からぬのか?」
あの後、ボボレは日頃にはない圧を放ち、ルイスを追い払ってくれた。
聞いた話によれば、ルイスらがいるあの国は今破滅の危機を迎えているらしい。
災害が多発し、食糧は不足、人々の怒りは募りゆくばかり。
また、そのことを察した周辺国からは攻め込まれ、さらに混沌とした状況になっていく。
しかし状況の悪化をとめることはできなくなっているのだ。
国護りの聖女、は、もういないから。
私を切り捨てた後、本物の聖女だとしてマルルを皆の前に出したようだが……それも失敗してしまったようだ。
聖者に「その者は聖女ではない」と言われたらしく。
ルイスとマルルの企みは失敗に終わったらしい。
「災難であったな」
「はい。助けてくださりありがとうございました」
「……人の国へ帰りたかったか?」
「あ、いえ。べつに、そんなことはありません」
心配そうな顔を向けてくるボボレ。
「……無理していないか?」
「はい」
「本当か……?」
「はい。だって、ここにいるのはとても楽しいですので」
時が経つにつれ、私の心はボボレに惹かれてゆく。
彼はとても綺麗な心を持っている。
外見は怖そうではあるが、そこからは到底想像できないような心の綺麗さだ。
彼と生きるのも悪くはないかもしれない。
段々、そんな風に思えてきた。
そしてある時。
私はボボレを呼び出して告げる。
「いきなり呼んでしまってすみません」
「構わぬ構わぬ」
「……結婚、しませんか」
すると。
「おぬぅぶぅえッ!?」
ボボレは急に引きつったような情けない声を発した。
「な、なななな、ななななな!?」
「落ち着いてください」
「い、いや! いやや! いやいやいや! 急過ぎるぅ!」
数秒間を空けて。
「……嫌ですか?」
「いいや、嫌ではない。むしろ嬉しい! 嬉しいのだ!」
いちいち賑やかだなぁ、と思いつつ、私は笑みを浮かべる。
「だ、だが、よいのか……?」
「はい」
「本気か……?」
「嘘はつきません」
私はここで生きてゆこう。
そして私とボボレは結ばれた。
「これからよろしく。永く共に在ってほしい」
「はい……!」
こうして私たちは幸せになった。
「幸せになりましょう」
「あっ……あ、あぁ……! 嬉しい……!」
魔族の国にはこれまで以上に笑顔が生まれるだろう。
私はここで『国護りの聖女』として生きていきたい。
それが私の人生。
ちなみに人間の国はというと。
あの後滅んだらしい。
王や王妃は他国に拘束され、王族の多くは処刑されるか財産や地位をすべて剥奪されるかになったそうだ。国民までは酷いことはされなかったそうなので、その点は安心した。ちなみに、王子であるルイスとその夫人のような存在のマルルは、捕らえられて処刑されたそうだ。また、死後には一ヶ月近く亡骸を晒されることとなってしまったそうだ。
二人の亡骸に、人としての尊厳などなかった。
とはいえ自業自得と言えるだろう。
もし私を切り捨てていなければ、『国護りの聖女』を手放さなければ、もう少しましだっただろうに……。
◆終わり◆