どうぞ婚約破棄してください。さようなら。どうか彼女とお幸せに。
それはある晴れた日のこと。
婚約者フォルテンは私を自宅へ呼びつけた。
「悪かったな、急に」
「いえ」
「実は君に伝えておかなくてはならないことがあってな」
「何でしょうか」
少し間を空けて。
「君との婚約は破棄する」
想定していなかった展開に言葉を失う。
「君より条件の良い女性が見つかったんだ。しかも彼女は君とは違って愛くるしい女性だ。愛想良く、尊敬してくれて、いつもいたわってくれる。君とはまったく違う。完璧だよ、彼女は」
彼はそれからも『その女性は私と違って素晴らしい女性である』というような趣旨のことを話し続けていた。
溜め息をつきつつ、私は彼に別れを告げた。
きっともう直接会うことはないだろう——二度と。
◆
あの気分の悪い婚約破棄から数年。
私は街の時計店で知り合ったぽっちゃり気味の青年と結婚した。
今では彼との子も生まれ、忙しくも充実した日々を楽しめている。
こうして私は穏やかな幸福を手に入れた。
一方でフォルテンは悲惨な最期を迎えたようだ。
聞いた話によれば、彼は幸福を手に入れることはできなかったとのことである。
あの時褒めていた女性と結婚することはできたようだ。
しかし上手くはいかなかったらしい。
結婚後、女性の両親が彼の家柄をことあるごと馬鹿にしてきて、ある時彼はついに怒ってしまって——衝動的に女性の父親を殴ってしまったとかで、それによって大揉めになって離婚に至ったそうだ。
もっとも、私には無関係なのだけれど。
◆終わり◆