国護りの聖女と呼ばれていた私は、婚約者である王子から婚約破棄を告げられ、追放されて……。(前編)
私――クロロニアは、生まれながらにして特殊とされる能力を持っていた。
それは目に見えるものではない。
しかしながら、この国の聖者である人がそう判断したので、間違いなく存在している力である。
その力というのが、通称・国護りの力。
この国では数十年に一度その力を宿した女性が誕生するらしい。それも、先代が亡くなった直後に生まれていると決まっているそうだ。
その力を宿した者はこの国の王子と結婚し、末永くこの国を護ってゆく――いつだってそうだったと聞いている。
そして私もまた、その定めの通り、王子と婚約していたのだが……。
「クロロニア! 君との婚約は本日をもって破棄とする!」
婚約者で王子でもあるルイス・カルルストンからそんなことを告げられてしまった。
彼のすぐ隣には茶色い髪を煌びやかにセットした一人の女性。
彼女が何か吹き込みでもしたのだろうか。
「あまりにいきなりですが、なぜ婚約破棄となったのでしょうか?」
「君が『国護りの聖女』だという話が嘘だと知ったからだ」
「え……? なぜそんなことを。その話は嘘などではありません」
やはり何かしら吹き込まれていそうな雰囲気だ。
「嘘をつくな!」
ルイスは急に発する声を大きくする。
威圧しているつもりなのだろうか?
だとしたら未熟の極みだ。
大きな声を出せば相手を屈服させられると思っているなら大間違い。
「嘘だという証拠があるのですか?」
「そんなことはどうでもいい!」
「どうでもいい、はないでしょう。これは私の名誉の問題です。まず、なぜ私が聖女でないという話が浮上してきたのですか? 情報源は確かなものなのですか」
ぐっ……、と歯を食いしばってから、彼は言葉を返してくる。
「彼女が教えてくれたんだ」
彼は近くにいた茶色い髪の女性を前へ出す。
「事実なのだろう? マルル」
「ええ、もちろんですわ」
二人は一瞬甘くとろけるように見つめ合う。
本当は彼女とくっつきたいだけなのではないの?
「ほら! 彼女がこう言っている!」
「発言は確かなものなのですか」
「何を言う! マルルが嘘をつくわけがないだろう!」
あぁ、これはもう、何を言っても無駄なやつだ。
「卑怯な女め! とっとと出ていけ!」
「待ってください。話はまだ終わっていません」
「話すことなどない!」
私は「二度と目の前に現れるな!」と言われ、城から強制的に追い出された。
これからどうしようか……。
城から追い出され行くあてもなく困っていた私に、一人の男が声をかけてきた。
追放から数日後のことであった。
男は明らかに人間ではなさそうであった。背は高く、皮膚は青寄りに黒ずんでいて、両の側頭部からは立派な巻き角が生えている。そんな人間がどこにいようか。彼は間違いなく、人間ではない。
ただ、態度は悪くはなかった。
「我が輩はボボレという。魔族の王だ。しかしながら女性受けがいまいちで妻がなかなかできない」
声をかけてきた男――ボボレは、丁寧に言葉を紡ぐような人物だった。
見た目はひたすらいかついけれど。
「貴女は『国護りの聖女』と呼ばれる特殊な存在だと聞いた。見た目は人間のようだが、ただの人間とは少し違っているのだろう」
彼は何の遠慮もなく本題に入る。
「まぁ……そう、ですね。でももうそう呼ばれたくはありません」
「なぜ?」
「良い思い出ではないからです」
きっぱり言うと。
「……辛いことがあったようだ」
何を察したような顔をしてくれた。
「ところで、我が輩と結婚する気はないか?」
「意味が分かりません」
「妻になってほしい」
「やめてください! ……私はもう、二度と、そういうことには関わりたくないんです」
結婚――その単語を聞くだけで、嫌な記憶が蘇る。
溜め息しか出ない。
とはいえ、このまま一人でいてもどうせ飢え死にするだけだったので、私は彼についてゆくことを決めた。
地位も名誉もない。
どうせ死にゆくだけ。
ならば最後に何か一つでも試してみるのも良いだろう。
軽い気持ちで、私はボボレについていった。
◆
連れていかれた先は魔族が暮らす国。
空はいつも暗いけれど、街の人たちの笑顔はとても印象的だ。
人間たちのように似た姿をした存在が集まっているわけではない。角の生えた者、目が一つだったり多かったりする者、背が凄まじく高い者、足が百本ある者など、容姿は十人十色。
しかしながら、皆、生まれた姿で生きることを楽しんでいる。
「魔族の容姿に驚くか?」
「……多様性を感じます。でも、誰もが楽しそうですね。……こんな世界も悪くないなって思います」
正直に答えると、ボボレは「ふふ」と笑った――いや、顔面はほぼ真顔に近いのだが。
「ようこそ、我が国へ」
彼はそう言って、私を城内へ案内する。




